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  • ヴォルフガング・シュヴェントカー「グローバリゼーションと歴史学 ―グローバルヒストリーのテーマ・方法・批判―」『西洋史学』 No.224 2006年 1-17頁

    • グローバルヒストリーというテーマについて歴史家たちのもつ「見解」は人によって全く異なる
      • 意見の一致があるとしたら、「グローバリゼーション」と「グローバルヒストリー」が密接なつながりがあることについて
    G・A・ホプキンズによる問題状況の2つの集約
    • グローバリゼーションは歴史研究にどのような貢献ができるか
    • 歴史学はグローバリゼーション研究のために何をなしうるか
    グローバリゼーションの本質についての一定の了解
    • この世界を構成する単位とは国民国家(とそれに依拠する社会)の一円的で相互排他的な領域である という見方がもう通用しない
    • ベック「経済、情報、環境、科学技術、文化間摩擦、市民社会などの種々の次元において、日常の行動にもはや国境がなくなったと体感できる状況であり、同時にまた、何か馴染みがありながらも理解不能で、かつ名状しがたいものが、はっきりとした暴力でもって日常を根本的に変え、われわれすべてがそれへの適当と応答を強いられている状況」
    厄介な問題:グローバリゼーションと国民国家の関係
    • ネオリベラリズムの信奉者が唱える国民国家批判
      • 1800年前後の政治変革をうけてほとんどヨーロッパの全域に成立し、他の世界にも輸出された近代国家が、グローバリゼーションの成立によってその意義をだんだん失いつつあるある
      • 廉価な労働力と原料を求めるには国境が時代遅れ、国際的な商取引で国家の重要な機能を奪取、国内的には福祉国家規制緩和国民国家の権能や正当性を侵害
    • 真っ向から反対する議論
      • グローバリゼーションは国民国家の産物
      • 国民国家が強力な役割を演じているからこそ、そのダイナミズムは維持される
      • 国民国家の歴史は時代遅れではなく、広範なグローバルな視点で補うことこそが必要
    グローバリゼーションを 越境的な相互作用によって距離感が克服されていく過程 だと理解するための2つの観点
    • 歴史家としては、グローバリゼーション体系のもつ諸次元を明らかにしなければならない (ヘックによる8つの次元)
      • 一.経済:とくに国際的な商取引の拡大と相互作用の深化、金融市場のネットワーク化、超国家的大企業の影響力の増大
      • 二.コミュニケーション:とりわけ情報・知識伝達の領域での情報技術の永続的・革命的進展。
      • 三.政治:たとえばグローバルな(国際連合、NGO)あるいは地域的な(ASEAN南米共同市場、EU)枠組みでの国際的、超国家的組織の成立と増加、つまり約言するなら、国際政治の多極化
      • 四.社会:たとえば世界的規模での人口移動、および、グローバリゼーションの影響下で先鋭化、もしくは軽減される貧富の対立
      • 五.環境:広域的な被害をもたらし、国際世界に対応を余儀なくされる自然災害や環境破壊
      • 六.文化:とくにライフスタイルや消費行動の均一化とグローバルな文化産業の影響力
      • 七.モラル:とくに人権の普遍性に関する問題
      • 八.宗教:たとえば、地域的な個別宗教との関係における世界宗教の発展
    • いつグローバリゼーションが始まったと考えるべきか
      • 一.グローバリゼーションを現代の現象だと理解するアプローチ
        • フクヤマ:冷戦構造の二極構造脳崩壊から「歴史の終わり」を唱える
        • パーミュター:「歴史の終わり」ではなく、「グローバル文明」が始まった
        • マズリッシュ:「グローバルヒストリーとは現代史だ」(※始点がどこまで遡れるかは等閑に付す。マズリッシュ自身は1945年の終戦で区切る)
        • ギデンズ:グローバリゼーションを近代の展開過程の一部と考えており、1800年頃に始まった。(オルーケ、ウィリアムソンらによる19世紀の欧米間交易の経済史的研究により裏づけ)
      • 二.グローバリゼーションはつねに存在していた
        • 1987年ケンブリッジでの国際会議:10万年前に東アフリカを起点とした人類の移動があったと指摘
        • フランクやギルズは、グローバリゼーションはすでに5千年前に始まったと主張する
      • 三.グローバリゼーションは地理上の発見で始まったと見る時代区分モデル
        • オスターハメルとペーターソン:1500年頃のポルトガルやスペインの植民地帝国建設とともに「世界規模でのネットワーク化は始まり、それはもう逆戻りすることはなかった」(※1.それ以前のものは助走であり「グローバリゼーション前史」に過ぎない。※2.マルクスウェーバーウォーラーステインの「近代資本主義」、「資本主義的社会システム」を受け継ぐ)
    普遍史、世界史、グローバルヒストリー
    • 20世紀における世界史記
      • 帝国主義と世界大戦の影響、伝統的な歴史学が国家のみに焦点を当ててきたことへの批判的反応
        • シュペングラー:デュルケームの社会的有機体論を援用、広域文化を興隆・発展・没落という円環モデルに則り描き出す
        • トインビー:世界を23の文明に分割、その興隆・没落の理論と原則を追及
        • ソローキン:ボルシェビズムを激しく批判、円環モデルに関心、ヨーロッパに全体主義が誕生したのに衝撃を受け西洋文明の終焉を考える
    • トインビーに連なるもっとも重要な世界史記述の代表者:マクニール
      • 『ペストと諸民族』(1976)、『人類移動』(1978)、『世界の歴史』(1979)なふどは近年の「世界史」の古典的名著
      • 「文明」概念は核心であり外に開かれた実体、他の世界の影響にさらされ、「文化借用」を通して刺激を受ける
      • 「世界史」を「異なった文化をもつ民族の相互作用」の探究であると定義
        • 遠隔地貿易、宗教の伝播、伝染病、軍事技術の発達、国際関係における政治的権力構造の変化は、超域文化的な志向をもつ世界史記述の重要なテーマとなる
        • ブローデル『地中海』、ウォーラーステイン『近代世界システム』、アブー=ルゴド『ヨーロッパ覇権以前』は文明の中心・周縁という視点による歴史記述の枠組みを下敷き
      • これらの歴史家の共通点:「さまざまな民族に影響を及ぼした種々の歴史的・自然的現象を、いかなる体系のプロセスやパターンとして把握できるかという関心」
    • グローバルヒストリーは、諸文明・諸文化の集成としての世界史とどう区別されるか
      • 超域文化的相互作用の観点を強調する
        • イスラム史家ホジソン:ヨーロッパ中心主義を脱し、「西」と「東」の二項対立を終わらせるべきとして「地域際史」を提唱。
        • スタヴリアーノス:地域際的関係状況が越境的性格をもつことを指摘。「世界史は、世界の諸文明の歴史の総計ではないのと同じである。…重要なのは、世界規模の影響力をもつ諸運動なのだ」
      • 西洋中心的、あるいはヨーロッパ中心的な世界史観からの脱却
        • グローバルヒストリーへの新たな関心を育んだのは、グローバリゼーションという社会経済的現象ではない
        • 文化研究のパラダイムの変化

    グローバルヒストリーへのアプローチは2分される
    • 歴史的なアプローチ
    • 体系的なアプローチ
    歴史的なアプローチ
    • グローバルヒストリーをグローバリゼーション史と捉える
    • 問題なること:歴史はグローバリゼーションを理解するために何ができるか → 以下の2点で議論を呼ぶ
      • 一.いつグローバリゼーションは始まったと考えるのか、あるいは1500年頃を境にグローバリゼーションの「前史」と「歴史」を分ける指標は何か。
      • 二.グローバリゼーションの過程が基本的に不可逆なのか否か、またその際、歴史学はどんな論拠を提供しうるのか
    • 経済史家ボルヒャルトの指摘
      • 1500年以前にもグローバリゼーション現象があったことを指摘、単線的発達史観を戒めた
        • 19世紀に国際経済上の相互依存が深まったことは確かだが新奇な現象でないということは、1920年代、30年代における経済史家にとっては自明。
        • レーリッヒの講演「中世の世界経済」(1932):中世人の観念にはすでに当時、東地中海から大西洋および北海に達する「統一的な経済圏」が存在していた。国際的な商法が通用し、信頼のおける信用・支払い制度が機能していたため、ヒトやモノは後の世紀よりずっと自由に移動していた。
        • アブー=ルゴド:1250年から1350年の間、世界経済の中心はヨーロッパにではなく中東にあった。
        • グローバルな経済関係の始点を古代に置く論者も
      • ボルヒャルトが国際経済に関する新旧の経済史研究を総合して引き出した結論
        • 「歴史上のグローバリゼーションで、およそ終焉を迎えなかったものはない。いずれも、多少とも唐突に分解に行き着いたか、あるいは収縮、希薄化してしまった」
        • ex.19世紀のグローバリゼーション:第一次世界大戦によって停止させられ、1930年代の世界経済危機により裏返しになった。要因:政情不安の結果、新しい支配者に権力が移行したこと、文化間摩擦が劇的に増大した
    体系的なアプローチ
    • グローバリゼーションをグローバルヒストリーの発見的原理と捉える
    • 歴史研究にとってグローバリゼーションが意味するものは何か。それは過去の時代のよりよく理解するうえでどんな新しい視野を開いてくれるのか。
    • グローバリゼーションに影響を被る生活領域を個別に、または組み合わせて取り上げる
      • 方法論的ナショナリズム(一つの社会の境界は一つの国民・国家の境界と一致するはずだという思考)からの脱却
        • 対象:国家と社会の間の多様な関係と交差、これまで見過ごされてきた権力・競合関係、コスモポリタン的エリート、観念・制度、ライフスタイルの文化的移転
        • 最近の例:新版『ブラックウェル世界史』:「世界史とは、それまで相互に孤立していた民族間の接触の歴史であると考えるのが、最良の理解である」→個々の文化圏・文明を別々に取り上げる旧式の世界史とは一線を画す
    • 最近の歴史研究
      • 経済:国際的遠隔地貿易のネットワーク
      • コミュニケーション:1500年という節目以前における活版印刷の普及
      • 政治:大帝国の成立
      • 社会:大陸間移民
      • エコロジー:疫病伝播と自然災害の結果
      • 文化:19世紀以降の音楽における文化間的接触
      • モラル:啓蒙主義以降の人権・進歩主義思想をめぐる論争
      • 信仰:世界宗教の布教
    グローバルヒストリーにおける重点的なテーマ
    • 文化間に生じるモノの移転
    • 境界や距離を越えたこの移転を容易化・促進したコミュニケーション構造
      • ※グローバルヒストリーといえど、結局は分業、独特な切り口から世界の出来事を総体的に解釈することはできない
      • ※包括的な意味でのグローバルヒストリーではなく、グローバルな意識をもって歴史を書くことしかできない
    文化間に生じるモノの移転
    • 移民:強制移民と自由意志による移民
      • 移民研究の注目点
        • マクロヒストリーとミクロヒストリーの視点が交錯できる
        • 交換、自発性、文化混交、触変などの局面が強調され、それを個人や家族の伝記的記述の次元明らかにする
        • この種のアプローチは「グローバルな人生経歴」と呼べる
        • 触変や同化のような複雑な出来事を経験的に、すなわち史料的に確かな形で裏付け、立体的に描写することができる
    経済的グローバルヒストリー
    • 古代の海上貿易、ハンザのような中世の商業都市、ユーラシア地域の社会経済的生命線であるシルクロード
    • 産業資本主義システム転移の問題:産業的生産が散開的にしか定着しなかったフィリピン、資本主義システムに社会全体が編入された韓国
    • 特定商品の全地球的普及
      • ケンブリッジ版 食の世界史』などの商品・原料の取引と無数の世界史
      • 砂糖・塩・絹・タバコ・石灰・カカオなど
      • マクファーレンとマーティン『ガラス―ある世界史』
        • 実証的性格のものだが、「グローバルな意識を持つ歴史」の2つの核心的方法(「さまざまの文化・文明の比較」と「知識の遠距離移転」)を結び付けるので、理論的考察にも重要
    コミュニケーション構造
    • 近代の初頭においてコミュニケーションが拡大したのは、社会学者たちが推測するように科学技術が自律的に発展するなかで自然に生み出されたものだったのか、それとも具体的な経済的利害の所産あるいはその影響下で発展したのか。
    グローバリゼーションの緊密・相互連関・多元性
    • 上記のような例を一瞥するだけでもグローバリゼーションにおいて種々の領域がいかに緊密に相互関連しうるかが明らか
    • グローバルな現象の成立条件や発展状況を歴史に即して検討することで、何にも増して、グローバリゼーション過程のもつ多次元性を例証することができる

    グローバルヒストリーに対する批判
    • グローバルヒストリー研究者はどんな史料を使うのか
      • 研究の史料的根拠の問題を吟味してこなかったわけではない
        • ホルザル『インターネット・グローバルヒストリー史料集』
        • オーヴァーフィール『二〇世紀グローバルヒストリー史料』
    • グローバルヒストリーあるいは新型世界史の体系に対する批判
      • マクニールら世界史論者は自己批判、総体的に輪郭明瞭な「文明」概念を放棄
      • 新たな定義を構築:世界史研究は「支配者の正統性や交易条件についての合意が形成する境界の内部で発展する、まったく異質な社会文化的特徴を持つ多様な集団」に照準を合わせるべき
      • しかしこの場合には、グローバルヒストリーと世界史との境目ははっきりしなくなる
    • グローバル・ヒストリーはかつての近代化理論やヨーロッパ中心主義的方法の轍を踏んで、経済的決定論の過誤を繰り返しているのではないか
      • 1993年のグルーの論文「グローバルヒストリーの展望」
        • 「グローバルヒストリーへの関心は、かつての近代化への熱狂と共通するところが多い。歴史とは結局、ある種の―目に見えるようになったのは最近のことだが、本来的には普遍的な―変化なのだという感覚も共通だし、科学技術や諸制度(軍隊、政治、行政)、価値観(教育と識字能力、民主主義、消費生活など)がヨーロッパや北米を起点として広まったという点を強調するところもまたそうである」
      • グローバルヒストリー論者はしばしば潜在的決定論、あるいは普遍主義に傾きがち
      • グローバリゼーション及びグローバリズムをめぐる議論が起こったのは欧米(政治・経済権力の中枢)であったため、覇権を弁護する歴史理解ではないのかという疑念が高まる。
      • グローバリゼーションやグローバルストリー研究では研究テーマの重点は経済に置かれるため、世界規模での資本主義の勝利の謂いに他ならないので、資本主義システム枠内における普遍的発展モデルをイデオロギー的に構成したに過ぎない
    • グローバルヒストリーは国家を不当になおざりにし、ナショナリズムをあまりに軽視することにならないか
      • 国民国家をどのように再び考察の中に組み込めるかという問題
      • グローバルヒストリーの観点から、国民国家がどのような役割を果たすべきかという問いが生じる。

    グローバリゼーションは歴史研究にどのような寄与ができ、他方で歴史学はグローバリゼーション研究のために何が貢献できるかという問いに対するまとめ
    • グローバルヒストリーのアプローチは自己完結的な文化・文明圏という古い観念を根本から覆した
      • 代わりに線引きをするのではなく、空間と時間を越えた相互作用と移転を見据えたモデルを定立した
      • 国民国家の境界を越えることになるが、国家は依然として準拠基準としての意義を持ち続ける
    • グローバリゼーションは現代のみの現象ではなく、地理上の発見の時代にまで遡れる
      • グローバリゼーション過程自体、決して予定された終着点に行き着く歴史の一方通行路ではない
      • 歴史的な破綻に遭遇するし、いろいろな時代を通過するものであって、多様な視点からの分析を必要とする
    • 狭義の「グローバリゼーション」の超越
      • グローバル性のさまざまな次元を歴史的に解明 → 経済的決定論への傾斜を免れることができる
      • マクロ的な過程(たとえば、技術革新あるいは宗教的世界観の普及)とミクロ的な視点(たとえば、グローバルな人生経歴の研究)の交差する中で、世界をよりよく理解できる。