矢野昌浩「雇用・労働・生活の現在」 民主主義科学者協会法律部会編『改憲・改革と法 : 自由・平等・民主主義が支える国家・社会をめざして』 日本評論社 2008年 64-70頁

  • この論文の趣旨
    • 構造改革改革の中身の検討日本における改革構想の特徴(「雇用社会のリスク社会化」が所謂構造改革の下での労働法改革により加速・増幅されたという認識から)
    • 日本における改革構想の特徴(ヨーロッパにおける労働市場・労働法改革構想との比較から)
  • この論文の結論
    • グローバル化等による不確実性が増しつつある労働市場のリスクマネジメントを、権利基底的アプローチ(rights-based approach)により、日本においてどのように実現するのか

一.はじめに

1.問題の所在
  • 労働法改革
    • 「今後の経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針」(2001年6月)
    • 具体的な課題
      • (1)「円滑に人材の移動が行われるための労働市場システムの整備」
      • (2)「有期労働契約、派遣労働などの雇用の選択肢を更に拡充し、働きやすい・雇いやすい環境作りを進めること」
      • (3)「高度な専門的能力を有するホワイトカラー層」といった「新しい労働者像に応じた規制改革」
  • 正規雇用の増加
    • 「雇用の流動化」と「企業における就業システムの脱標準化」に応える
    • OECDの分析
      • 近年の日本における市場所得格差の拡大の主要因が、非正規雇用の拡大にあるとされ、労働市場の二重構造の緩和が、政策的課題
    • 雇用の非典型化を通じた労働市場の二極化による経済的貧困と長時間過密労働
2.課題の設定と限定
  • 「リスク社会」の問題
    • リスクの生産と分配という側面から現代社会を捉えるリスクの生産と分配との間の不均衡・不公正の問題
  • 「雇用社会のリスク社会化」
    • 雇用の流動化;失業の人為的リスクを高める
    • 雇用の非典型化;失業というリスクを企業における就業システムの中に統合する
  • 本稿における課題
    • 構造改革改革の中身の検討日本における改革構想の特徴;「雇用社会のリスク社会化」が所謂構造改革の下での労働法改革により加速・増幅されたという認識から→第二節
    • 日本における改革構想の特徴;ヨーロッパにおける労働市場・労働法改革構想を簡単に紹介・比較し明らかにする→第三節
  • 本稿における視点

二.構造改革と労働法

1.構造改革の基本的な内容・特徴
  • 構造改革とは
    • ヒト・モノ・カネの資源を市場の変化に即して再分配し、経済を活性化させる
      • グローバル化した時代における経済成長の源泉は、労働力人口ではなく、「知識/知恵」である(「今後の経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針」)
      • 「知識/知恵」は、技術革新と「創造的破壊」を通して、効率性の低い部門から効率性や社会的ニーズの高い成長部門へと資本を移動することにより経済成長を促す。
    • 社会統合の仕組みを解体する
      • 「経済社会のあるべき姿と経済新生の政策方針」
      • 「企業中心型社会」から「自立した『個』を基盤とした経済社会」への転換
      • 企業主義的な社会統合を解体することで、埋没している個人を析出し、市場を機能させる、リスクを帰責させるための手段とする。
    • 新自由主義的な特徴
      • 日本型経営(労使間の従来の社会的妥協)を解体
      • 個人の自由や自立の意味を換骨堕胎している
2.労働法改革構想に関する最近の動向
  • (1)整理
    • 労働法不要論
      • 総合規制改革会議 労働タスクフォース「脱格差と活力をもたらす労働市場へ―労働法制の抜本的見直しを」
      • 「一部に残存する神話のように、労働者の権利を強めれば、その労働者の権利を強めれば、その労働者の保護が図られるという考え方は誤っている」
      • さまざまなバリエーションの標準的な契約書式を行政などが提供して、その履行が確保されさえすればよい
    • 労働法最小化論
    • 脱標準的労働法論
      • 「働き方を変える、日本を変える―《ワークライフバランス憲章》の策定」
      • 正社員・非正社員、男性社員・女性社員が働く上で直面する「壁」を克服すべきで、多様な働き方に対して横断的に適用される共通原則の確立が目指される。
      • 「壁」の克服方法によっては、フルタイム無期契約の労働者を対象にしないため、労働者の保護、権利保障の水準が全体的に低下する。
  • (2)特徴
    • 単純な経済的推論
    • 「新しい労働者像」を正当化する
    • 自由と労働権の意味内容が変質している
      • 労働市場における労働者の自由は、労働需要の増加によりもたらされ、それを抑制することになる企業規制は労働者の不利益で、規制がないことが、労働者に雇用機会を保障する最善の策
    • 能力の差のみが、処遇格差の正当化理由である
    • 雇用社会の市場化と法の政策化

三.労働市場・労働法改革のオルタナティブ

1.雇用の流動化と多様化の前提条件
  • 移行労働市場(独:ギュンター・シュミット)
    • 二つの次元を繋ぐ「架橋」概念
      • 異なるライフステージを架橋する:就業と家庭・教育・失業・年金
      • 異なる就業形態を架橋する:雇用労働と自営業、雇用労働におけるフルタイムとパートタイム
  • フレキシキュリティ・トライアングル(デンマークの雇用政策を概念化)
    • 失業して所得保障を受け、そのまま雇用に戻るのではなく、積極的労働市場政策に移行した後に、雇用に復帰する
    • 企業や産業のスクラップ&ビルドが不可避であることを前提に、労働者にモビリティを保障するための新しい雇用保障
  • これらのビジョンの背景
    • 労働者がさまざまな就業形態間を自由に移動することを権利として保障する
    • 失業を含めてどのようなライフステージにあっても、生活の安定と個人の能力育成を保障する仕組みを作る。
    • 多様な雇用・就業形態間での処遇の均衡化・平等化に関する法的規制が展開しており、労働市場の分断を阻止している。
2.労働法の現代化のために
  • (1)フレキシキュリティの共通原則
    • フレキシキュリティ:柔軟性と安定性とを組み合わせた造語
      • 2-(1)-1:柔軟で安定な契約関係、総合的な生涯学習戦略、実効的な積極的労働市場政策、現代的な社会保障制度
      • 2-(1)-2:使用者、労働者、求職者、公的機関にとっての権利と責任のバランス
      • 2-(1)-3:加盟国の特殊条件、労働市場、労使関係との適合、単一の労働市場モデルを意味しない
      • 2-(1)-4:労働市場のインサイダーとアウトサイダーとの間の格差の縮小
      • 2-(1)-5:企業内部と、一つの企業から別の企業への移行における外部が同時に促進されなければならない。
      • 2-(1)-6:雇用への平等なアクセス、労働と家庭生活との両立可能性、ジェンダー平等
      • 2-(1)-7:公的機関と労使との信頼と対話
      • 2-(1)-8:良好で財政的に持続可能な予算政策

四.おわりに

  • 結論
    • グローバル化等による不確実性が増しつつある労働市場のリスクマネジメントを、権利基底的アプローチ(rights-based approach)により、日本においてどのように実現するのか