成田龍一「「戦後歴史学」の自己点検としての史学史」『歴史学研究』第862号 2010年 19-26頁

  • 「戦後歴史学」の再検討が提唱され具体的な著作物が刊行 →歴史学の「いま」を、史学史的な視点と方法で測り、「戦後歴史学」の自己点検を行なう様相を見る
  • いずれの著作物も現時における歴史学の大きな変化に直面し、あらためて「戦後歴史学」の特徴を論ずるとともに、「戦後歴史学」の1970年前後の再編成、1990年前後における変容を見ている点で共通している。 →その点に着目し、その様相と史学史的な意味を探る。
  • 論ずる著作群(対象とした年代を基調とし取り上げた領域と合わせて大別)
    • 1930-40年代を扱う。ともに史学史上の潮流である唯物史観皇国史観を扱う
      • A:磯前順一、ハリー・ハルトゥーニア編『マルクス主義という経験』
      • B:昆野信幸『近代日本の国体論』、長谷川亮一『「皇国史観」という問題』
    • 1950-70年代を対象。「戦後歴史学」が主要な領域とした運動史研究、あるいは『昭和史』を発端とした「昭和史論争」という史学史上の一齣から「戦後歴史学」を問おうとしたもの
      • C:須田務『イコンの崩壊まで』、大門正克編『昭和史論争を問う』
    • 1970年頃を起点とし、その時期の歴史学を参照系としながら歴史学の「いま」を診断し考察したもの
      • D:大日方純夫『近現代史考究の座標』、大門正克『歴史への問い/現在への問い』:歴史学の状況を見渡しつつ、史学史的な「いま」を論ずる。
      • E:今野日出春『歴史学歴史教育の構図』、斉藤一晴『中国歴史教科書と東アジア歴史対話』:歴史教育という場所から、歴史学との関係を見据えた議論を展開。
    • F:『鹿野政直思想史論集』(全7巻)
      • 特に第7巻は「歴史意識と歴史学」と題され「戦後歴史学」を検討した著作が収録。現在の歴史学への所見が記される
    • 宮沢誠一の著作:「戦後歴史学」に限定されていないが、明治維新史研究がその歴史像を提示することにより、歴史意識に形を与えたことを指摘。その推移-変遷を論じ、史学史の新たな解釈を有す

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  • (D)と区分した大日方と大門の著作について
    • 大日方:「座標」として「戦後歴史学」を念頭に置きながら自らの研究の位置を提示
    • 大門:「問い」を重視し「戦後歴史学」を検証する
    • 歴史学がここ10数年の間に大きく変貌しているとの点では共通の認識
    • 大日方と大門がどのような素材―「対象」を扱いながら、どのように「戦後歴史学」を論ずるか、そして「戦後歴史学」にどのような評価を与えるかをみていく。
    • 現在の歴史学の状況にいかなる診断を下しているかも考察の対象
  • 大日方の特徴
    • これまで権力機構としての警察を、民衆を視野に入れながら論ずる一方、立憲改進党に視点を捉えながら自由民権運動を論じてきた
    • 歴史学の現状に、大日方の内心は穏やかではない
      • 「従来の歴史学の基本的な枠組み」=「戦後歴史学」 を座標に、 歴史学の新たな動向=「新しい歴史学」と、捉える
      • 「新しい歴史学」=自由民権運動における民主運動派、国民国家論と総称される研究潮流、カルチュラル・スタディーズ → これらは「近代認識」および「国家認識」を「転換」したとする
      • 新たな動向=運動史研究を社会史へ転換するとともに、国家を「外部」の存在ではなく社会のなかにあるものとした →国家と対峙する運動史研究の固有性を喪失させ、国家の比重を極度に軽く見てとっているという批判
    • 注目すべき点
      • 衛生の考察など、一見、社会史研究が提起したように見える問題群にも、「戦後歴史学」の延長にあり「国家との対抗関係」をおさえる研究と「「近代」に規律・馴致される身体・ないし感覚」を強調する研究があることをいう点
    • 大日方の作法
      • あらたな動向と戦後歴史学の差異を指摘、そのことにより前者の暗黙の批判となす
      • 歴史学の作品が「認識」に基づき「方法」と「対象」が選択され「叙述」されるという内容構成を持つとき、大日方は「認識」に重要性を認めるとともに、「方法」「対象」「叙述」の構成要素は分節化されず一体のものとされる →「新しい歴史学」がなぜ新たな「対象」を選択するか、新たな「方法」がなぜ選びとられたかということは考察の対象外
      • 歴史学の「いま」を論ずるときに、歴史学研究会や日本史研究会の「大会」、『歴史評論』の「特集」になどにその動向を探ろうとしている →「戦後歴史学」に親近している「対象」を選択し、発表媒体もそれに近時したものに
  • 大門の特徴
    • 著作は一般向けの発表媒体を含む論文の集成、「叙述」も思考過程そのまま
    • 歴史と現在との「接点」を探り、体験を記述することの意味を探る 
      • 「小さなもの」「小さな場所」へのこだわりと「「経験」という視座」を見出し、それらを地域と重ね合わせながら思考をめぐらす
      • 「生の営みの側から規範をとらえ返す視点を持つこと」―「拠点」を持つことの必要性が繰り返し主張され、事柄が負の様相をもつなかでも「なおかつ」、それを「引き受ける」態度が要請される
    • 研究方法
      • 農村研究を寄生地主制と争議の研究から始める
      • (1)その議論を「民衆」に照準を定めながら (2)「認識」とあわせて「方法」や「対象」、さらに「叙述」の領域にも論を及ぼしていく
      • 1970年代の「戦後歴史学」の成果を「民衆史」「運動史」「女性史」が共振しながら豊かに展開していった様相を描く
      • 1980年代後半以降の歴史学に見られる「方法と対象の変化」を指摘
    • 大門の主張
      • 1990年代に登場する国民国家論を取り上げる →一方で、「社会史研究から国民国家論へ」という流れを指摘、発展段階論に基づく「戦後歴史学」への批判として「近代認識の転換(近代批判)」がなされたことをいう。他方で(社会史研究の論点であった)「社会的結合論」は継承されなかったことに言及。
      • 人と人との関係性において「つながりの中の矛盾」の考察を課題とし、その関係性に焦点を合わせながら主体をめぐる思索を繰り返す。
      • 「つながり」のなかで問題を「解決」していく方向と、関係性のなかでの人びとの営みを把握することの必要性を強調する。
  • 大日方と大門の共通の指摘
    • 新自由主義の台頭の意識化、国民国家論と社会史への違和感の表明、背景の指摘
    • 大日方の批判
      • 「戦後歴史学」を「座標」とした観点からの「欠如」と「逸脱」をいうこと。
      • 「新しい歴史学」は「価値意識」の相対化、「歴史的な方向性」の希薄化を推進し、捉えこまれた「民衆意識」をことさらにいう、と批判を展開
      • 運動史への関心の「希薄化」を憂い、新しい動向が持つ「静態的な把握、受動的な歴史認識」を批判する
    • 大門の批判
      • より史学史に即しながら議論を展開
      • 「新しい歴史学」では「国民国家(主語)が民衆(受身)を国民化する過程が分析」されており、主体と客体の関係で歴史が考察されていることを危惧する。
      • 民衆が客体化される点に、国民国家論などの現在の歴史学の問題性を見る
    • 共に言及を避けている点
      • 近年の歴史学における言語論的展開にかかわっての議論
      • 表象の議論に対し、実態と表象の二分法に大日方も大門もとらわれている。
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  • 磯前の研究:時代区分-社会構成体に主眼を置き「戦後歴史学」を把握
    • マルクス主義歴史学との「接合」から議論を開始
      • 『日本資本主義発達史講座』および転向の時代をはさんでの『日本歴史教程』を(1)「停滞性」と「特殊性」をめぐる議論、(2)中世史の叙述の空白―「近代史と古代史の結節点としての中世史」を軸に検討する。
      • マルクス主義歴史学は1950年代冒頭に「一国史観」に大きく「転回」したとして、ここまでを射程におさめる。
    • 戦後歴史学への批判
      • 「戦後歴史学」を「アカデミズムを拠点とする実証主義をふくめ、日本共産党系のマルクス主義あるいはソ連型のマルクス主義に対する読み替えのダイナミズム」として捉えるべきものとする。
      • 言語論的展開も意識され、「戦後歴史学」が「歴史の実体化」を前提として歴史叙述を行なってきたことが指摘され、厳しく批判される。
      • マルクス主義歴史学が、戦後日本の歴史学のなかに「骨肉化され自明視される」にいたったことと引き換えに、かつて有していた最良の成果を喪失したとする
  • 須田の研究:運動史を軸に(磯前が手放した時期以降を)考察の対象とする
    • 大日方と大門が強調する運動史研究の領域に議論を集約して展開
      • 1950年代から60年代、また1970年代の「戦後歴史学」の「動向」を探り、そのなかでの運動史を論じ、「階級闘争史研究」から「人民闘争史」、また「世直し状況論」や「民衆思想史」の議論を追う。
      • 運動史研究の喪失の現状が重く圧し掛かっており、1980年代に「戦後歴史学」の「イコン」である運動史研究が崩壊したとする
    • 著者の須田の研究への批判点
      • 政治情勢という大状況から歴史学の状況を述べたうえで、近世期の研究状況へと論ずる叙法は、いかにも「戦後歴史学」の「認識」と「叙述」を踏襲しており、史学史を論ずる著作としてはいささか「方法」が単調。
      • 「戦後歴史学」の現象の紹介に力点が置かれ、なぜ「イコン」が「崩壊」したのかは問われない
      • それ以上に「運動」の概念が狭い、政治的な抵抗運動研究のみが視野に収められている、1980年代になされた文化運動研究のような研究群には居場所が認められていない
  • 戦後歴史学への距離のとり方の差異
    • 「批判的継承」:大日方、須田
    • 「継承的批判」:磯前

歴史教育の場が「戦後歴史学」の検討に必要であることはつねに指摘され、歴史教育の史的考察、「戦後歴史学」との関係の究明がなされる。

今野日出春の研究
  • 研究方法
    • 歴史教育の認識方法、あるいは「歴史教育の認識論」」という角度から接近
    • 歴史教育の問題設定の仕方自体-考察の方法そのものを問い直し、歴史教育の「語られ方」や「認識のされ方」の推移を探る。
    • 「実践記録」と「実際の授業実践」との「距離」に違和感を持ち、1980年代と90年代の歴史教育の議論と実践を点検する。
  • 問題提起
    • 生徒に接する中で「地殻変動」に立ち会う感覚を持つ →(1)「歴史叙述」と(2)「語り」に照準を当て問題提起
    • (1)「歴史叙述」
      • 歴史教育とは歴史像を形成し、叙述する営みであるとする
      • 歴史教育の側からの歴史叙述という問題」を深める必要性を強調
      • 歴史教科書もこの点から検討され、今野の『歴史学歴史教育の構図』は「歴史教育から歴史叙述へ」という部立てもなされる
    • (2)「語り」
      • 三層構造の歴史の語りを提起;「私の語り」としての歴史、「私たち」に共有された歴史、「彼らの語り」による歴史
      • 自らの「語り」が、誰に向かっての、どのレベルの「語り」なのか
  • 歴史教育の要
    • 「過去の異質な他者」と出会い、「歴史における他者と応答することによって発見される当事者性」こそが歴史教育の要 →「事実」を唯一の参照系としてきた「戦後歴史学」が問題化しにくかった論点へと今野は踏み出している。
斉藤一晴の研究
  • 歴史教育が「戦後歴史学」の継承を図る試み
    • 日本・中国・韓国との共同編集による歴史教材『未来をひらく歴史』の作成に参加した経験を自己分析、歴史教育が「戦後歴史学」の継承を図る試みを語る。
    • 「日本」にとっての歴史が「韓国」「中国」と異なること、それを歴史像としていかに叙述するかという困難な課題に直面しながら、『未来をひらく歴史』の模索がなされたことを自覚
史学史としての「戦後歴史学」という本稿の主題から見るときの注意点
  • 今野の議論の特徴は、転機にある歴史学の動向から新たな論点と引き継ぐべきものを見ながら現場の感覚で論じていくことにある。
  • 今野の「戦後歴史学」から「引き取るべき課題」としての「全体の歴史像」の提示
    • 「固有の名前と顔」を復権するという論点が内包 →語りかける内容、(「私」が)語りかけた相手、(「私が」)語る経験とが合わせて叙述される →その作法は「戦後歴史学」の「叙述」を再検討し改変するものへと向かう。
  • 今野はそのことを「戦後歴史学」に事例を求め(参照系ではない)敷衍化を試みる。(斉藤の叙述も史学史から見ればこのような作業と報告)
啓蒙とは異なる教育
  • 歴史教育論が唱えているのは、「啓蒙」とは異なる教育のありようを、歴史像形成-歴史叙述の問題として考察すること。
    • 「戦後歴史学」の基本的姿勢=「国民」の「啓蒙」 →1980年代には反転し「国民」の歴史意識を学ぶことが説かれるようになるが、歴史叙述は歴史家の側に求められていた。
  • 今野や斉藤は歴史教育の担い手を媒介させることにより問題を開こうとする、歴史教育からの「戦後歴史学」の検証。
  • 今野らと論争している加藤公明の実践からの提言と考察、報告もまた歴史学の「いま」を照射するものとなり「戦後歴史学」の営みが検証されている。

「戦後歴史学」を対象とした史学史
  • 「戦後歴史学」の自己点検が歴史学界のなかで集中的におこなわれるようになっている
    • 第一世代(遠山) 第二世代(鹿野) 第三世代(大日方、大門) 中間の世代(今野、磯前、須田) 第四世代(昆野、長谷川、斉藤)によって提供
      • 先行の世代では「認識」がもっぱらであった議論が、そのもとにこだわりながら(大日方)、「方法」を検討し(磯前)、「叙述」に焦点を当てながら(大門、今野)、「戦後歴史学」が検討された。
    • 中村政則
      • 1950−60年代を「戦後歴史学の時代」とし、1970年代後半からの「現代歴史学の展開」、1990年代の「歴史学の漂流」と時期区分するとともに、「ネオ戦後歴史学」という概念を用いての検証を試みる。
    • 喜安朗
      • (二宮宏之と網野善彦を取り上げ)社会史研究に力を置いた整理をおこない、「1950年代の社会経済史の枠組み」(「戦後歴史学」)から「はみ出していく」概念とその先にある「全体を見る眼」を軸とした歴史学研究(社会史研究)の軌跡を描き出していく。
  • 歴史学の現状への診断と処方が史学史として検証されていることについて整理の途上にある概念
    • 共通点
      • 歴史学の「いま」の歴史的位相に関し、1990年前後に大きな切れ目を見て取り、1980年代移行期とすること
    • 1980年代の理解のずれ
      • 社会史の席巻に力点を置く見解(大門や大日方、須田)
      • 「戦後歴史学」の影響が大きかったとみる把握
    • 史学史的な考察として取り上げる「対象」の検討
      • 視野に収める作品が限定されている
      • 松本清澄『昭和史発掘』、大岡昇平『レイテ戦記』『堺港攘夷始末』などに言及せずに史学史を論ずることは可能か
      • ここまでで検討してきた作品は、あまりにもアカデミズムと在野の歴史学研究団体に視野が限られてしまっている
    • 歴史が語られる場所の歴史的推移を視野にいれる必要性
      • 今野は「歴史学は、歴史叙述を最終目標として掲げてきた」と述べる →歴史叙述がなされる場所は「戦後歴史学」が培っているので、場所の歴史性を問いながらの叙述が求められている。
      • 史学史もその歴史叙述あることの確認の必要性
史学史にかかわるいくつかの論点
  • 1.1960年代に登場した潮流である民衆史研究の史学史的な位置づけ
    • 70年代に社会経済史の立場から距離をとっていた大日方・大門の民衆史研究に対する近年の接近と、当の民衆史論者である鹿野政直らの国民国家論への批判と大門の仕事への共感 →史学史的な論点での射程での議論を複雑にしている。
    • 「叙述」に力点を置く大門と今野は、それぞれの検討と思索のなかから「経験」という場所‐視点‐領域を重視するに至る
      • 大門は牧原憲夫の著作などを取り上げ、「歴史過程における矛盾や葛藤」を関心事とする研究を評価しつつ、拠点を持つこと、複数性の視点を持つことの重要性言う
      • このあいだの矛盾を自覚し「経験」という場所を導き出し、過程をとらえ叙することに歴史研究の存在意義を求める
      • ここから大門は民衆史研究との接点を語りだすので、民衆史研究の史学史的な検討が課題となっていることが見て取れる
  • 2.新自由主義との対峙の仕方
    • 大門は、大日方が「われわれ」というところを「私」と記す。一方で、歴史学の新たな動向に対し「国家の拘束性を徹底して強調する議論」と把握
      • 西川裕子や著者の議論を国民国家論の主張として取り上げ、「方法的個人主義」‐近代を批判し近代を乗り越える「強い個人」を見出し、「社会の共同性への懐疑」の存在を言う
      • 大門もまた「主体を引き受ける」ことを強調、主体をめぐる議論が現時の焦点となっている
      • ここには新自由主義の標榜する自己決定‐自己責任を批判する主体をどのように設定し、歴史学の課題としていくかが論点となっている
    • 近年
      • 「戦後歴史学」それ自体の作法が問われ、国民国家論や社会史研究が補助線とされることが多い
    • 今後
      • 歴史修正主義の側も大きく推移しており、動態的な把握と歴史修正主義を視野にいれたうえで戦後の史学史が構想される必要
      • 長谷川や昆野、斉藤らの関心はこうした点におよんでいる
  • 4.日本で刊行された日本語の著作に視野を限らないこと
    • 国境という境界の越境のみならず、専門性の越境も課題
      • 戦後思想史のなかで「戦後歴史学」を考察する問題意識はいまだ欠けている
      • 沖縄論などの議論は戦後の言説の読み直しを主張し大いにその認識を改めさせているが、戦後歴史学のなかで論じられてきた「琉球処分」や「伊波普猷」について独立した論考はみられない
    • 二つの境界を意識したとき、「戦後歴史学」の歴史的位相はより明確となり、現時の史学史の歴史的位相にも論が及んでいく。
史学史的な考察の意義
  • 史学史的な考察が、歴史学の「いま」を照らし出すとともに、「戦後歴史学」の作法を俎上に載せ、あらたな課題と方向を示そうとしたときに、ひとつの方法‐領域となっている。
    • 1940年代、1970年代と歴史の大きな変わり目を自覚したときに史学史上の領域が浮上してきた。2000年代の今回もまたグローバリゼーションのなかでの歴史意識の転換を意識しての出来事
      • 現在の史学史上の浮上は人文学の知の配分の変化の一齣
      • 哲学-史学-文学の優位が大きく動こうとしており、その衰退が自覚されるなかでの「戦後歴史学」の再検討となっている