青島雅夫訳『ナルツィスとゴルトムント』(臨川書店『ヘルマン・ヘッセ全集』第13巻内収録)

○初出
執筆:1927年4月〜1929年3月
雑誌『新展望』に1929年10月〜1930年4月、『友情の歴史』という副題付で連載。


芸術家と神学者のそれぞれの対比される生き様と友情。
ずっとゴルトムントのターンだが、絶えず導くのはナルツィスであり、ナルツィスが修道士として愛しえた人物はゴルトムント唯一人である。
主に舞台は3つに分かれる。
第一は幼少期の修道院生活(ナルツィスの依存とその解消)
第二は放蕩・放浪者としての旅(自由と放浪)
第三は芸術家創作期(帰還と内省・成熟と収穫の始まり)

ナルツィスの依存とその解消

神学者であるナルツィスは、修道院にぶち込まれたゴルトムントを導いていく。当初ゴルトムントはナルツィスのような潔癖な研究者としての神学者に憧れる。だが、その研究職という専門性にゴルトムントの性癖が合わないことをナルツィスは見抜いており、感性を大切にするように啓発していく。ゴルトムントは母親の存在を忘れており、ナルツィスの導きにより自己の内在している部分に放蕩者であった母を見出す。彼が見出したのは女に抱かれるという肉欲的な熱情。性欲を貪るために修道院から脱出する。

自由と放浪

ゴルトムントはその容貌と性格により次々とオンナを貪っていく。放浪生活の中で、飢えや寒さと戦ったり、人を殺したり、情熱的な女の肉慾を味わったりして感性を研ぎ澄ませていく。
その中で磨いた感性を表現する手段として芸術を選び出し、ギルドの親方の仕事場に抱え込んで貰い、ナルツィスを題材にした木彫りを彫ることで、芸術家としての才を伸ばしていく。その才を親方に認められ跡取りに期待されるも生活に縛られることの出来ないゴルトムントは再び放浪生活へ。
旅をする彼を襲ったのはペストの流行。死にいく中で人間のおぞましさや残虐を知り、ショックを受ける。だがそんなショックも長続きはせず、女を貪ることに快楽を覚える自分を知りさらに現実を知っていく。

悲しみも、苦しみも絶望も、喜びと同様に消えていき、それらは通り過ぎて行きながら色あせ、その深さと価値を失い、そしてついには、そんなにも悲しみを与えたのは一体何だったのか、もはや思い出すこともできない時期がくるのだ。何ものも存続することはないのだ、苦しみさえも。

ペストの中での放浪を経て親方のところに戻るが、親方は死んでいた。かつての町の変容に悲しみを覚えるも、ここで伯爵の愛人と出会い、今までの女体経験を総動員し、人生の中で一番のオンナを経験する。だが、伯爵に見つかり処刑寸前。そこを救ったのは修道院の院長になっていたナルツィスであった。ゴルトムントはナルツィスの修道院で、芸術家としての創作意欲に放浪生活のなかで培ったものを表現することを決意。

世界が死と恐怖に満ちているからこそ、僕は繰り返し自分の心を紛らわせようと、この地獄のただ中に咲いている美しい花を摘もうとするのだ。快楽を見つけると、僕はひととき恐怖を忘れる。だからといってそれが減少するわけではないのだが。

帰還と内省・成熟と収穫の始まり

<原型>
創造的な精神以外のどこにも存在しないが、素材の中に実現され、目に見えるものとされ得るイメージ。芸術の形は目に見えるものとなり、現実の姿を得るよりずっと前に、芸術家の魂のイメージとしてすでに内在しているのだ。このイメージ、つまり、この<原型>こそ、むかしの哲学者がイデアと読んだものとそっくり同じものだ!!

ゴルトムントは修道院で、放浪の中で育んだ自己を木で彫っていく。官能的なものが精神的なものに変わり、次々と創造していく。だがその過程でゴルトムントは老い、定住者としての気質になっていく。勤勉で誠実で腕は巧みだが、自由と若さはみられなくなってしまう。そんな自分に嫌気がさしたゴルトムントはまた放浪の旅にでるが、老いた彼にはそれは限界があった。あるときひょっこり戻ってくるが、さらに老い病気になっていた。ナルツィスはゴルトムントをもしかしたら神よりも愛しているのではないかと感じ、ゴルトムントにようやく愛していると告げる。ゴルトムントは自己の中の母親像に見取られて穏やか死んでいく。彼が残したのは次のような言葉。

しかし、ナルツィス。
母を持たないとすると、君はどうやって死ぬつもりなのか。
母がいなければ愛することはできない。
母がいなければ死ぬことはできない。