山内光二「主題学習と教育としての世界史構想」『高等学校社会科世界史教育講座』所収 213-231頁 1969年

この文章の趣旨(現状分析/実践例)

  • 主題学習と世界史構想の視点について教育現場における演習資料から検討する。
    • 「世界史B」における主題学習の実施状況はどうか。どこをどう改善すべきか。
    • 新しい世界史構想の視点にとして、どのようなものが考えられるか。

1.主題学習―「世界史B」のおける主題学習の実施状況はどうか。どこをどう改善すべきか。―

寄せられた資料の分析
  • (1)単位数を増やす。現在の単位数では時間不足で主題学習と取り組めない。
  • (2)主題例を多くして選択を自由にする。
  • (3)生徒の能力をじゅうぶんに検討し、それにふさわしい教材・資料等を用意する。
  • (4)大学入試問題を改善する。主題学習の趣旨を生かした出題方針をとること。
  • (5)系統学習を簡略にして主題学習に時間をとる。
  • (6)主題学習を中心に学習計画を構成する。また「世界史A」にも主題学習を取り入れる。
問題設定とその考察
  • (1)何故に主題学習が満足に実施されないのか
    • 主題学習は必ずしも「主題」とは何ぞやに執着する必要はない
    • 「それは、はっきりわからない。漠然としているが、広い意味の歴史的思考力を育成することを解釈するなら、今までいろいろな面で平生も経験し、実施している」という考え方が妥当。
    • 生徒が自主的・主体的に活動するものであるが、教師が提示しリードしてもよい。
    • 試験の際の論文形式の出題も「主題学習」のひとつである。
    • 教科書を超えた教師が達成したいことをやるために「主題学習」がある。
  • (2)世界史教育は日本史教育や地理教育とは異なる独自のものを要求されているので、「主題学習」もそうあるべき
    • 世界史は「総合」「比較」ということが個性的要素。
    • ばらばらとなりやすい社会科諸分野を総合するのは世界史教育だけ!!
    • 「政治経済」「倫理社会」との関連:イギリス議会政治の発達、イギリス民主主義の発達
    • 「日本史」との関連:ヨーロッパ封建制と日本における封建制との比較
    • 「理科」との関連:「近代科学における技術の発達」
  • (3)主題設定の根本は、「世界史の構想」の確立
    • 「世界史の構想」が未熟なので主題の設定に根拠がない。遊離した実践に陥りやすい。
  • (4)「主題学習」においては結論ではなく、過程が重要
    • 過程における思考が歴史的思考であり、民主主義の原理の体得にも連なる。
  • (5)大学入試に「主題学習」の問題が少ない
    • 実質的には関係がある。
    • 生徒は性急なあまり盲目。教師は問題の本質を見極め「主題学習」による実力の養成に努めるべき。
  • (6)「主題学習」実施の効果の具体的な調査をいかにすべきか
    • 数字・統計・ペーパーテスト・面接・筆答・論文
  • (7)社会科教育の面には態度・技能の面もある。
    • 情報収集・表現技術などさらには思考力と結びついた広義の構想力・創作力といったものが伸びてこそ世界史教育
主題学習における主な主題名
  • 長い時代を通じて考察するもの
    • (1)イギリス議会政治の発達
      • 社会科諸分野の総合的考察の面から適切
    • (2)ヨーロッパにおけるキリスト教の役割
      • 良い主題だが、後半で本質的に解明するには高度
    • (3)中国における儒教思想の展開
      • 倫理学・政治思想、社会問題などとの総合的考察として有意義だが、本質的には容易ではない
    • (4)東西交渉史(シルクロード
  • 今日的な問題
    • (5)人種差別(黒人問題・キング暗殺事件)
      • 全世界の差別問題の歴史的考察はあまりにも広すぎる。高校生にはまとめ難い。
  • 他分野との関連
    • (6)日本とヨーロッパとの封建制度の比較
      • かなり取り上げられているテーマ。日本史学習との時期、資料の準備など相当の計画が必要。
  • 適切ではないもの
    • (7)露土戦争と列強の世界政策
      • 系統学習の教科書でやるべきもの、「主題学習」でやる必要はない。
注意事項
  • 高校生は「主題学習」に興味を示さない
  • 自発的・自主的に取り組まない
  • 現代的な問題と結びつけることが出来ず、学習した既知の比較で終わる。

2.教育としての世界史の新構想 ―新しい世界史構想の視点にとして、どのようなものが考えられるか―

2-1.日本人としてのわれわれの世界史
  • 日本人の視点から見直したい
  • 日本または日本民族を中心にした世界史
    • 「その国の人がその国の人の為に構想したその国の世界史」
2-2.日本史と世界史の関連を如何にするか
  • A)世界史の中に日本史を包括しようとする立場
    • A-1)「日本史全部を世界史の中に包括しようとする意見」
      • 狭義の日本史は適切とはいえない。
    • A-2)「19世紀後半からの日本史を世界史に包括しようとする意見」
      • 日本史は日本の特殊性を扱う。普遍と特殊、世界史と自国史は並立併存すべき
  • B)日本史を理解するための世界史という立場
    • B-1)「日本史の流れを中心に世界史を構想する」
      • 高等学校では不自然
    • B-2)「日本史の諸事象を正しく理解するために世界史の中でのその位置を考える」
      • 「比較考察」として「ルネサンスと元禄、仏革命と明治維新」などが適切だが、日本史理解の手段とするのは狭い考え方
    • B-2')「新しい日本論の視点としてヨーロッパとの比較論を通して、日本人の精神風土の生い立ち、性格を客観的につきとめる。また、日本史の成立を世界史の中に求める」
      • 客観的とは何か。西欧史観が客観的なのか?
  • C)世界史の大綱の中に当然入れるべき日本史上の史実があること
2-3.19世紀的な西欧中心史観からの脱却
  • A)予想外の経済成長に導かれた現代社会、また将来既存の判断基準や価値観の通用しなくなる時代を予想して、その由来を究め、正しく現代を認識し、将来の展望に役立てようとする。
    • 経済だけからではなく、政治・文化などを含む現代社会全般を認識する
  • B)19世紀以後に出てきた史論を取り入れて構想する
    • ロストウ、コンツェ、ヤスパース、ブルンナー、シーザー、トインビー、シュペングラー、マックスウェーバー
    • 現段階にあっては、多様な史論の積極的な導入と採用こそ、現代的な世界史構想の基本的方向
      • パラグラフ
      • 時代区分は人為的で決定的ではなく、常に修正されるべきもの、歴史は転換するけれども、本来は連続したもの
      • 中世の価値観は退歩・暗黒・野蛮の概念だけではなく、自然的生命力の昂揚、ルネサンス・近代の起源
      • 既成史論のローマ史ではなく、イスラムにこそその中心。
      • ホイジンガ:北方のルネサンスは必ずしも中世の伝統の反対からではなく、中世のなかから生まれた
      • コンツェ:「技術的・工業的時代」
    • 今後もまた新しい史論が生まれるだろうが、それをどの程度、どんな箇所で取り入れるかということは、教師自身の判断による。
  • C)ヨーロッパ史の位置を正しく考え直す
    • 因習的でさえあるヨーロッパ的先入観からの脱却
    • ヨーロッパ中心史からの脱却
    • アジアではヨーロッパ中心の既成の時代区分と違ったものを、取り入れるべきである
      • ヨーロッパ的先入観とは何か?教師/生徒/教科書など
    • われわれの歴史的現在と直接につながらない古典文明の尊重は教養主義的なヨーロッパ史観の直輸入である
    • ヨーロッパ史は量の上で古代・中世史を減じて、世界が一体化してからを主とすべきである
      • 古代・中世の価値を正しく理解した上で構成上の処理をすべき
  • D)世界史の一体化
    • そのはじめを何時に求めるかは諸説あるので、多様な研究が必要である。
2-4.世界史の中でのアジア史の再検討
  • A)歴史意識の中にアジアの主体性を把握させる。すなわちヨーロッパ中心主義・ヨーロッパ崇拝の克服、大国主義否定の立場からのAA諸国の重視
  • B)アジア史のうち、特に東アジアを重視すべしと説く。そしてアジア史にかなりの量をさくべし、その他;時代区分、主体性など
  • C)アジア史の内容
    • C-1)アジア史においては、東アジア史というよりもむしろ中国中心史観であって、アジアの結びつき、総合大観に乏しい
    • C-2)中国の隣接諸国史は独立していない。中国と周辺との関係、さらに進んで世界全体の中心地域と周辺地域との関係、なお一歩進めて主体と従属との再建等
      • 少なくとも現在までは不可能
  • D)中洋史(内陸史・東西交渉史・イスラム史)に正しい地位を与えよ
    • アジア史と関連して日本史における国風文化を検討すると当時の東アジア諸地域はいずれも独自の国風文化を樹立しており、周辺一般の傾向・流れのうちに理解させる側面がある。
  • E)両方の立場から
    • 今までの歴史は勝者・成功者のみの側から考えられたが、敗者・被圧迫・後進国の側からの論述が期待される。
2-5.「みずからを知るために他を知るとともに、他を知るために他を学ぶ」という視点について
  • コスモポリタンとしての立場の重要視―近代ヨーロッパ文明は現代世界文明の基調
  • 民族的伝統の独自性―他と異なるものを明らかにする
  • ←しかし、純粋に他を、他人を、他国を、他民族を知るという目標を捨ててはいけない。
    • 他を正しく知るという教育は世界史の最も重要な目標のひとつ
2-6.動きつつある教育の対象(生徒)をみつめること(実践例)
  • 世界史教育の重要なる目標のひとつとして「世界史的視野・世界史の眼の育成」が必要
    • 外国人で世界史眼を有すると思われる人による日本史観を検討することを提唱。
    • 具体例:トインビーの日本史観「日本の印象」
  • 結論
    • 世界史構想の視点としては直接的ではないが、刻々と動いている生徒自身の具体的な歴史意識を見つめつつ構想していくことは、教育における世界史構想として忘れることの出来ない一つの重要なポイント