雑録

尾粼耕司「近代国家の成立―軍隊・学校・衛生」歴史学研究会・日本史研究会編『日本史講座8』東京大学出版会 2005年 55-86頁

一 はじめに

  • 本章にあたえられた課題:軍隊・学校・衛生といった国家装置を取り上げ、そこから日本という場に現れる近代国家像を展望する
  • 軍隊・学校・衛生といった国家装置を、それらがいかに総体として国家のなかに組み込まれるかはもちろん、逆に何を国家に刻印するのかといった側面から注目する
    • 分析の対象:法体系の問題、就中、徴兵の義務、就学の義務、隔離・消毒の義務といった近代的義務の確立の問題
  • 近代という時代が個人の権利義務によって成り立つことの意味を検証することが、日本の近代や近代国家をとらえる上で有効な視点を提供してくれる

二 国家装置の創設

軍隊
  • 近代軍隊の建設(とくに陸軍の建設)にとって身分制的原理の克服が課題
    • 1873年(明治六) 国民皆兵を旨とする徴兵令制定→多くの免役規定が設置、徴兵忌避が発生→79年、83年、89年に大改正
  • 福島正夫や利谷信義らの、戸籍と徴兵制の免役規定との関連に着目した研究を今一度取り上げる。
    • 1873年制定当初の徴兵令で特に重要な免役条項:戸主や嗣子・承祖の孫、養子といった「イエ(戸)」の継承に関わる項目
    • 福島らの研究はこの戸主の免役規定に着目し、その意味づけを行う
      • 徴兵が貢租同様の賦役として行なわれたので、その徴兵単位も貢租と同じく「イエ(戸)」におかざるをえず、戸主や嗣子は、家人を徴兵に応じさせる義務を負うかわりに、自らは免役される特権をもつようになった
  • 公法私法の未分離をみて取ろうとする視点が重要
    • 戸主の「イエ(戸)」支配を事実として認め、免役規定を設けてこれを保障するかわりに、徴兵のような負担が賄われるというのは、既得権と引き替えに負担を課した旧幕時代の<役>負担と原理の上で大きく変わっていないのであって、近代的な義務の形成をみようとするときにこれは無視できない。
  • 徴兵事務を執り行なう地方機関の問題からの展望
    • 徴兵は、徴兵検査を終えた者の管理は徴兵使(軍)が行なうが、その前は地方官(府知事・県令)が担当したので、検査前に行なわれる徴兵免除などの事務は地方官にその責任がゆだねられた
      • 仏:国会における年毎の徴兵数の決定が事務執行の根拠⇔日本:議会が開かれておらず、府県の石高を根拠にする
    • 初期の徴兵制はその徴員の数を決める正当性を根底において町村に依っていた
  • 町村の性格
    • 徴兵はその末端の実務において区戸長と、就中、旧幕時代からの5人組様の組織を媒介として各「イエ(戸)」・各個人と接するのが普通
    • 町村の住民の定義:人別帳なり戸籍なりに記載された本籍者(なかでも戸主)、もしくはせいぜい全戸寄留者までにとどまる。
    • 住民資格である本籍の有無が町村運営への参加の可否に反映
    • 故に町村は閉鎖的な集団、「イエ(戸)」というメンバーシップを単位に編成された属人的な集団とならざるをえず、人の移動に関わりなく継続維持されるような属地的集団には転換されず。
    • このような町村に徴兵事務がゆだねられる→「イエ(戸)」が断絶すると町村も機能できない→事務は「イエ(戸)」の永続の保障と引き替えになしには遂行しえない
    • 戸主や嗣子が免役もしくは猶予されるのは、この町村の構造に深く関わっていたから
学校
  • 義務教育の形成過程
    • 1872年(明治5)制定の学制が事実上失敗、教育令(79年)とその改正(80年・85年)、小学校令(86年)を経て90年の第二次小学校令の制定で制度的安定を得る
      • 根拠:市町村制の制定という地方制度の確立と教育勅語の制定に象徴される教育の国家主義
  • この項の目的;学制の再検討と問題点の抽出
    • 学制の立案者までもが共有する、教育に関する一種の社会的通念
      • 教育=人民みずからが従事すべきもの、教育の「私事」「私立」がことさらに強調 →身分的特権の否定が目的
    • 百姓、町人の教育に対する通念の温存
      • 1)百姓、町人にとっての教育は任意と相対によって成り立つ:教育は、どの機関を選ぶか、どの程度まで受けるかまで、すべて「イエ(戸)」の任意
      • 2)地域が介在するのは貧困者の子弟にたいする教育=慈善、仁恵
    • 学制の特質による問題の噴出
      • 尋常小学校に在籍しない法的根拠が与えられる
      • 教職が終身の職業として確立できなくなる
      • 地域を単位に学区を置いたため積金などの伝統をもつ近世以来の町村に依存せざるをえなくなる
衛生
  • 学制と類似した問題をもって立ち現れたのが衛生
  • 医療=「養生」:本質的に患家としての「イエ(戸)」が主体的に行なうもの。
  • 「イエ(戸)」―隣保―町村の重層的構造による町村衛生
    • 隣保が依って立つ町村自体が「イエ(戸)」の共同体としての性格を払拭し得ない→行政事務を「イエ(戸)」の論理に引きずり込み、制約をうむ要因に
  • 「イエ(戸)」を存続させることを本位とする通念
    • 伝染病予防も通常の医療と同じように「イエ(戸)」の任意と相対を本位として構成
    • 町村レベルの施設は慈善としてつねに一時的で、「イエ(戸)」を超越してこれを常設化することができない
「イエ(戸)」の主観的権利
  • 「イエ(戸)」の論理:明治政府が取り入れた法制によって、権利として主張できる
  • 問題が発生した場合の最終的な決定が司法にゆだねられる→ 徴兵という具体的な行政事務遂行のなかに、なお個人が主観的権利を主張できる余地が与えられる
  • 「イエ(戸)」の家人に対する支配の承認、主観的権利を保障する法→「イエ(戸)」を本意とする町村構造を補完
    • 徴兵・教育・衛生のそれぞれを個別に改変するだけでは解決せず→公法体系そのものの見直しの必要。そのことなしに近代的な意味での義務確立せず。

三 近代的義務の成立

明治憲法制定期の諸制度改正
  • 「イエ(戸)」の論理に規定された行政事務の遂行を、義務として確立してゆく
    • 教育:1890年(明治二三)の第二次小学校令
    • 衛生:市制町村制と相前後して衛生組合の設置→5人組のような包括的行政事務下請けから機能毎の組織の隣保の編成替え→1897年伝染病予防法
  • 徴兵
    • 89年徴兵令改正:従来の戸主や嗣子等の免役や猶予の条項廃止、免役は兵役に耐えざるものに限定されることに→国民皆兵主義の確立
    • 同時に徴兵事務条例:徴兵の事務上の責任が府県から郡市に移り、徴兵におけるその免除や延期の可否と裁決との両方に郡市長が深く関わる→府県知事は裁定者となり、これまでのように裁判の当事者の立場に立たされることはなくなる
    • 徴兵にあたって主観的権利を主張しうる場であった行政裁判は、行政の内部審査にその性質が変更されることになった
公権
  • 「イエ(戸)」の主観的権利を大きく制限する制度改変が可能となったのは、公法理論の転換が行なわれたことによる
    • 1)明治憲法の制定による権利義務関係の実定化
      • 公法上の権利義務は制定法によりはじめて発生するものであって、「イエ(戸)」の家人に対する支配といった事実性から引き出されるものではなくなる
    • 2)「公権」概念の導入
      • 公法上の権利が、私権とは違い、制定法によって発生すると論証することが可能になる
      • 公権=憲法その他の法律をもって認定され、私権と違って外国人に適用されない「一国公民の専有の権利」であり、かつ「公民の資格ある者即ち成年の男子」のみが享有できる→兵役などの国家的諸義務と不可分のものとしてとらえられる
  • 公権概念の重要性 1)
    • 公権は憲法その他の法律と同時に「建国の国体」にも発生の起源
      • 「建国の国体」は古代の「おほみたから」を理想としたように、多分に歴史への回帰のなかでとらえらる
      • 「イエ(戸)」の論理を否定するための歴史の読み替えの必要性→天皇の統治=not財産所有などにもとづく事実性・私的権力性,but皇祖皇宗の遺訓の遵守(歴史のロマンティシズムのなかで一旦抽象化を遂げたもの)
      • 臣民=「おほみたから」として歴史の中で抽象化、天皇臣民両者がともに歴史的抽象世界で有機的関係(日本的な意味での人倫の有機体)を結ぶものとして論証される
      • 天皇の統治の正当性=皇祖皇宗の遺訓の遵守による義務の履行(≠皇統が連綿と続いた事実的性格)→ 臣民の側も血統継承の事実だけでは自らを国体の中で正当化できなくなる
      • 天皇から臣民に至るまでを歴史性にもとづいた有機体と把握して国家の無謬性を示すことによって、個々の臣民の公法上の権利を全体の意志(その法的表現が憲法)のもとに制限することが可能になる
    • 教育勅語の役割=実定化・抽象化され、「イエ(戸)」によって成り立つ社会の実態からは離れた仮想空間として法体系を構想するとき、それに道徳性をもたせて上から社会に浸透させる意味を持つ
      • 教育勅語の示す規範的事項が自明の事実(「である」こと)ではなく、義務を尽くすこと(「する」こと)によりようやく伝えられてきたものとして論証される
    • 「義務から権利が初めて生じる」
      • 制定法により示された何らかの国家的負担を負い全体意思の実現の寄与しなければ権利として主張できなくなる
      • 近世以来の既得権が同時に伴われないと負担がなされないという関係は解消される
      • 権利より先に権利主張が可能となるための前提として負担を課すことが可能に → 近代的な意味での「義務」の概念が成立
  • 公権概念の重要性 2)
    • 権利を裏づける事実的性格が変更
      • 公法上の権利が実定化され抽象化されても全く事実的性格が払拭されたわけではない:国家の大権=天皇の生きた人格、臣民の公権=行為能力・帰責能力(義務を前提として権利が生ずるが故に義務を履行する能力)
      • 公権が女性や子どもには与えられず、「公民の資格ある者即ち成年の男子」という制限が設けられたのはそのため
地方制度の転換
  • 1888年市制町村制:住民規定が置かれ、居住要件のみになり、開かれた集団に
  • 公民規定:「凡帝国臣民ニシテ公権ヲ有スル独立ノ男子二年以来(一)町村ノ住民トナリ(二)町村ノ負担ヲ分任シ(三)其町村内ニ於テ地租ヲ納メ若シクハ直接国税年額二円以上ヲ納ムル者ハ其町村公民トス」(町村制第7条) →「公権ヲ有スル」ことが要件
    • 従来住民もその運営への参加資格もともに「イエ(戸)」に一元的に集約されていた町村が、これにより、救助対象者を含んだ住民と、行為能力にもとづく公権から立ち上げられる公民とに二元化。 
  • 市町村再編と教育
    • 生身の人たる市町村長に、就学免除の判断・市町村を代表しての権利主張、という教育に関する権限を集める→それと引き替えに「イエ(戸)」の公法上の主観的権利を否定
    • 教員の尽くすべき義務=教育勅語に対するもの+主観的権利付与→「イエ(戸)」の相対の原理や昇進を旨とする官僚の原理とも異なる、独自の教職の意義付け
    • 就学、小学校の施設、教員とこれまで「イエ(戸)」の論理を持って一体となっていたものが、それぞれに分解→「イエ(戸)」は主観性を表現できるものではなくなる
  • 市制町村制の意義
    • 公法上の主観的権利を公権に制限、実際の主張を名誉職なかでも市町村長という生身の人格を通してのみ行なえるようにする → 徴兵・就学・隔離消毒などの具体的な行政事務遂行のなかで「イエ(戸)」は権利を主張できなくなる → 行政事務の遂行を義務として、見返りに保障を与えなくても課することが可能に。--市町村制=近代的事務を立ち上げるための役割、市町村長がひとり公法上の主観的権利を体現して「イエ(戸)」の主観的権利を排するという役割

四 おわりに

  • 徴兵・学校・衛生の法制を検討、抽出された「イエ(戸)」の論理という問題点を軸に、公法上の権利義務関係の創出やそれを実体化する地方制度の形成の意味をみてきた
  • 上記の制度的総体があってはじめて、国民を陶冶しうる装置を持つ国家、就中、近代の制度的総体成立する
  • 本章では、公法の仮想空間としての性格が近世的負担原理を克服するのに必要であることを強調した