王雀孫『俺たちに翼はない』の感想・考察・レビュー

いやっほぅ王雀孫最高!!と言わざるを得ないが一般人にはお勧めできない『俺たちに翼はない』。シナリオの結論だけあらかじめ述べれば、「多重人格の少年が女に自己肯定されることによって社会に適応できるようになる」というおはなし。しかし多重人格という設定を生かしメタ的に並行世界・多元宇宙と弄くることでかなり面白いシナリオに仕上がっております。シナリオだけでなく、それ散るボストン茶会事件」でお馴染みのテキストの秀逸っぷりもかなり磨きがかかっています。前半はかなり苦行に感じ投げ出してしまいたくもなりますが、次第にどんどん引き込まれて、フルコンプした後にはそれなりの満足感が!!攻略順は日和子→鳴→京をお勧めする。

1)解離性同一性症候群の主人公'sのキャラクター表現とシナリオ概観

多重人格の主人公たちは全部で5人。上から羽田鷹志(ヨージ)・伊丹伽桜羅・羽田鷹志(タカシ)・千歳鷲介・成田隼人である。幼少期、ヨージは母親からの虐待に耐えかね、妹;小鳩を守るために母親を刺し精神崩壊してしまう。怨恨や憎悪の感情は「誰かをやっつてやりたい気持ち」となり伊丹伽桜羅の人格を生み出した。うめき声を出し、暴れまわる毎日だったが小鳩の呼びかけにより次第に安定し、やり込んだゲームを元にした冒険譚を小鳩のために紡ぎだすようになっていった。小鳩を想うが故のその気持ちは伽桜羅の人格を押さえ込み、その代用品として恐れを知らぬ無敵の勇者ホーク:羽田鷹志(タカシ)を生み出し、その伽桜羅の人格はタカシに取って代わられた。だが、タカシは欠陥品であり、恐れを知らぬということは「自分の負の感情を全て抑圧してしまう」という<強さ>だった。そのため、タカシの欠陥を補うため<社交性>に特化したイーグル:千歳鷲介、<身体能力>に特化したファルコン:成田隼人がうみだされ、タカシ・鷲介・隼人の三人格でひとつの身体を扱うようになっていった。この三人格は均衡を保ってはいるが、そのうちに誰が消えてしまうかは分からないという危ない橋を渡っていた。そこでこれらの人格が「自我を維持したい」と強く願うきっかけ(=女)を手に入れることで自己同一性を確立し、ひとつの人格が残るという展開である。各人格シナリオのクリア後「分裂したままではなくきちんと自分で向き合おう」という意識が芽生え、愛する妹:小鳩のために5人の人格が統合することになる。

2-a)羽田鷹志(タカシ)・渡来明日香&山科京シナリオの感想・レビュー


タカシの物語は「気弱な少年が生きる目的を見つける」おはなし。タカシは自分の負の感情を無意識に抑圧してしまう。どんなことをされても性善説、相手のことを悪く思わないので、いじめにあうこともしばしば。しかしどんなに負の感情を抑圧しても精神が耐え続けることはできなくて、フラストレーションが許容量をオーバーすると鷲介か隼人にとって代わられる。タカシは自分が多重人格だという意識はなく、記憶の補填のために、ゲームの異世界に召還されると思い込んでいる。そんなタカシの弱き強さは、学園のプリンセス:渡来明日香に見抜かれ、擬似恋人としての位置を獲得する。しかし、3年に上がるまで、それほど接触をしたわけではなかった。明日香がタカシに深く関わってくるようになるのは、タカシが多重人格であることを嗅ぎ付けてから。明日香は自分の過去の都合のために、ワガママ自己満足善意の押し付けでタカシをいい感じに利用していくのである。そんな中、もう一人タカシを支えることになるのが、メンヘラ少女;山科京(みやこ)である。明日香シナリオでは「明日香にケツをひっぱたかれながら」救いの無い日常を生きる強さを確立し、京ルートでは「お互いに傷の舐めあいをしながら」女のために生きる強さを確立する。正ヒロインは明日香だけどシナリオ的には京の方が秀逸です。



明日香は『何処へ行くの、あの日』や『リトバス』の西園さんよろしく、友達がいない孤独を紛らすために脳内妄想友人を創出した御仁である。しかし重要なことは明日香のマイナス設定は既に彼女自身によって乗り越えられている点である。明日香は自分の成長とともに脳内友人から自立したのであった。ただその幻想に後ろ髪を惹かれており、現役で多重人格してるタカシに対して、自分が救いになることで脳内友人にもう一度会いたいと願うという高慢な考えを抱くので性質が悪い。明日香シナリオの根幹となるのは「脳内幻想を乗り越えた自分から自立できていない」ことだといえよう。明日香自身が自分をタカシと重ねつつも、優越感を抱いて自我の安定を図るという構図を打ち倒さねばなるないのである。明日香シナリオは展開的に強引で、恋人設定なのに「友達」とタカシに宣告されておへそがまがっちゃたことが契機となり、タカシの妄想はテレビゲームが元ネタという事実を突きつける。その事実に対し、妄想世界が幻想だと知っても明日香を求めるために日常を生きる強さを得られるか!?得られれば自己同一性確立です。無いものねだりな高慢プリンセスを慰めることで明日香シナリオハッピーエンド。



山科京はメンヘラ少女。気分の躁鬱が激しく、ハイテンションな時はものすごくハイテンションだが、気分が落ちるとダウナー系。そんな京の生きる理由となりつつも、タカシの生きる理由も京になるという相互依存の偽の舐めあいが大発生、それが京ルート。このシナリオはよく出来ていると思うぜ。タカシは学級委員長であるという立場から、山科さんを気にかけるようになる。タカシの特性「負の感情を感じない」設定は、メンヘラな京の人格を全て内包するということ。タカシの優しさに包まれた京は、失恋ヤンデレ状態から解放されれ救われる。学校でいじめられ卒業文集作りを押し付けられていたタカシを手伝うようになった山科さんへの気持ちは次第に高次元の感情へと昇華していく。恋人ごっこをしていた明日香はそんな二人を見ていて面白くないというわけさ。たびたびヤンデレ化する山科さんだがそのたびにタカシは山科さんを包み込み、一方山科さんもタカシの多重人格を治すために陰ながら応援していくことになる。そんな二人の二人三脚っぷりに、明日香さんは自分がトモダチと宣告されたことから、幻想世界はRPGが元ネタなんだよと冷酷な事実を突きつける。タカシがこれまで「負の感情」を感じない無敵の勇者だったのは、妄想世界に逃避できたから。その妄想世界が人為的なものだったと気づいたときには、もうアイデンティティ拡散の危機ですよ。精神崩壊寸前でうな垂れるタカシ、そんなタカシを見下す明日香、そのような状況下に山科さん乱入!!タカシの生きる理由は全て山科さんの為に!!妄想世界に逃げこむことができなくなったら、帰るところは愛する女のところへ。タカシが居なければ生きられない山科さんと、山科さんが居なければ生きられないタカシの二人が互いに傷を舐めあい相互依存でハッピーエンド!!

2-b)千歳鷲介・玉泉日和子シナリオの感想・レビュー


鷲介シナリオはお店モノ、一番明るいお気楽シナリオかな。自分を上手く表現できないクール系不器用少女:日和子の力となることに生きる理由を見出し「鷲介」としての人格形成を向かえる。各地の感想では紀奈子攻略させろ!!という意見が強いが「オンナの救済に自己肯定を見出す」というのが主題なので紀奈子さんでもその資格は十分にありえる。紀奈子さんは二浪にも関わらず明るく元気でみんなの守り立てやく。しかしながら実は実家との折り合いが悪く浪人のプレッシャーに押しつぶされないようにしながら精一杯虚勢を張って生きている。方言娘で横ピース!!どうしてどうしていじらしいではありませんか。上京浪人経験者としては、紀奈子さんの気持ちは痛いほど良く分かるので、個人的な思い入れが強くならざるを得ないね。しかも家族と不和・上京浪人・二浪という三点セットな事実。二浪するだけの決意と覚悟と動機と理由を見せ付ける紀奈子さんに惚れまする。もっと詳しく描写してくれぃ、攻略させてくれぃ、と完全にヒロイン日和子さんを食ってしまってる。紀奈子シナリオを出すんだったらコンシュマーじゃなくてファンディスクがいいなぁ。っと、これじゃあ日和子の感想になってないね。



日和子シナリオにおける「少女救済」の過程は以下の通り。日和子はクール系不器用少女で学生作家。一発目はラノベ風で大ヒットしたものの、2作目でこけてしまい、イマイチ自分に自信が持てないでいた。バイト先では卒なく仕事をこなすものの無愛想になりがちで、そこをサバサバとした先輩:英里子にズガズガ言われていた。その説教は必ず日和子の作風の話に結びつき、その指摘と的を得ているためなんら反論できない。反論できない日和子は下を向くことで聞き流すことしか解決策はなく、その態度が英里子の逆鱗にふれるのであった。鷲介はそんな日和子を応援したくなっていき、さらにバイトの教官になりその人物の人となりや努力や葛藤を知ることで日和子に惹かれていくのであった。日和子を救済するには自信を持たせること。そのためには、日和子の小説の三作目をヒットさせなくてはならない。鷲介の使命は、2作目がこけたことで見向きもされなくなった日和子の小説の三冊目の出版とそのブレイクである。周囲の力で出版社を動かし、攻略条件達成。自信を取り戻し、クール不器用をかなぐり捨てて、自分の言いたいことを主張できるようになった日和子は英里子に対して今までの鬱憤を晴らすよ「腐れぬんこ!!」。自分と向き合い、英里子と向き合った日和子は、英里子との友情を取り戻した。鷲介は日和子というオンナに自分の存在意義を見出し、人格として残る意思を勝ち得たのだとハッピーエンド。

2-c)成田隼人・凰鳴シナリオの感想・レビュー


隼人シナリオは社会の底辺で生きる人々を描いた話だ「世界が平和でありますように」。社会に適応できず、ハミっちまった者たちがたむろする夜中の都会。そこに集う人物たちの悲喜こもごもが心に痺れるシナリオとテキストである。真っ当な現実から追放されても、それでも虚勢を張り続けることで精一杯生きたいと望む、そんな不器用なツッパリや不良たちの活躍が光る。隼人は身体能力に特化した人格であったため、コミュニケーションが上手く取れずバイトも長続きしない。違法営業のクレープ屋のねーちゃんに何でも屋の仕事を斡旋してもらいながら、飛び入り土方で日銭を稼ぐ毎日であった。そんな隼人の生きる糧となるのが、ホーメイこと凰鳴(おおとりなる)。きっかけは、鳴のチャリ探しから始まるが、シナリオの根幹としては「社会からはみだした者たちが夢に焦がれながら成長していく人間ドラマ」がメインかな。脇役たちが光りまくること限りなし。なかでも鳴は、オランダ帰りの帰国子女で進学を機に日本に戻るが、学校に馴染めなくて、学校ツマンネとなったのであった。このヒロインが一番会話テキストぶっ飛んでてボストン茶会事件。「社会からはみだした者たちが夢に焦がれながら成長していく人間ドラマ」が主題なので、鳴ルートに入らないと、鳴はほとんどでてこない。代わりに鳴ルートでも鳴ルートに入らなくても活躍するサブヒロインがコーダインこと亜衣ですな。


隼人シナリオでは、隼人自身が孤独を気取ってるだけで、実は向こうはトモダチだと思ってることが多いってのを隼人に気づかせるために存在しているようなもんかね。不良たちの派閥争いなんかに巻き込まれても中立を取り、「世界が平和になりますように」と唱えることで、怨恨や怨念は封印して、絡まれても正当防衛だけで素手最強伝説。そんな隼人の誓いを変えさせるほどの存在が凰鳴で、彼女のためならなんでも出来るという熱い展開。隼人を慕う鳴の背景、つまりはコミュニケーション不全で学校ツマンネ、登校拒否になってしまってること、家庭不和でママンが恋しくてチャリの籠に入ってる唯一の連絡手段であるポケベルを追い求めているのだということ等を知っていき、共感と保護欲を覚えるのさ。はみ出し者を語る際に、脇役たちのこれまで不器用に歩んできた鬱屈人生の過去暴露大会は思わずそそるものがあるね。戦闘シーンが多く、バトルモノなノリの展開の中で、底辺社会の人間ドラマがイキイキと浮かび上がる!!胸が高鳴るー!!クレープやの姉ちゃんはもとより役者を目ざして上京したものの結局はホスト→AV女優の勧誘と堕ちていった"プラチナ"や、ラーメン屋で親方を殴って飛び出してきた"メンマ"、アメリカ凄腕デザイナーにも関わらず追放された黒人や、日本に馴染めない外国幼女のアリスなどもりだくさん。最初はウゼェとか思ってたDQNたちも次第に愛着がもてて来るので不思議。鳴シナリオっつーよりは、隼人大成長モノって感じが強いですよ。けど、キャラ立ってるんだよ鳴は。鳴好きだぜぃ。

3)羽田鷹志(ヨージ)・羽田小鳩シナリオ=グランドエンドの感想・レビュー


鷹志シナリオは、多重人格になってしまった自分と向き合うお話。そう、全ては愛する妹;小鳩のために。ヨージは自分から逃げて多重人格を生み出したが、それはまた多重人格を生み出すことで自我の安定を図ったとも言うことが出来る。現実から逃げたヨージがまた舞い戻るにはそれなりの強さが必要。この強さの獲得が、タカシ・鷲介・隼人のシナリオの攻略、すなわち並行世界・多元宇宙での自我の確立というわけ。京or明日香・日和子・鳴を攻略後、救いをもたらせるようになったヨージは、伽桜羅を連れて現実世界へと舞い戻る。その過程において、人格闘争が行われ、5人で統合すればいんじゃね?という結論に至る。ヨージ・伽桜羅・タカシ・鷲介・隼人の統合人格は、それぞれの弱さを補っているため、キャラ的にはかなり最強な部類。タカシの学校ではいじめられることはなくなり学級委員としての統率感に溢れ、鷲介の職場でも他人の顔色を窺うだけということはなくなり、隼人の不良のたまり場では素直に成れたぜということで、今までの全ヒロインのフラグ総立ち状態。けれども、その感情は小鳩へ向かう。近親相姦?なんですかそれは?しかし、この5人の統合は不完全であり、劣情を催すとヨージ化(幼児化とかかってる)してしまうのであった。ついには、そのまま小鳩を犯すというところまで発展し兄妹同士でにゃんにゃんしちゃうの、膣内射精。



小鳩のためにも幼児化するようではいかんともしがたい。根本的に多重人格を解決するにはどうすればよいのか?それは、多重人格となったきっかけの過去を思いださなければならない。しかし深く抑圧されている記憶はおいそれと思い出せない。それでも、小鳩と一緒にいたいんだ!!姪っこ妹小鳩に励まされ、鷹志は過去と向き合う決心をするのであった。その過去が上記にも記したように母刺殺事件であった。自分が母親を殺したという事実は深く鷹志に圧し掛かり、再び記憶や人格を失ってしまいそうになるが、その時声が聞こえたのだ。それは小鳩の救いの声「世界が平和でありますように」。小鳩の声に促され教会に辿り着いた鷹志は、全ての真実を知ることになる。今まで鷹志たち多重人格'sを導いてきた「世界が平和でありますように」との神父さんのお手紙。曰く、鷹志の刺殺は殺すところまで至らず、母親の死因は服毒自殺であったこと。母を刺したという事実は変わらなくとも、刺した自分と向き合えるようにすること云々。そして最後に、こんな世の中でも辛い人生でもなんとか足掻いていこうとする姿勢自体に意味があるのだとの意味を頂戴する。つまりはこの作品のタイトルの本意。ここまできたら超絶感動モノでしょ。

俺たちの住む場所に都合のいい逃げ場なんてない。ここは天国じゃないんだ。確かに俺たちは天使じゃないし、空を飛ぶことなんか出来ない。それでも羽ばたくことくらいは出来るんじゃないか。きっとお前たち全員の力を合わせれば、この地上でも楽しく生きられるさ。俺たちに翼はない…こともないらしいぞ。

愛する小鳩のために、自己肯定に成功した鷹志は、見事過去を乗り越えアイデンティティの確立、多重人格の統合に成功する。小鳩と一緒に生きていくことを誓ってハッピーエンド!!オールクリア後には感無量ですな。雀孫最高!!