工藤文三「国民国家、主権国家システムの変容と社会科教育」星村平和編『社会科授業の理論と展開』1995年 160-166頁

1.はじめに

  • この文章の目的
    • 「1980年代に入って直面している国家や国民の枠組み変動に関する諸問題」および「わが国において強調されている国際化」の二つの面にスポットを当て、「これらの国家や社会のマクロ的変動の中における社会科教育の在り方」について考察する。

2.国民国家主権国家システムとその変容

(1)国民国家主権国家システム
  • 主権国家体制の成立=1648年ウェストファリア体制
    • 1.対外的に国境を実力で管理し、国家の統治の及ぶ範囲の独立性を確保する。
    • 2.外部と隔絶された国内において統治権を国内全域に一元的に行使することが徹底された。
    • 3.国内的な統治権力行使の正統性を確保するものとして、国民主権などの仕組みが用意され、国家は国民と不可分なものとして位置づけられた。
(2)主権国家システムの変容
(3)国民国家の変容
  • 国民国家とは「国家主権の所在を、民衆などの文化的な一体性を基礎にした集団に求める近代国家に特有の在り方」である。
  • 国家の存在証明は客観的に保証されているわけではない。
    • 国民統合の根拠とされる民族・宗教・言語などが本来は個性的な性格を持つから。
  • 国家とナショナリズムの関係が問われることになり、国家=国民の一体性を民族やエスニシティの立場から見直すことを迫り、国民に依拠した国家の存在証明の揺らぎを示す。

3.日本における「国際化」のとらえ方

(1)国際化とinternationalization
  • internationalization:他の国や地域などを国際的な管理下におく。
  • 日本の「国際化」:日本や日本自身が国際的な関係に置かれるようになり、日本と諸外国との交流や相互依存を強める過程を示している。
(2)国際化の定義をめぐって
  • 経済企画庁国際化研究会
    • 「モノ・カネ・情報・ヒト及びそれらの総体としての文化などの国境を越える往来の増大」
  • 江淵一公
    • 「国際化とは、国家相互間において、相互依存の関係の強化、そして制度や価値・規範の共通化・共同化あるいは共有化という方向で生起している社会的文化的変容過程であり、あるいはそういう方向を志す試み」
(3)わが国における自国認識の特性
  • 「日本人」が「国民」であるとする独特の国民観念が存続する中で、国際化が主張されている。
  • 国民概念
    • 社会の構成員の自覚的意志に基づいて形成された主意主義的な国民概念
    • 個人の意志以前に存在する共同体的な契約に基づく自然主義的国民観念←日本
  • 日本単一民族神話
    • 日本の場合、血縁主義に基づいて国民を定義しており、そかも日本人という用語が日本国民の意味で通用している。日本国民には歴史的に異なる民族(薩摩隼人・奥州蝦夷アイヌ琉球)が含まれてきたにも関わらず、それが日本人として一体的に観念されてきた。
  • エスノセントリズムとの並存
    • わが国の国際化に伴って国際性を高めることと、日本の文化と伝統の尊重が並列的に強調されている点もわが国における国際化論の特色。

4.社会科における「国際」のとらえ方

(1)教科の国家・国民による存在被拘束性
  • 各国の教育内容は自国中心の立場に基づく目標・内容を持って組織されている。
  • 教育内容の基準を決定する主体や教科書などの教材・教育課程の運営などは、種々の法令に基づいており、教育内容は長期的に見ると、当該国の歴史的・文化的所産として決定されている。
  • 存在被拘束性を帯びることは避けられない
(2)学習指導要領に見る「国際」
  • 昭和20年代、昭和30年代〜40年代、昭和50年代以降の三つの時期において、その当時の社会の「国際化」に合った形で、国際化学習のとらえ方が異なっている。
  • 昭和30年代以降、国際理解と並行して日本の文化や伝統に対する尊重が強調されてきている。
  • 国際社会全体を捉えるよりも、日本と諸外国との関係やつながりに焦点を当てた並列的な関係認識の方法が企図されている。

5.「国際化」と社会科における認識の方法・内容の課題

(1)認識におけるフレームワークの重要性
  • 「国際化」問題の事象について説明するには何らかの準拠枠が必要になる。
  • これらのフレームワークは、学習過程では対象を扱う視点や観点として現れる。
  • 社会的事象を捉える視点にどのような視点が考えられるか、既存のとらえ方がどのような視点と方法に基づいているかを批判的に吟味する学習が必要。
(2)関係の双方向的な認識
  • 「国際」の関係やつながりが、どのような性格を持った関係であるか。
  • 相互依存には「対称的な相互依存」と「階層的な相互依存」が存在する。
    • 相互依存関係の理解には、自国の対外依存および諸外国の対外依存、それぞれの特質を理解しなければ、相互依存関係の本来の姿をとらえたことにはならない。
(3)文化とアイデンティティ
  • 国際理解教育で必要なのは、単に他の国や地域の文化を理解することではなく、文化の国際関係に果たしている否定的な機能をまず理解させることである。さらに、この文化の否定的機能を冷静に見据えると、自国文化を対象化して、できるだけ客観的に理解することの方が重要である。
(4)人権学習と価値
  • 社会科は科学的方法への信頼という時代思潮の影響もあって、価値や思想に関する内容を遠ざけてきた観があった。
  • 社会科において人権学習をその基盤にまで掘り下げるためには、社会を単に制度として捉えるのではなく、生活や行為としてとらえる。
  • 方法としては、科学的説明だけでなく、生や生活の意味に着目した解釈や了解の方法を取り入れることが必要。

6.終わりに―ポスト近代と社会科

  • ポスト近代における社会認識と社会科教育が直面するであろう課題
    • 1:地域・国家・世界の枠組みに関する再検討
    • 2:人間―市民―国民の関係
      • 近代的人間像としての市民概念
    • 3:認識方法に関する「科学的方法(説明)」と「解釈学的方法(了解)」の関係について
      • 社会科における認識が、社会に関する法則定立的な認識を指向するのか、それとも社会的行為の意味理解を指向するのか。