雑録

坂口安吾『母の上京』『外套と青空』『私は海をだきしめていたい』『戦争と一人の女』『青鬼の褌を洗う女』(新潮文庫『白痴』内収録)

◆『母の上京』
 舞台は戦後。終戦後のどさくさに紛れ商品を横流し、闇で一財産きづいた男が主人公。だが、取り締まりが厳しくなり、闇での商売が立ち行かなくなる。大衆的屋台で働く母娘と女形崩れのオカマと一緒に暮らしていたが、男が隆盛だったときは娘と身体を重ねもした。しかし、落ち目になると娘からは見向きもされなくなる。結局、その母と情交を結ぶようになり退廃的に暮らす日々。
 そんな中、男の母が上京して既に部屋に上がっているとのこと。会いたくないので逃げ回ろうとし、女形崩れと酒を引っ掛けて廻る。その途中で浮浪者に遭遇し身包み剥がされ、まっ裸に。泣く泣く家に戻るが、母が寝ている部屋の前で欲情し、女崩れを犯そうとする。普段から男に行為を寄せていた女形崩れだが、大声で叫び声を上げる。母が障子を開けると、真っ裸で組み伏している男がいた。男はそのまま久闊を叙し、自然と親不孝を詫びるのであった。


◆『外套と青空』
 囲碁仲間で知り合った友人のサロンに招待されるようになった主人公。だがそこは、友人の妻がパトロンになり複数の男が集う魔窟であった。案の定、主人公も引っかかり女の手に落ちていく。しばらく、二人で肉慾の逃避行を行うが、結句飽きられ見向きもされなくなる。主人公は低俗な女との関係が切れたことに爽やかさを感じるが、冬の夜更けの外套と青空の下で重ねた情熱はもう見当たらない。外套と青空がもう戻らないことに、主人公は嘆息のみを知るのであった。


◆『私は海をだきしめていたい』
女に対する肉慾が、海に対する肉慾に昇華されることを望む。

私はずるいのだ。悪魔の裏側に神様を忘れず、神様の陰で悪魔と住んでいるのだから。今に、悪魔にも神様にも復讐されると信じていた。けれども、私だって、馬鹿は馬鹿なりに、ここまで何十年か続けてきたのだから、ただは負けない。その時こそ、刀折れ、矢尽きるまで、悪魔と神様と組討もするし、蹴飛ばしもするし、めったやたらに乱戦乱闘してやろうと悲愴な覚悟をかためて、生き続けてきた。随分甘ったれているけれども、ともかく、いつか、化けの皮がはげて、裸にされ、毛をむしられ、突き落とされる時を忘れたことだけはなかった。


◆『戦争と一人の女』
戦争中は死と隣りあわせであったが故に、死に怯えながらも充実した日を送っていたが、平和になり日常が退屈になる。

「戦争中は可愛がってあげたから、今度はうんと困らしてあげるわね」
「いよいよ浮気を始めるのかね」
「もう戦争がなくなったから、私がバクダンになるほかに手がないのよ」
原子爆弾か」
「五百ポンドくらいの小型よ」
「ふむ。さすがに己れを知っている」


◆『青鬼の褌を洗う女』
 現状にあくせくしないで流されていくことを信条にした女性。戦争で焼け出されるも、徴用先の専務にみそめられ一緒になる。そこにあるのは、穏やかな退屈と和やかな反抗。

 匂いってなんだろう?
 私は近頃人の話を聞いていても、言葉を鼻で嗅ぐようになった。ああ、そんな匂いかと思う。それだけなのだ。つまり、頭でききとめて考えるということがなくなったのだから、匂いというのは、頭がカラッポだということなんだろう