雑録

CLANNAD AFTER STORY 第22話(最終回)「小さな手のひら」の感想・レビュー

今回のCLANNADは奇跡が起こって家族三人ハッピーエンド。
幻想世界の描写や最後の風子のところは原作ではぼかしていたのにね。
過酷だからといって目を背けるのではなく向き合う強さが奇跡を起こしたと。
ご都合主義っぽいけど、まぁこれはこれでCLANNAD AFTER STORY.


幻想世界の少女=汐でパパ発言はアニメオリジナルの演出だよね?世界観を分かりやすく解説してくれるのはいいけど、これはプレイヤーが自分で辿り着かなきゃとか思ったけど映像では無理ダナ。で、渚との出会いで試される。辛いからといって現実から目を背けて全てを無かったことにしたいか、何度でも過酷と立ち向かう強さをみせるか。アニメと原作で一番違うところは、原作ではなんどもスタートからやり直してループしてる感が強く感じられたけど、アニメでは光の玉集めを一本道でやらされたのでドラゴンボールと相成りました。渚との出会いの試練で向き合う強さを示した朋也は、奇跡を受ける資格を得たということで、汐出産時に光の玉発動し、渚蘇生で家族三人ルートへ。並行世界では渚も汐も朋也も死んでてリセットではないよね。



渚蘇生後は、たらればましかばまし反実仮想の親子三人生活編をダイジェストでお届け。予定調和で幸せ生活を送る描写を見ながらも、前回のあの引きでは流れ的には汐復活が無難だったかなぁと、あの父子家庭奮闘編を奇跡でサクッと片付けられてしまうことになるしね。それより、ここ最近のループブームをどうみるかだよ。最近の例を挙げると、ひぐらしのなく頃に、スマガ、リトバス、何処へ行くのあの日。このような同工異曲が流行るのは何故か。A.輪廻からの解脱、すべて解決?日常の繰り返しと何度やっても最後にはバッドエンドになって最初にループ。リトバスはもっと顕著にヒロイン攻略してもループで最初に戻り、ヒロインを攻略するのは過酷を乗り越える強さを手に入れる手段に過ぎない。このようなゲームに特有の「繰り返し作業」をアニメでは一本道でやったのが違和感の原因じゃないかなとか勝手に思ってることにする。閑話休題、内容に戻るが、最後に風子が出てきて幻想世界の少女=汐であることを示してしまったのは論議が巻き起こりそうだな。来週は渚視点で作品再構成か?最近はヒロインの内面描写がある作品も増えたなぁと。