南塚信吾「世界史は動いている」歴史学研究 第850号 30-39頁

世界的な「世界史」を求める動き
  • アメリ
    • WHA(1982年結成)
      • アメリカにおける世界史学会。中等・高等教育の場でナショナル・ヒストリーやリージョナル・ヒストリーから、クロス・カルチャー的、比較史的、そしてグローバルな歴史の見方が求められたことを契機に結成。拠点はハワイ大学。『ジャーナル・オブ・ワールドヒストリー』『ワールド・ヒストリー・ビュレテイン』を出す。2008年のロンドン大会で第17回を迎える。
    • パトリック・マニングの活動
      • 1994年世界史センター設立;独立ボランタリー組織で、教育者向けに世界史のカリキュラムを作ったり、世界史資料センターを設けたりするも、資金不足で2004年閉鎖。
      • 2004年WHN(世界史ネットワーク);世界史の研究と目的のための電子データのレヴューが目的。ネット上でデータの活用や解釈について参加者の間で意見を交換する場。
      • 2008年ピッツバーグ大学附属世界史センター発足。
    • H-Worldディスカッション・ネットワーク
      • 1995年運営開始。ナショナルな枠組みを超えた歴史として世界史を広く定義し、多分屋の参加者たちがメーリングリストを通じて地球規模での歴史をディスカッションする。
    • アドヴァンスト・プレーススメント・プログラム(AP Program)における「世界史」
      • 1955年以来アメリカ大学入試会議により運営される上級コーステスト。APプログラム・ヒストリーは、アメリカ史、ヨーロッパ史、世界史により構成。世界史はアメリカ史もヨーロッパ史も含んだもの。AP世界史の実施は広大な支持基盤の存在を意味し、世界史に携わる教育者・研究者が関与している。
    • World History Connected 発行(2003年);ワシントン州立大学に拠点を置く世界史教育者向けの電子ジャーナル。イリノイ大学出版局から発行。
  • ヨーロッパ
    • 普遍史・グローバル史・ヨーロッパネットワーク
      • イギリス・ドイツで90年代末から世界史とグローバル・ヒストリーに対する関心が集まり2002年発足。
    • 『ジャーナル・オブ・グローバル・ヒストリー』
      • 2006年刊行、グローバリゼーションとそれへの対抗問題を広く扱う。「西洋とその他」といった二項対立の克服、伝統的な地域的境界(国境など)の克服、歴史学のテーマ細分化の克服、学際性の重視。
  • 世界史は動いている
    • グローバリゼーションに伴いナショナル・ヒストリーを超えた歴史が、教育・研究の両面において模索されてきている。

日本における世界史を求める動き
  • 大阪大学
    • 1999年、大学院文学研究科に「世界史講座」設置、東洋史西洋史の壁が取り払われる
    • 全国の高等学校世界史担当教員らを組織した交流・研修会を毎年行なっている。
    • 大阪大学歴史教育研究会を場に、毎月、世界史教育をテーマに大学の研究者と高校教員、教科書会社、マスコミ関係者と対話を続ける。
    • 世界史を担当する全国の意欲的な高校教員が組織されつつある。
  • 21世紀COEプログラムインターフェイスの人文学」
    • シルクロードと世界史」と「世界史システムと海域アジア交通」の二つの研究チームが、シルクロード史、海域アジア史、グローバル・ヒストリーの三領域で地域・文明・学問分野を横断し架橋する研究を進める
      • シルクロード研究:東洋と西洋の間の世界(草原・オアシス世界と海洋世界)から「中核」中心の世界史を批判する視座
      • 海域アジア史研究:国民国家をボーダレス化した広域地域からの世界史の可能性を提起
      • グローバル・ヒストリー研究:「比較」と「関係性」をキーワードにしつつ、経済史での領域での「世界史」を追求
  • NPO歴史文化交流フォーラム付属世界史研究所(著者が設立)
    • 趣旨:近年の歴史学が地域的細分化と方法論的細分化をもたらしたことを批判。世界史を書くとなると、視角も方法もばらばらの寄せ集めであるので、現在歴史学に求められているのは、統一した視角と方法で、人類の全体としての歩みを知り、行方を展望すること。
    • 具体的な目的:(1)日本における世界史の研究と教育の促進(2)世界史の研究と教育に関する情報を収集し提供する(3)我が国において世界史の必要性を一般に広めること(4)世界史に関心を持つほかの組織や個人と連携する(5)サイバー研究所を目指す
  • 数種類の世界史概念の区別
    • (1)日本史と区別された世界史:世界史=外国史西洋史東洋史
    • (2)日本史も含めた世界史
      • (2)-a:各国史・地域史の並列としての世界史
      • (2)-b:統一的視角から構成された世界史
    • 世界史研究所は、日本史を含めた世界史を何らかの統一的視角から構成する。日本で支配的なのは、外国史かつ並列的な世界史。

戦前の展開
  • 国史:明治初期に導入、英米の影響を受ける。日本史・アジア史から始めて世界の諸地域を俯瞰するものと、日本史と中国史は別にして、それ以外の外国史を扱うものとが混在した多様なもの。
  • 国史1880年代。事実上文明史=西洋史となる →90年代に「国民主義」やアジア主義が台頭すると「文明史」に反発してアジアからの見方を強調し始める。
  • 世界史:1890年代、内容としては多様で、西洋中心のものと、アジア史を組み込んだものがあったが、後者は廃れ、西洋史中心的な世界史となる。
  • 日本史・東洋史西洋史日露戦争以後、学ぶべき西洋、支配すべき東洋。歴史学も「日本史」「東洋史」「西洋史」に三区分され、帝大史学科の編成となる。
  • 精神史:WWⅠ後、ヘーゲルの影響を受け、世界史=精神史となる →しかしヨーロッパ史=世界史は否定。日本によって新たな世界観と道義に立脚する現代的世界史に道を譲ろうとしていると主張される(高山岩男『世界史の哲学』岩波書店 1942年)。またヨーロッパ史=世界史は「偏狭」とされ、「八紘一宇」の大精神が具現化される歴史を重視しなければならないとして批判された(大類伸『概論歴史学』生活社 1944年)。
戦後の展開
  • 戦後世界史の誕生;(ex.尾鍋輝彦が世界史を称して「一つの怪物」→徐々に日東西の区分が崩される→上原専禄『日本国民の世界史』1960年)
  • 1950年代:江口朴郎らの国際関係史 →日東西の位階制を崩す際に大きな意義
  • 1960年代:京都大学人文科学研究所の共同研究の一環として角山栄や河野健一らにより「世界資本主義」という観点が打ち出された
  • 1970年代:「従属論」や「世界システム論」などが川北稔らにより紹介され、世界的な歴史の見方を刺激
  • 1980年代:西川正雄を中心に、アジア諸国を巻き込んだ比較史・比較歴史研究会は「自国史」という視点を据えて、それを乗り越える試みを続ける。
  • 西川正雄の世界史に対する問題点の指摘
    • 1.世界史の構築にはヨーロッパ中心主義の克服が必要であるが、この克服ははなはだ難しいこと。
    • 2.「近代」というものを世界史のなかでどう評価するかも非常に難しい問題であること。
    • 3.国民史の相対化をしなければ世界史は描けないが、そのための視座をどこに求めるかということ。
    • 4.せかしの諸文化を等価として見て、はたして羅列ではない統一的な世界史が描けるかということ。

  • ここでは《世界史》を日本史を含めた世界史を何らかの統一的視角から構成する世界史とする。《世界史》の方法にはどのようなものがあるか
マニングの提唱
  • a)地域研究的アプローチ
    • 複数の地域間のつながりや類似性を示す研究(例:中国・東南アジア・ミシシッピー渓谷といった地域間の連関)。
    • ある地域の研究をほかの地域との関係のなかで行なう方法(中国、中央アジアをグローバルな世界へ繋ぐ、インド洋研究を東南アジアや地中海との関係で論ずる)。
  • b)主題的アプローチ
    • 特定の主題で世界全体を通してみる研究
      • 帝国/ユーラシア大陸やインド洋世界を「世界史システム」的に研究する/ブローデル地中海世界にならって「インド洋世界」から、東アフリカから日本までの「日常生活」の構造のつながりを明らかにする。
    • モノや商品の移動、人の移動、ジェンダー、言語、技術、環境、文明からのアプローチの研究
  • c)グローバルな概念的アプローチ
    • 個々の研究と対話をする総合的な世界史論
      • 諸地域間の相互作用についての研究や、時期区分についての研究、さらには「ビッグバン」以来の自然史を含んだ大歴史、ビッグヒストリーなど
世界史研究所の提唱
  • 1.地域
  • 2.比較
    • 伝統的な国民国家的規模での比較制度論;比較経済史、比較政治史
    • 比較社会史や比較意識論:「モラル・エコノミー」「ネイションの意識」の比較を通して世界を考える
  • 3.同時代史;世界史の一定の時代に着目して、その時代の世界的な諸地域の関係に注目しつつ全体像を構想する
    • 「長い16世紀」/「大西洋革命」としてのフランス革命/世界史的な観点での開国と明治維新/「日清・日露」の時代を世界的規模で考える。 →世界システム論や国際関係史の方法として成果。
    • 江口朴郎の思想
      • 一方に先進的なものがあるとより遅れたものは同じ道を歩めない。「ゴム風船」のようにある地域での緊張関係が均衡に達すると緊張は他の地域に向かわざるを得ない →権力国家間だけでなく、諸地域の社会と民衆を含みこんだものに発展していくことによって、世界史が見えてくる。
  • 4.ネットワーク論
    • 世界の都市を繋いで世界史を世界を構築
    • 「飛び地」のネットワークによる世界史(アウトローの活躍する諸ミクロ地域の歴史、華僑などの住む諸地域の歴史、開港)
  • 5.ヒトやモノの移動
    • コーヒー、お茶、砂糖、移民史、情報
  • 6.人類史
    • 地球に住む人間の「類」としてのアプローチ
    • 核・技術・環境・人間と自然の関係・性差・遺伝子・死生観など
世界史におけるイデオロギーの問題
  • 《世界史》への試みがあるとしたら、その場合、歴史家はどういう視点と方法から世界史を見ているのか →世界史における「イデオロギー」の問題
    • 世界史研究所は江口朴郎の思想の上に立つ
      • 歴史の外に歴史を裁く基準を設けず、存在するものから出発するという歴史学の基礎を前提としつつ、人間の認識能力の限界という認識の上にたった議論 →人ごとに世界史は同じではありえず、無数の世界史が描けるが、地球上のより恵まれないものの主張が、いかに本能的であれ、より間違いが少ない。より恵まれないものの世界史は、洗練されていないからこそ、より間違いが少ない。
      • 歴史の方法としては、社会史やポストモダンポストコロニアルなど、江口の時代に比べて新領域が開拓されてきており、歴史の素材としても未開拓な地域の研究が進められており、手段としても高度な電子化された史料の利用が可能となってきているが、江口朴郎の歴史の姿勢が必要。

世界史研究所の活動
  • 世界史キャラバン
    • 地方のローカルな世界をグローバルな世界へと繋ぐ「頭の訓練」。世界史研究所のメンバーが地方に出かけて現地の郷土史家・高校教師と一定のテーマで座談会のようなシンポジウムを設置、ローカルな歴史がいかに世界と密接につながって《世界史》となっているかを議論しあうというもの。
      • 蚕・生糸を通してローカル世界を横浜へ、フランス、イタリア、アメリカでの、中国を含めたシルク市場へと広げて考えていく。キャラバンは現地に地方史を考える市民グループがいるようなところで最もうまく機能している。
  • 《世界史》像構築への研究所の具体的な取り組み
    • 国際関係史を基礎にした同時代的な諸地域と諸社会の関係から《世界史》を構成する。日本で培われてきた国際関係史に民衆社会の動きを盛り込んだかたちでこれを豊かにする
  • テーマ別世界史:いくつかのテーマごとに徹底してボーダレスに《世界史》を考えてみようというもの
    • (1)ヒト(2)モノ(3)情報(4)地域(5)差別(6)病気(7)ジェンダー(8)環境(9)国家(10)民衆(11)世界史の世界史
      • (1)ヒト:同時代的に世界史を見る手助け・地域の歴史を繋ぐ糸となる。個人の動きは世界の諸地域の歴史を繋ぎ、世界史を作る要素となる。集団としての動きは、ケースを積み上げることによって世界史を展望することができる。
      • (2)モノ:資源や生産物の動きを地球大で追跡、そのモノが置かれた地域の歴史的背景をモノに関連させて考えるという方法で、世界史に迫る。
      • (3)情報:らくだからロケットにいたるまでの交通手段の問題、のろしから印刷を経てインターネットにいたるまでの情報通信手段の問題、それに情報やイメージや知識の中身自体の変容の問題が扱われる必要がある。
      • (11)世界史の世界史:世界各地の人間が《世界史》をいかに構成しようとしてきたかを歴史的に点検するという作業

アジア及びドレスデンでの活発な動き
  • 韓国
    • 2007年に大学で日東西の三区分制度が廃止され「歴史」として必修化された
  • 中国
    • 国史と世界史という区分を超えて世界史の内容を高度化するか、新たにグローバル・ヒストリーを追求するという方向が明確に。
  • アジア世界史学会
    • 設立:マニングのイニシアチブで日中韓印、シンガポール、マレーシアの研究者があつまり設立。
    • 目的:AAWHがアジアの観点から《世界史》を研究・教育する個人や諸機関のネットワークの基盤となり、世界史、グローバル・ヒストリーを促進すること。
    • メンバーの想定
      • (1)アジアにおいて、一国史を超えて、世界史やグローバル・ヒストリーを展望しつつ研究・教育に携わっている人びとや機関
      • (2)アジア以外にいても、アジアをフィールドとしつつ、そこから世界史やグローバル・ヒストリーを考えている人びとや機関
    • 欧米批判
      • アジアの視点から世界史を展望する際には、必ずそれは欧米の視角からの世界史を批判する姿勢に繋がる
  • グローバル史・世界史研究組織ネットワークNOGWHISTO(於ドレスデン、2008年設置)
    • 世界史とグローバル・ヒストリーに関係する諸組織のネットワークを世界的規模で打ちたてようとするもの。

グローバリゼーションと歴史学の体制との関係で《世界史》が持つ意味
  • 批判的思考
    • グローバリゼーションが、世界的な規模でいかなる矛盾を生み出していて、その歴史的特性はいかなるものであり、その解決にはどのような歴史的展望がありうるのかを示すこと、つまりグローバリゼーションの時代における人びとの解放の道を考えるということに、歴史学は取り組まなければならない。
  • 歴史学批判
    • ナショナル・ヒストリーのなかで「専門家」「細分化」「分業化」「点取り主義」で満足し、世界の事態にたいしてその矛盾や問題点を考える方向にはない。
    • 歴史家としての主体的問題意識が忘れ去られ、そのテーマ自体を所与と考え、そのテーマについての研究史のなかで成果をあげていけばいいといった「点取り主義」に陥っている
    • 自己の専門の歴史的主題を今一度、より広い世界の歴史に位置づけなおして、その意義と方法を検討することから始める必要がある。

雑感・コメント

  • Ⅱ節の世界史の分類について、世界史教育と歴史学がごっちゃになっている?
  • 世界におけるイデオロギーの問題について
    • 世界史を各国史の寄せ集めでは無く、羅列的でない統一的な世界史を構成しようとしていることには参考になる。国民国家という地域的枠組みを「相対化」して国民国家の並列としてではない世界史を考えることも必要だと思う。世界史のとらえ方・イデオロギーの問題として、江口朴郎にこだわり思想として「恵まれないものの世界史」を唱える理由については、もう少し詳しい経緯・背景が知る必要がある。Ⅶ節の歴史学批判のなかで、主体的問題が忘れ去られ、そのテーマ自体を所与のものとして考えているという指摘についてもこの世界史におけるイデオロギーの問題が関わってきていると思われる。歴史教育でも同様で、教育についての研究のなかで成果をあげていけばいいという傾向がある。
  • 主題学習との関連
    • 社会科・地歴科「世界史」主題学習のテーマの一種である「モノ」の歴史においてこの論文は理論的根拠となりうるか。