雑録

佐々木栄三「歴史的思考力の育成の論理」全国社会科教育学会『社会科研究』第45号1996年21-30頁

  • この文章の趣旨
    • Kevin O'Reilly『合衆国史における批判的思考』(Critical Thinking in America History Series)から歴史的思考力を抽出する
  • この文章の結論
    • オレイリーに見られる歴史的思考力の深化の過程は、個々の要素的事実の因果連関の体系化によって、歴史的事象全体を把握し、さらに当時の社会全体との関わりや、歴史の流れ全体との関わりを知るというような方向をとっており、部分から全体へとさかのぼっていく「部分体系化」型の歴史的思考力と捉えることが出来る。

1はじめに

  • 歴史的思考力とは何か
    • 歴史の発展にみられる因果関係を考えたり、諸事象間の相互の関連を総合的に考えたりする能力(大森照夫『新社会科基本用語辞典』)
    • 子どもが意識的に歴史的知識にもとづいて、論理的操作を行ない、歴史的判断や評価をおこなうことができる力(矢田宇紀「子どもの歴史的思考力の育成」)
  • 今現在必要とされている歴史的思考力とは
    • 歴史授業構成の基盤となる歴史的思考力の確定
    • 対象する歴史的事象を生徒にどうやって生徒に認識させていくか
  • 特定のプロジェクトから「歴史的思考力育成の抽出」をする
    • オレイリーの歴史教授の過程を歴史的思考力育成の過程とする。

2歴史的思考力育成論

  • AHA七人委員会の中等歴史教育論における歴史的思考力
    • 個々の事実を概括し関係付け、データを解釈することによって、歴史の流れ、傾向性、運動を把握すること
  • 歴史学教授E.フェントンを中心としたによる教科書『アメリカ人―合衆国史―』
    • 歴史目的型から歴史手段型へ:歴史について考え正確に把握する
    • 全体肢体型:はじめに対象とする歴史的事象の全体像とそれによる社会変化を確定し、次に歴史的事象全体の中に「一種の肢体たる性格をもつ真に意味ある」個々の歴史的事実を位置づけていく
  • 『合衆国史における批判的思考』
    • 歴史学を基盤として歴史を教えており、「歴史について考え正確に把握する」ことに目標がおかれた教材
    • 「歴史的思考力」によってこそ単元全体を構成する原理を完全に抽出できる

3『合衆国史における批判的思考』

(1)『合衆国史における批判的思考』の全体構成
  • 政治史を中心として社会経済史を部分的に組み込んだ通史的な内容構成
  • アメリカ合衆国民主化の過程
    • 国内で民主化の過程を歩んできたアメリカが対外的には民主的になれなかった。
  • この文章では単元『南北戦争」を取り上げ、内容構成と学習方法の分析を通して「歴史的思考力育成の論理」がどのようなものか明らかにする。
(2)単元『南北戦争』の全体構成
  • 小単元1〜5:歴史事象に関する様々な叙述から正確な事実を確定していくために必要となる科学的な歴史叙述の習得を行いながら、南北戦争の原因となる事実の学習や南北戦争自体の状態・様子を表す事実についての学習が為される
  • 小単元6〜9:小単元1〜5で習得した歴史学研究法に基づいての研究を行う。政治・社会・経済分野を統合したより広角な視点や国際関係・人種差別などの事実を学習をする。

4歴史的思考力の展開過程

歴史的思考力育成の段階
  • L1:要素的事実の確定段階(小単元1〜5)
  • L2:要素的事実間の関連を知る段階(小単元6)
  • L3:歴史的事象の全体像を描く段階(小単元7)
  • L4:歴史的意味を知る段階(小単元8)
  • L5:歴史的意義を知る段階(小単元9)
L1:要素的事実の確定段階
  • 「叙述自体の信頼性」「因果関係の成否」「推論の過程」「叙述に用いられた証拠の信頼性」などの様々な視点から歴史的叙述を批判しながら、歴史的事象を構成する要素的事実を確定する。
    • 小単元1:叙述そのものが信頼できるかどうか
      • 一次史料かどうか、これを支える他の証拠があるかどうか
    • 小単元2:歴史家の解釈における因果関係はどうか
      • 因果関係の成否の批判、原因となる要素的事実の確定、事実同士の因果関係
    • 小単元3:推論の過程が誤っていないかどうか
      • 「因果関係は正しいか」「用いられている事象は一般的なものか」「為されている比較は公平なものか」
    • 小単元4:叙述の中で用いらているものが確かなものかどうか
      • 「物的証拠であるか」「権威による不当な証拠付けが為されていないか」
    • 小単元5:歴史家の解釈における推論の過程
      • 「予見で説明していないか」「個別的な特性をそのまま全体のものとしていないか」
L2:要素的事実間の関連を知る段階
  • それぞれの分野内で歴史家の解釈を批判しながら要素的事実間の関連を知る段階
  • 政治的分野における因果連関
    • レベル1の段階で孤立していた「カンザスネブラスカ法」「逃亡奴隷法」が因果連関に組み込まれ
      • 「南部は奴隷制を拡大するために議会の支配権を握り、奴隷制に有利な政策である「言論圧迫の決議案承認」「カンザスネブラスカ法」「逃亡奴隷法」を次々に実施し、それに対する奴隷制反対運動の高揚をきっかけにリンカーンが選出されることになった」
L3:歴史的事象の全体像を描く段階
  • 歴史家の解釈を比較・批判しながら、要素的事実間の関連の総体を知り、歴史的事象の全体像を描く
    • 政治的事実・経済的事実・社会的事実を結ぶ因果連関が緻密化する。
      • 政治:南部の奴隷制所有者は、奴隷制を拡大させるために議会の支配権を握った
      • 経済:南部は奴隷制に依存した大規模農園経済であり、保護関税導入に反対であったため、議会の支配権を握ろうとした
      • 社会:南部が議会の支配権を握ったため最高裁判所の裁判官の多くが南部人になり、ドレッド・スコット判決が下された。
L4:歴史的意味(=事象の同時代における位置づけ)を知る段階
  • 歴史家の解釈を比較・批判しながら要素的事実間の歴史的意味を知る。
    • 南北戦争が当時の社会全体の中でどう位置づけられるか。
      • 当時のヨーロッパの貴族階級が南部を支援しようとしていたのに対し、市民・労働者階級は奴隷制に反感を持っており、北部は奴隷解放宣言をすることによって彼ら労働者に働きかけ、ヨーロッパ諸国を中立に保とうとしていた。
L5:歴史的意義(=事象が歴史の流れ全体に与えた影響)を知る段階
  • 一次史料の比較・批判しながら歴史的意義を知る

5単元『南北戦争』における歴史的思考力育成の全体構造

  • 「歴史的思考力」
    • 歴史的事象の原因(L1~L3)と結果(L4・L5)を学習することにより、その全体を把握できる能力
  • 「歴史的思考力の育成の過程」
    • 5つの過程全体を通してある単位の歴史事象を生徒たちに認識させていく
  • 「歴史的思考力育成の過程」=「反自然主義学派直感的了解」=「社会的出来事の意味を理解しうる方法」=「歴史がわかる方法」
    • 歴史的事象の全体像を掴み、それが演じる役割を、「同時代的な諸部分だけでなく時間的な発展の相次ぐ諸段階をも包含する全体」の中で確定していく。

6おわりに

  • オレイリーに見られる歴史的思考力の深化の過程は、個々の要素的事実の因果連関の体系化によって、歴史的事象全体を把握し、さらに当時の社会全体との関わりや、歴史の流れ全体との関わりを知るというような方向をとっており、部分から全体へとさかのぼっていく「部分体系化」型の歴史的思考力と捉えることが出来る。
  • オレイリーは学習方法に「解釈」批判や「史料」批判といった、実際の歴史研究で為される科学的分析作業を採用することによって、歴史的事象に関するより科学的な知識の獲得を保障する。
  • 『合衆国史における批判的思考』における歴史的思考力育成5段階は歴史認識育成の過程でもあり、歴史的事象の教授に適応できる。