柄谷行人『世界共和国へ』岩波新書 2006年

「資本=ネーション=国家」という接合体に覆われた現在の世界からは、それを超えるための理念も創造力も失われてしまった。資本制とネーションと国家の起源をそれぞれ三つの基礎的な交換様式から解明し、その接合体から抜け出す方法を「世界共和国」への道すじの中に探っていく。21世紀の世界を変える大胆な社会構想

  • この本で何を考えるか
    • 資本=ネーション=国家を超える「世界共和国」にいたる道すじを考えるが、そのためには資本、ネーション、国家がいかにして存在するのかを明らかにする必要がある。
  • 世界帝国と世界経済
    • ウォーラーステインは資本制以前の世界を「世界帝国」と呼び資本制以後の世界を「世界経済」と呼ぶ。世界帝国とは、古代から世界各地にあった国家。交易圏として文明として世界宗教としてひとつのまとまりをなす。古代の国家や部族社会は孤立して存在していたのではなく、こうした帝国と関係しつつ、その周辺や亜周辺に位置してきた。15・6世紀に成立した世界市場で、それまで切り離されていた多数の世界帝国が相互につながれ、また、その内部で多数の主権国家に分解されるようになる。そのように成立した「世界」が世界経済と呼ばれる。その世界経済の中で、旧来の多数の世界帝国は解体され、発展した中枢部と未開発の周縁部というふうに再組織される。
  • 世界史の中の国家とは
    • 世界史は次のようにみることができる。中央集権的な帝国がまず西アジアと東アジアに成立し、その外(亜周辺)では、中核の文明や制度を受け入れつつも、中心部の集権的原理を受け入れなかった。そこに、古典古代的な都市国家と帝国、さらにその亜周辺に封建制と呼ばれるものが発達した。そして、そこにやがて中央集権的な国家が形成された。それが常備軍と官僚制を備えた絶対主義国家なのだが、それはある意味でアジア的国家の水準に追いつくに過ぎなかった。だから我々は国家について考えるとき、東洋的専制国家に注目しなければならない。
  • 集権的国家の成立
    • 絶対主義国家は、資本制経済の成立に向かう過程としてではなく、集権的な国家の形成に向かう過程としてみるべき。そこで注目すべきなのは、絶対主義国家において厖大な官僚組織と常備軍が形成されたということ。これは市民革命以後もなくならないどころか、いっそう拡大する。このような官僚組織と常備軍はつとにアジア的な官僚的専制国家において実現されたもの。実際フランスの絶対王政は中国の官僚制システムを取り入れている。むろん、中国の国家が賦役貢納制にもとづいていたのに対し、絶対主義国家は商品交換の原理に従うものだが、類似性はある。
  • グローバル化と資本の限界
    • 世界資本主義は1970年代以来根深い不況に直面していた。なぜなら資本はその内部において差異化の飽和点に達していたから。そこからの出口は旧社会主義圏およびその周辺地域への「資本輸出」に見出された。それがグローバリゼーションと呼ばれている事態。それは新たな「労働力商品」、つまりは厖大な労働者=消費者を見出すこと。しかし、インドや中国などの巨大な人口を巻き込むものであったので、それまでに露呈していた諸矛盾を爆発的に激化させた。
    • 産業資本主義は「商品(労働者)が作った商品(生産物)を商品(労働者)が買う」という自己再生的なシステム。資本主義のグローバリゼーションとは、このシステムをグローバル化すること。しかしこれには限界がある。産業資本は本当は商品にならない2つのものが商品になったときに成立した。すなわち労働力と土地。資本は労働力商品を作ることはできない。他の商品とは違って需要がなければ廃棄するということはできない。不足したからといって増産することもできない。また、移民で補充しても、あとで不要になったからといって追い出すことは出来ない。産業資本は労働力商品にもとづくことで、商人資本のような空間的限界を超えたが、まさにこの商品こそ資本の限界として内在的な危機をもたらす。実際、資本にとって思い通りにならない労働力の過剰や不足が景気循環をもたらす。
  • 世界帝国の解体とネーションの誕生
    • ネーション=ステート(国民国家)は世界資本主義の下で、世界帝国が解体されていく過程で生じたシステム。今日のネーション=ステートはすべて旧来の世界帝国の分節化として形成されたか、近代帝国主義による分節化によって形成されたもの。西ヨーロッパにネーションの形成をもたらした世界市場=世界経済は各地に同じことを強いた。すなわちネーションの形成は近代の主権国家と資本主義が、旧来の世界帝国を解体していく過程で不可避的に生じた。
  • 主権国家帝国主義
    • ヨーロッパにおける絶対主義国家(主権者)は王が都市(ブルジョワ)と結託して、封建的諸侯を制圧し、集権的な体制を作ったときに成立した。そして主権国家は世界市場の形成によって可能となったものであり、「主権」とは他の国家の承認によって存在するものである。主権国家は他国が主権国家でないならば、支配してよいということを含意し、それはヨーロッパ外にも適用される。その意味で主権国家は膨張的ある。主権国家の膨張を止めるのは他の主権国家か支配された地域が独立し主権国家となること。したがって主権国家は必然的に主権国家をもたらし、絶対主義国家が市民革命によって国民国家に転じても同じこと。
  • 帝国主義のディレンマ
    • 国民国家は征服者として現われれば必ず被征服民の中に民族意識自治の要求を目覚めさせることになる」。国民国家帝国主義的膨張が新たに国民国家を作り出す。何故なのかを絶対主義王権国家に遡って考察する。絶対主義王権国家はその内部にそれを相対化するような権力や各種共同体を認めない。それは全てのものを「臣下」にする。さまざまな身分や集団に属していた人たちが絶対的主権者への臣下として同一化(均質化)される。主体としての国民(ネーション)が成立するのは、その過程を経たのち。絶対主義国家は「王政」のほかに、発展途上型独裁国家社会主義独裁国家の形で現れる。
  • 世界共和国へ
    • 人類の課題は国家と資本の問題に帰着する。国家に対抗するには、各国で軍事的主権を徐々に国際連合に譲渡するように働きかけ、それによって国際連合を強化・再編する。「下から」と「上から」の運動が新たな交換様式にもとづくグローバル・コミュニティを実現する。