2009-05-26 和田肇「労働法制の変容と憲法理念」民主主義科学者協会法律部会編『改憲・改革と法 : 自由・平等・民主主義が支える国家・社会をめざして』 日本評論社 2008年 194-199頁 レジュメ はじめに 1980年代以降における労働法制の改革:労働市場法、労働保護法、雇用平等法、企業再編法、労働紛争解決法 本稿で取り上げる分野:労働市場法、労働保護法、雇用平等法 本稿の課題 1.労働法制の再編をどう考えたらよいか 2.改革の背景にあるイデオロギーはどのようなものか。 3.この改革は何をもたらしたのか。 4.労働法制の再編は憲法理念に照らしどのように評価したらよいか。 一.1980年代の労働法再編 戦後〜1970年代;労働保護法の定着期・充実期 ←労働組合運動の昂揚 労働法再編の始動期;労働者の権利保護を強化させる一方で後退させる。 強化;男女雇用機会均等法(1985)、労働時間短縮に向けた労基法の改正(1987) 後退;労基法の労働時間規制弾力化(1987)、労働者派遣法の法認(1985) 労働法再編が意味するもの 順調な経済システムに支えられた市場権力抑制のための社会・福祉国家による介入主義からの方向転換 法の政策化;1980年代以降の労働法制は、国の労働市場政策を濃く反映したものへ 規範論の変質;規範の希薄化、政策実現の法的根拠の提供 二.1990年代以降の規制改革 1.労働法の本格的再編;労働法再編の展開期 日本型雇用慣行(長期雇用・年功的人事・賃金処遇)の否定 雇用形態の多様化・雇用の流動化の促進・新たな「労働市場法」の形成 労働者派遣;「競争」、「自己責任」、「選択の自由」を労働者に意識させ、企業内労働市場に市場メカニズムを発揮させる 2.雇用政策法の(労働市場法)の分野 雇用に対する国と企業の責任を同時に後退→労働法や社会保障法から疎外される労働者群を大量創出→ワーキング・プア (1)職業紹介の国家の独占の廃止を中心とした職業安定法の改正(1997) (2)労働者派遣の自由化を図る労働者法の相次ぐ改正(96、97、03) (3)失業給付の削減や能力開発の企業から個人への移行を促す失業保険法の改正 3.雇用平等の教化と女性保護立法の廃止 労働法の国際化;国連の差別撤廃条約(1979)、家族的責任に関するILO1一五六号条約 男女雇用機会均等法の制定・改正(97・06)、育児介護休業法の制定・改正(91、95、04) 注意点 1.均等法の制定・改正と引き替えに行われた労基法における女子・女性労働者の労働時間などに関する保護規定の削減・廃止→女性労働者の二極化・不安定雇用の増加 2.法的整備が雇用の現場を本当に変えているか→育児休業・介護休業の取得率は低い、女性雇用はM字カーブ、男女の賃金格差の拡大 4.アンビバレンツな立法の評価 雇用平等政策は国際的な条約批准の圧力と少子化対策 労働法政策の基調は依然として規制緩和、市場原理主義・新自由主義経済 雇用平等政策は、必ずしも市場原理主義と矛盾せずに、自由市場を支える合理的な経済人を創出する政策。 三.労働法パラダイムの変容 1.市場主義パラダイム 労働者像の変化 従属的労働者(弱く保護されるべき)→自立的労働者(強く主体的な) 「集団としての労働者」(画一的・取締り的・強行的規制になじむ)→「個人としての労働者」(個別的・自由意志を尊重し任意的な規制が適切) 伝統的な労働法制は、市場の失敗という考え方に基づいた国家的規制を重視するが、今後は規制の失敗という考え方に基づいて市場メカニズムを最大限に生かし、国家の立法介入はできるだけ抑える 新たな労働法の課題;労働市場での労働者の取引行為をより円滑に機能させるための支援制度、サポートシステム 2.市場主義パラダイムへの疑問 労働者像の抽象化・普遍化 雇用形態の選択・労働条件交渉における労働市場の力・個人の交渉力を過信→法的正義の実現を忌避 労働組合の無視、労働組合機能の低下 3.経済システムと労働法制 日経連『新時代の「日本的経営」』1995年 における三種の雇用ポートフォリオ 長期蓄積能力型の縮減、高度専門能力型と雇用柔軟型の拡大 労働市場の法制は、雇用保障安定政策法制から雇用流動化政策法制へと変質 憲法規範・理念との乖離 規制緩和の経済的論理=市場原理主義→法を市場経済の枠組みを支えるサブシステム 労働法が憲法体系に規定されている規範的価値を無視している。 四.労働法改革のもたらした負の効果とセーフティネット 1.労働法改革の負の効果 1980年代から始まる労働法改革 →非典型雇用、若年層労働者雇用不安、女性雇用の二極化、健康不安 →ワーキングプア、雇用破壊 2.新たなセーフティネットワーク 金子勝の「セーフティネット論」 労働・土地・貨幣といった本源的生産要素の市場化は固有の限界があり、市場原理にまかせておくと、弱いところから崩れていき、最終的には市場経済全体が麻痺。 セーフティネットは、それと連結する「制度とルール」があってはじめて機能することが想定される。 セーフティネット論と人権論 共同性のあり方:セーフティネットの基礎と成る共同体が差別的で抑圧的なものになる可能性がある。 セーフティネット論には、人権論が必要。 五.憲法規範と労働法改革 立法政策の評価は、常に法体系の頂点にある憲法的価値の視点から行わなければならない。 憲法原理との関係で労働法制にはどのような課題が課されているか。 1.労働権の保障(規制緩和の規制)、「労働の世界の人間化」(過労死サビ残長時間労働)、ワークライフバランス(高失業状態・少子化) 2.平等の保護:男女、パートタイム、派遣労働者 3.憲法十三条の人格の尊厳、幸福追求権→名誉権、プライバシー権、環境権、人格自立権→採用の自由絶対視論の再検討の必要性 憲法規範論労働法パラダイムは、労働主義パラダイムと異なった様相を労働法制に与える。 六.むすび 現在における労働法制のパラダイムは、市場主義とは異なるパラダイムを描くべきである。 cf.独逸:社会国家理念(基本法二十条一項、二十八条一項)に支えられた社会的市場経済の考え方 日本;憲法二十七条二項;国は労働条件に関する法規制を行うことを義務付けている 市場経済は、「合理的な経済人」によって支えられる自由な市場経済とは異なる性格のものでなければならない。 憲法規範は、労働法の制定や改変に重大な枠をはめている。