ソルジェニーツィン/木村浩編訳『マトリョーナの家』(岩波文庫『ソルジェニーツィン短篇集』内収録)

だがマトリョーナは自分のものにしなかった……
家財を揃えようともしなかった……品物を買い、そのあとで、自分の生命よりもそれを大事にするために、あくせくするようなことはなかったのだ。

舞台は1953年のソビエトロシア。一人称回想小説。
偏狭の地で数学教師の口を得た"私"はマトリョーナという老婆の家に下宿することになる。その家は、朽ち果てておりゴキブリやねずみが大量発生していたがすぐに慣れてしまった。コルホーズにも働きにいけなくなったマトリョーナは憂鬱さや苦しみを仕事に励むことで解消していく。お互いのことを詮索することもなかったが、徐々にマトリョーナという老婆の人生が明らかになっていく。
マトリョーナは婚約していた男が戦争にとられその弟に嫁いだが、まもなく男は第一次大戦から帰ってきてしまう。第二次大戦の時には逆に男の弟、つまりはマトリョーナの夫が戦争にとられ帰ってこなかった。子供も6人全部が育たず死に絶え、男の末娘を養女に向かえて生きる活力とした。その養女も成長し鉄道員に嫁いだが、建築材としてマトリョーナの家の中二階の木材を要求。トラクターに乗せて運ぶ際に線路を横切り、列車に運ばれ死亡した。
マトリョーナは他人のためにただ働きできるような人物であり、そのような人物、割に合わない仕事を目に見えないところで行う人物が、村を共同体を世界を地球を回していくのである。