三股弥栄「主題学習の実践例―主題「イギリスにおける議会政治の発達」―」平田嘉三編『新しい世界史教育の方法』所収、明治図書、1972、47-63頁

?.主題「イギリスにおける議会政治の発達」の意義

  • 「イギリスにおける議会政治の発達」は主題学習が初めて導入された1960年版学習指導要領において例示されている主題学習の内容のひとつである。
  • この主題を設定した平田嘉三氏(当時文部省教科調査官)による説明(出典不明)
    • 「戦後さかんにいわれている観念論的な民主主義を否定し、真の民主主義が決して他から与えられたり、既成のものをそのまま模倣すべきではないことを生徒に理解させるためであって、この学習を通じて、それがどのようにして生まれてきたのか、その多くの試練にたえながら磨き上げられてきた、その現実の困難な歴史的道程を理解させたい。要するに『民主主義は一日してならず』ということを史実の中から生徒に直接体験させることによって、いままでややもすれば、等閑視されがちだった民主主義のきびしさを明確に把握させたい」
  • 三股氏による平田嘉三氏の説明の趣旨
    • 主題選定が生徒たちの心情を動かし人生観・世界観の形成に生きて働く力となりうる、という教育的な配慮の必要性を示唆した。

?.三股弥栄氏の「イギリスにおける議会政治」の実践

主題学習の取り扱い

イギリスの国政の推移の特質を議会制による保守的安定性にとらえ、その要因を指導的社会層としてのジェントリに求め、さらに帝国主義段階での労働者階級の社会主義的な動向を現代における課題性においてとらえる。

授業の構成
  • 1.主題設定の趣旨と目標
    • 趣旨
      • 関連的・総合的な理解を図り、歴史的思考力の啓培をはかる主題学習の趣旨に適合する
      • 平素の系統学習では分断されてしまうので、一貫して体系化し発達史的に考察させることが求められる
      • 新学習指導要領(1970年版)における主題選定の観点「政治的・経済的・社会的・文化的・国際的な諸点から多角的・総合的に学習できるもの」との趣旨に沿う
    • 目標
      • 現代の日本の民主政治や議会政治に対する理解を深め、問題意識を高める
  • 2.年間指導計画における位置づけ
    • ここでは19C欧米史の学習後に第5次選挙法(1928)までを展望する。
    • 他には以下でも取り扱える。
  • 3.着眼点
    • 〓.イギリス議会政治の指導的社会層としてのジェントリに着目させる
    • 〓.議会制・代議制が、その時代の政治的、社会・経済的変動に伴って、どのように変革されていくか、その関連を明らかにする。
    • 〓.政治・経済と関連を図りイギリスの立憲制・議院内閣制の特質を理解させる。
  • 4.効果的な指導法
    • 史料活用(イギリス議会がその発達過程において諸要求を盛り込んだ諸法律)
  • 5.指導計画(全4時間)
    • 第一次:学習課題の設定、史料の配布と研究方法の話し合い、研究文献の紹介
    • 第二次:中世の議会の歴史
    • 第三次:議会政治の基礎の成立、議会の民主化
    • 第四次:学習のまとめと評価
  • 6.資料
    • イギリス議会政治の発達史年表、イギリスにおける有権者の比率増加表、大憲章・議会の召集令状(1265)、権利請願・人民協定・権利義務関係の解消例、市民政府ニ論、人民憲章、議員法(1911)、労働党綱領(1946)
展開の流れと概略
  • 7.展開
    • 〓.学習課題の設定、史料の配布と研究方法の話し合い、研究文献の紹介
      • イギリス議会政治を発達段階別(封臣会議→身分制議会→近代的議会→近代的国民議会)に区分させる
      • 近代的議会成立は「議会の立法権の確立」をめやすに理解させ権利章典を想起させるが、その当時の社会的基盤は広範な国民ではなく貴族地主であり、1832年の第一回選挙法改正からが近代的国民議会成立期として把握させる
      • イギリスの歴史的発展における特質(イギリス国制の連続性、議会主義による漸進的な発展、保守性・政治的安定性)を取り上げ、その諸要因を考察するという方向に視点を集約する。
      • その要因の一つに「国民の政治的要求をある程度代弁する機関としての議会が、比較的早期に国制における地位を確立していた」事情があることを取り上げ、学習計画を設定する。
    • 〓.中世の議会の歴史
      • イギリス議会創立の歴史的背景
      • 身分制議会の制度的整備の諸情勢・議会の権限伸張
      • 絶対王政期の専制的王権に対抗しうるまでに成長した要因
    • 〓.議会政治の基礎の成立、議会の民主化
      • イギリス国政の安定性=保守性:国民経済の優位に由来。(海外貿易における覇権の確立と世界的な植民地帝国の建設など)
      • 地主革命でストップしたイギリスにおけるブルジョワ革命の性格
      • 産業革命以後の議会の民主化の進展の過程
    • 〓.学習のまとめと評価
      • 労働者階級の社会主義的な動向を主軸に、現代に至るまでの議会政治の諸情勢を展望する。
      • ジョン・ロック、J.S.ミルの功利主義などの政治思想に触れて、現実的な国民性・意識・思想傾向を取り上げる
      • その面から政治の保守性、安定性を考察させる。
      • イギリス流の立憲制・議院内閣制の特質を、アメリカ流の大統領制などとの比較において考察させる。
各次の指導内容の要点
  • 8.第二次:中世の議会の歴史
    • 中世に起源をもつ議会がしだいに発達し、中世末期までの歴史過程において、国制における重要な地歩を固めるに至った諸要因を総合的に考察させる。
    • 大憲章の意義やKing in Parliamentの理念などを明らかにし、イギリスの基本的な立憲思想を理解させる。
  • 9.第三次:議会政治の基礎の成立、議会の民主化
      • 社会変動によって中産階級が広く形成される社会情勢を明らかにし、近代化過程におけるイギリス社会の特性をとらえる。ピューリタン革命の性質については「社会階級の対立を主な原因とする市民革命」とする見解に批判的な立場が存在することも留意する。エンクロージャー、毛織物工業の発展という社会変動によって形成され議会に集結した中産階級テューダー朝末期からステュアート朝初期に至り、王権との抗争を展開する点を指摘する。
      • 普通選挙制、共和制など、急進的民主化運動を進める水平派とジャコバン派の動向を比較し、おもに領主制の廃業、土地改革の問題などについて相違点を明らかにし、イギリスの保守性の根源―地主貴族層の存在を示唆する。
      • 名誉革命の意義を史料「権利章典」によって確認する。すなわち「議会主権の確立」、立憲君主制の確立―立法権・徴税権・軍事権・王の任命権(1701王位継承確定法)―の意義を理解させる。ただし、議会地主貴族本位のもので代議制(選挙権、選挙区制、選挙の実態)が、まだ多分に不合理かつ非民主的な要素をもつものであった点に留意させる。
      • 農業革命・産業革命という二つの経済革命の進展を背景に、議会の民主化が進み、漸進的に自由主義が実現する経過を確かめる。チャーチスト運動については労働者階級が直接的な政治運動・過激な暴力的革命主義的方向から労働組合主義に転向する契機となり、一方、社会立法、労働立法の制定を促進した意義を指摘する。
      • ヴィクトリア女王時代の政党政治について、保守党・自由党とも、本質的には有産階として共通の基盤に立つものであること、議会制度の運営のすぐれたルールがこの時代に形成されたことなどを理解させる。1911年の貴族院改革については、帝国主義段階における先進国の内政刷新策としてとらえ、史料を取り扱って具体的に理解させる。新貴族創立の大権の発動を国王に請求する政府の措置などにも触れる。
  • 10.第四次:学習のまとめと評価
      • ジョン・ロック自然法思想、社会契約説、J.S.ミルの政治=倫理学説に触れて、ブルジョアジー、ジェントリーの実際的な思想・意識の傾向に気づかせる。
      • 独占資本主義の形成を背景に大衆デモクラシーの運動が昂揚し、労働党の勢力が増大する情勢をとらえる。暴力的革命主義を否定する穏健な労働党の綱領が、イギリスの先進国としての経済的優位=安定性に立脚する一面にも留意させる。
      • 労働党は、社会主義の党則に基づく幅広い国民的政党に発展し、漸進的に社会主義政策を進めているが、伝統的な議会政治のルールを政策実現の前提と認め、この点で保守党と共通の基盤に立つものであることを理解させる。
      • イギリス流の議院内閣制の得失については、アメリカ流の大統領制との比較において考察させ、小選挙区制と二大政党制の問題、現代産業社会における行政権の在り方の問題などについて話し合わせる。
評価と反省
  • 評価の対象
    • 知識面
      • 〓.歴史的知識の理解と定着度
      • 〓.国際的視野での理解の広がり
      • 〓.民主政治、議会政治への歴史的理解
    • 意識面
    • 〓.歴史的思考力の深化
    • 〓.現代日本の議会政治に対する関心、問題意識の高まり
  • 反省点
    • 高校生の主題学習では程度が高く難解。
    • 抽象的理論に始終しがち