Ⅰ
- グローバルヒストリーというテーマについて歴史家たちのもつ「見解」は人によって全く異なる
- 意見の一致があるとしたら、「グローバリゼーション」と「グローバルヒストリー」が密接なつながりがあることについて
G・A・ホプキンズによる問題状況の2つの集約
- グローバリゼーションは歴史研究にどのような貢献ができるか
- 歴史学はグローバリゼーション研究のために何をなしうるか
グローバリゼーションの本質についての一定の了解
厄介な問題:グローバリゼーションと国民国家の関係
グローバリゼーションを 越境的な相互作用によって距離感が克服されていく過程 だと理解するための2つの観点
- 歴史家としては、グローバリゼーション体系のもつ諸次元を明らかにしなければならない (ヘックによる8つの次元)
- 一.経済:とくに国際的な商取引の拡大と相互作用の深化、金融市場のネットワーク化、超国家的大企業の影響力の増大
- 二.コミュニケーション:とりわけ情報・知識伝達の領域での情報技術の永続的・革命的進展。
- 三.政治:たとえばグローバルな(国際連合、NGO)あるいは地域的な(ASEAN、南米共同市場、EU)枠組みでの国際的、超国家的組織の成立と増加、つまり約言するなら、国際政治の多極化
- 四.社会:たとえば世界的規模での人口移動、および、グローバリゼーションの影響下で先鋭化、もしくは軽減される貧富の対立
- 五.環境:広域的な被害をもたらし、国際世界に対応を余儀なくされる自然災害や環境破壊
- 六.文化:とくにライフスタイルや消費行動の均一化とグローバルな文化産業の影響力
- 七.モラル:とくに人権の普遍性に関する問題
- 八.宗教:たとえば、地域的な個別宗教との関係における世界宗教の発展
- いつグローバリゼーションが始まったと考えるべきか
- 一.グローバリゼーションを現代の現象だと理解するアプローチ
- 二.グローバリゼーションはつねに存在していた
- 1987年ケンブリッジでの国際会議:10万年前に東アフリカを起点とした人類の移動があったと指摘
- フランクやギルズは、グローバリゼーションはすでに5千年前に始まったと主張する
- 三.グローバリゼーションは地理上の発見で始まったと見る時代区分モデル
普遍史、世界史、グローバルヒストリー
- 20世紀における世界史記述
- トインビーに連なるもっとも重要な世界史記述の代表者:マクニール
- 『ペストと諸民族』(1976)、『人類移動』(1978)、『世界の歴史』(1979)なふどは近年の「世界史」の古典的名著
- 「文明」概念は核心であり外に開かれた実体、他の世界の影響にさらされ、「文化借用」を通して刺激を受ける
- 「世界史」を「異なった文化をもつ民族の相互作用」の探究であると定義
- これらの歴史家の共通点:「さまざまな民族に影響を及ぼした種々の歴史的・自然的現象を、いかなる体系のプロセスやパターンとして把握できるかという関心」
- グローバルヒストリーは、諸文明・諸文化の集成としての世界史とどう区別されるか
Ⅱ
グローバルヒストリーへのアプローチは2分される
- 歴史的なアプローチ
- 体系的なアプローチ
歴史的なアプローチ
- グローバルヒストリーをグローバリゼーション史と捉える
- 問題なること:歴史はグローバリゼーションを理解するために何ができるか → 以下の2点で議論を呼ぶ
- 一.いつグローバリゼーションは始まったと考えるのか、あるいは1500年頃を境にグローバリゼーションの「前史」と「歴史」を分ける指標は何か。
- 二.グローバリゼーションの過程が基本的に不可逆なのか否か、またその際、歴史学はどんな論拠を提供しうるのか
- 経済史家ボルヒャルトの指摘
- 1500年以前にもグローバリゼーション現象があったことを指摘、単線的発達史観を戒めた
- 19世紀に国際経済上の相互依存が深まったことは確かだが新奇な現象でないということは、1920年代、30年代における経済史家にとっては自明。
- レーリッヒの講演「中世の世界経済」(1932):中世人の観念にはすでに当時、東地中海から大西洋および北海に達する「統一的な経済圏」が存在していた。国際的な商法が通用し、信頼のおける信用・支払い制度が機能していたため、ヒトやモノは後の世紀よりずっと自由に移動していた。
- アブー=ルゴド:1250年から1350年の間、世界経済の中心はヨーロッパにではなく中東にあった。
- グローバルな経済関係の始点を古代に置く論者も
- 1500年以前にもグローバリゼーション現象があったことを指摘、単線的発達史観を戒めた
-
- ボルヒャルトが国際経済に関する新旧の経済史研究を総合して引き出した結論
- 「歴史上のグローバリゼーションで、およそ終焉を迎えなかったものはない。いずれも、多少とも唐突に分解に行き着いたか、あるいは収縮、希薄化してしまった」
- ex.19世紀のグローバリゼーション:第一次世界大戦によって停止させられ、1930年代の世界経済危機により裏返しになった。要因:政情不安の結果、新しい支配者に権力が移行したこと、文化間摩擦が劇的に増大した
- ボルヒャルトが国際経済に関する新旧の経済史研究を総合して引き出した結論
体系的なアプローチ
- グローバリゼーションをグローバルヒストリーの発見的原理と捉える
- 歴史研究にとってグローバリゼーションが意味するものは何か。それは過去の時代のよりよく理解するうえでどんな新しい視野を開いてくれるのか。
- グローバリゼーションに影響を被る生活領域を個別に、または組み合わせて取り上げる
- 最近の歴史研究
グローバルヒストリーにおける重点的なテーマ
- 文化間に生じるモノの移転
- 境界や距離を越えたこの移転を容易化・促進したコミュニケーション構造
- ※グローバルヒストリーといえど、結局は分業、独特な切り口から世界の出来事を総体的に解釈することはできない
- ※包括的な意味でのグローバルヒストリーではなく、グローバルな意識をもって歴史を書くことしかできない
文化間に生じるモノの移転
- 移民:強制移民と自由意志による移民
- 移民研究の注目点
- マクロヒストリーとミクロヒストリーの視点が交錯できる
- 交換、自発性、文化混交、触変などの局面が強調され、それを個人や家族の伝記的記述の次元明らかにする
- この種のアプローチは「グローバルな人生経歴」と呼べる
- 触変や同化のような複雑な出来事を経験的に、すなわち史料的に確かな形で裏付け、立体的に描写することができる
- 移民研究の注目点
経済的グローバルヒストリー
コミュニケーション構造
グローバリゼーションの緊密・相互連関・多元性
- 上記のような例を一瞥するだけでもグローバリゼーションにおいて種々の領域がいかに緊密に相互関連しうるかが明らか
- グローバルな現象の成立条件や発展状況を歴史に即して検討することで、何にも増して、グローバリゼーション過程のもつ多次元性を例証することができる
Ⅲ
グローバルヒストリーに対する批判
- グローバルヒストリー研究者はどんな史料を使うのか
- 研究の史料的根拠の問題を吟味してこなかったわけではない
- ホルザル『インターネット・グローバルヒストリー史料集』
- オーヴァーフィール『二〇世紀グローバルヒストリー史料』
- 研究の史料的根拠の問題を吟味してこなかったわけではない
- グローバルヒストリーあるいは新型世界史の体系に対する批判
- マクニールら世界史論者は自己批判、総体的に輪郭明瞭な「文明」概念を放棄
- 新たな定義を構築:世界史研究は「支配者の正統性や交易条件についての合意が形成する境界の内部で発展する、まったく異質な社会文化的特徴を持つ多様な集団」に照準を合わせるべき
- しかしこの場合には、グローバルヒストリーと世界史との境目ははっきりしなくなる
- グローバル・ヒストリーはかつての近代化理論やヨーロッパ中心主義的方法の轍を踏んで、経済的決定論の過誤を繰り返しているのではないか
- 1993年のグルーの論文「グローバルヒストリーの展望」
- 「グローバルヒストリーへの関心は、かつての近代化への熱狂と共通するところが多い。歴史とは結局、ある種の―目に見えるようになったのは最近のことだが、本来的には普遍的な―変化なのだという感覚も共通だし、科学技術や諸制度(軍隊、政治、行政)、価値観(教育と識字能力、民主主義、消費生活など)がヨーロッパや北米を起点として広まったという点を強調するところもまたそうである」
- グローバルヒストリー論者はしばしば潜在的な決定論、あるいは普遍主義に傾きがち
- グローバリゼーション及びグローバリズムをめぐる議論が起こったのは欧米(政治・経済権力の中枢)であったため、覇権を弁護する歴史理解ではないのかという疑念が高まる。
- グローバリゼーションやグローバルストリー研究では研究テーマの重点は経済に置かれるため、世界規模での資本主義の勝利の謂いに他ならないので、資本主義システム枠内における普遍的発展モデルをイデオロギー的に構成したに過ぎない
- 1993年のグルーの論文「グローバルヒストリーの展望」
Ⅳ
グローバリゼーションは歴史研究にどのような寄与ができ、他方で歴史学はグローバリゼーション研究のために何が貢献できるかという問いに対するまとめ
- グローバルヒストリーのアプローチは自己完結的な文化・文明圏という古い観念を根本から覆した
- 代わりに線引きをするのではなく、空間と時間を越えた相互作用と移転を見据えたモデルを定立した
- 国民国家の境界を越えることになるが、国家は依然として準拠基準としての意義を持ち続ける
- グローバリゼーションは現代のみの現象ではなく、地理上の発見の時代にまで遡れる
- グローバリゼーション過程自体、決して予定された終着点に行き着く歴史の一方通行路ではない
- 歴史的な破綻に遭遇するし、いろいろな時代を通過するものであって、多様な視点からの分析を必要とする
- 狭義の「グローバリゼーション」の超越
- グローバル性のさまざまな次元を歴史的に解明 → 経済的決定論への傾斜を免れることができる
- マクロ的な過程(たとえば、技術革新あるいは宗教的世界観の普及)とミクロ的な視点(たとえば、グローバルな人生経歴の研究)の交差する中で、世界をよりよく理解できる。