1.学習対象の決定
- 平成11年版学習指導要領「世界史B」内容(4)「諸地域世界の結合と変容」に依拠
- (1)「諸地域世界」とは何か
- 平成11年版学習指導要領から「文化圏学習」が消滅し「諸地域世界」となった。つまりは、前近代の世界においてはそれぞれの地域が独自の世界を形成していたが、近代に入ると全体の世界に融合していくという展開である。学習指導要領上では、諸地域世界が形成→交流・再編→結合・変容し、地球世界が形成されるという内容構成である。故にそこには現代の世界を「ひとつの有機体として統合された存在」として見る視点が必要となってくるのである。
- (2)なぜ「モノ」を窓口とするのか
- 世界を全体として捉えるには様々な視点があるが、ここでは「世界商品」に着目したい。現代の世界においてはパソコンや電子部品などのIT商品が「世界商品」であり、現代の高校生にも非常に馴染み深いものである。日常において使用している携帯電話などが当に世界中で取引されている。アップル社の携帯音楽プレイヤーなどは全世界の優良な部品を掻き集めて製造されており日本の中小企業の部品が使われているのも有名な話である。このように「世界商品」に着目することで、生徒の興味を喚起しつつ、世界史というものが身近に感じられるであろう。そして「世界商品」は、20世紀には「自動車」であり、19世紀には「綿織物」であり、18世紀以前はそれが「砂糖」だったのである。「世界商品」の移り変わりを見ることで、どの国が世界経済の中核となり周辺世界へ影響を及ぼしていたかを理解できるのである。以上が、「世界商品」という「モノ」を視点に授業構成を行う理由である。
- (3)「砂糖入り紅茶」を窓口として近代世界システムをとらえるのはなぜか
- 「世界商品」としての「砂糖入り紅茶」は、イギリスが覇権を確立し「世界で最初の産業革命」を起こして分業体制を再編し、世界システムを一新したことと密接に関わりを持っている。それ即ち、七年戦争による世界市場の獲得である。「砂糖」の一大生産地である西インド諸島をつなぐ大西洋三角貿易をめぐっての西欧諸国の植民地獲得競争は、1963年七年戦争の講和条約であるパリ条約によって、北米とインドにおけるイギリスの支配権確立に帰結した。七年戦争に至るまでの植民地戦争は各国を窮乏させ構造的な改革を要させた。そのために、イギリスでは産業革命が起こり、その波及としてフランス革命・アメリカ独立革命・ラテンアメリカの独立・ウィーン体制後のナショナリズム運動が展開された。所謂「環大西洋革命」である。産業革命により「砂糖入り紅茶」は労働者の朝食に欠かせないものになり、関税が下げられ大量に輸入されたため、対中国赤字が累積した。これを解消するためにインド産アヘンが利用され、アヘン三角貿易が確立し、インドはイギリスの綿製品の市場となるとともに直接統治が強まっていく。それは今までとは異なる「資本の投下」地であり、インドだけでなく、トルコや中国も世界近代システムに組み込まれていくようになる。このように「砂糖入り紅茶」は、イギリスによる覇権、つまりはパクス・ブリタニカの形成に重要な役割を担っているといえよう。以上により、「砂糖入り紅茶」を窓口として近代世界システムをとらえるのである。
2.歴史的事象の探索
- (1)砂糖と紅茶の消費習慣の広がり
- (2)西欧諸国の覇権をめぐる抗争
- 16世紀にはハプスブルク家が「太陽の沈まない国」として墺・西・蘭・ラテンアメリカ・フィリピンを支配、ポルトガルを併合し銀貿易で世界経済を一体化させ強盛を誇ったが、オランダ独立戦争で疲弊しアルマダ海戦に破れ没落していく。17世紀には所謂「ヨーロッパ全般の危機」のもとで英仏独がそれぞれ、ザ・シヴィル・ウォー、フロンドの乱、三十年戦争で戦乱に巻き込まれる中、オランダはアムステルダムを中心に覇権を握った。各国は危機の中で、新大陸植民地の開発と経営に活路を見出していく。それが西インド諸島におけるサトウキビプランテーションであり、大西洋三角貿易が発展していく。こうした中、オランダは、航海法・英蘭戦争で衰退していき、18世紀になると英仏が植民地の支配権と世界商業の覇権をめぐって争うことになる(第二次百年戦)。イギリスはスペイン継承戦争・七年戦争を通して植民地獲得戦争に勝利する。特に七年戦争の講和条約1763年のパリ条約では、北米及びインドでのフランスの権益がイギリスに吸収され、イギリスが世界市場を獲得した。
- (3)環大西洋革命
- 七年戦争の帰結として、当時の主要国が軒並み財政危機に陥り財政改革の必要性が生じた。世界市場を獲得したイギリスは、環大西洋経済圏を軸に植民地商品(砂糖・煙草・綿布・茶など)の輸入と再輸出を行い、同時に「生活革命」における新たな生活習慣(飲茶と綿布の使用)に必要な輸入品の国産化が図られ(中国の陶磁器⇒ウェッジ・ウットのティーカップなど)産業革命が起こった。アメリカでは、イギリスが戦債償還のために重税を課し、さらに世界商品が存在しないため保護を必要せず独立性を高めていたので、独立革命が起こった。フランスでは、七年戦争により世界市場へのアプローチを喪失し、1770年代から主要工業製品やワインが輸出不振となり国家財政が危機となった。さらに1788年は農業においても大凶作で経済全体が混乱し社会不安が広まりフランス革命が勃発した。フランス革命によるナポレオンの征服の混乱に乗じてラテンアメリカ諸国でも独立が相次いだ。このような一連の革命を環大西洋革命という。
- (4)工業化と近代世界システムの拡大
- 七年戦争を起因として環大西洋革命が起こった。その結果、産業革命では工業利害派の発言権が強まり、生産効率を上げるためには労働者階級に食料(パンや砂糖入り紅茶)を安く提供することだと主張され、関税が引き下げられた。フランス革命とアメリカ革命によっては、南北アメリカがイギリスの工業製品の市場となった。アメリカ独立後、イギリスの政策はインドに転換し、関税引き下げのための茶の輸入による大赤字をまかなうために、インド産アヘンによる三角貿易が行われるようになった。それにより、インドはイギリスの綿織物の市場となっただけでなく、統治権も簒奪されるようになり、イギリス資本の投資先と官僚制の受け皿となった。これによりイギリスの工業製品と資本はインドだけではなく、次々とアジアに流れ込むようになり、中国やトルコも近代世界システムに組み込まれていった。
3.教育的価値観から歴史事象を再構成
4.単元構成
- 「砂糖入り紅茶」の獲得をねらう西欧諸国の競争
- 「砂糖入り紅茶」によるイギリス世界市場獲得後の近代世界の再編
5.学習指導過程の決定
- 「導入」:16世紀〜17世紀、西欧で産しない世界商品の「砂糖入り紅茶」によりグローバルな分業体制が形成された
- 「展開」:18世紀には「砂糖入り紅茶」をめぐる争いで「世界市場」を獲得したイギリスにより分業体制が再編された
- 「終結」:再編の結果、工業原料や資本投資のため、ロシア・トルコ・インド・中国などが、近代世界経済に統合されていく