和田光弘『タバコが語る世界史』山川出版 世界史リブレット90 2004年 27-90頁

②近世のタバコ

  • イギリスへのタバコ導入
    • ジョン・ホーキンズ、1564年仏領フロリダ植民地でパイプ喫煙に触れて翌年これを持ち帰る
    • パイプ喫煙は最初イギリスに、ついでオランダへと伝播し、三十年戦争を通じてヨーロッパ中に広まったため、これが世界へのパイプタバコ導入の始まり
  • 最初の恒久的英領植民地
    • ポカホンタス』:ヴァージニア植民地の首府となるジェイムズタウンの建設をめぐって展開される物語。実在の人物をもとにしている。
      • ジョン・スミス(1580?〜1631):ヨーマン出身でジェイムズタウン建設に尽力する。
      • ジョン・ロルフ(1585〜1622):ヴァージニアにタバコを導入した
    • ヴァージニア植民地の特徴
      • 当初はタバコ栽培念頭にない、ガラス製造を試みるが失敗、当地の先住民のニコティアナ・ルスティカは嗜好に合わず。
      • ジョン・ロルフがニコティアナ・タバクムの植え付けに成功
      • 英領北米植民地最大の商品作物となるタバコ栽培が開始、ヴァージニア、メリーランド両植民地は「タバコ植民地」として名を馳せる
  • 重商主義体制とタバコ
    • イギリスとタバコ関税
      • 英王ジェイムズ1世、タバコ嫌いとして有名、1604年自ら『タバコへの反論』を上梓する。タバコを規制するため高関税を課すが、思わぬ利益を生むことになる。
      • その利益とは? タバコ消費は減らず、関税の増収をもたらした。→イギリス重商主義政策へ =当初の輸入タバコは西領アメリカ産、外国商品の輸入の増加は国富の減少につながる、故にヴァージニア植民地産に転換を図る
    • 航海法体制とタバコ
      • 1624年イギリス国内でのタバコ生産も禁止し栽培を植民地に限定、効率的関税徴収を図る。
      • 第一次航海法(1660)、海軍造船資材法(1705):タバコ、砂糖、インディゴなどは生活上・軍事上重要な植民地産物「列挙品目」に指定、直接輸出が禁止。
      • 本国の利益に沿い植民地と共存共栄する重商主義体制の成立
    • 重商主義体制の2つパターン
      • 課税強化:英、蘭、ドイツ諸邦
      • 専売制:1620年代のイタリア都市国家、西、葡、仏、墺。(※当時は仏の徴税請負制度のような形態であり、直接的国家管理は18C末以降)
  • 年季契約奉公人と黒人奴隷
    • 近世のタバコは北米南部タバコ植民地とブラジルのバイア地方で生産、前者が圧倒的シェアを誇る。生産を担ったのは白人と黒人の強制労働。
    • 白人「年季契約奉公人」(17世紀)
      • 年季契約奉公制度は、イギリス帝国の中核たる本国から余剰人口を排除・棄民し、帝国の周縁へ植民、その地の労働力需要を同時に満たす、大西洋を介した人口再配置システム。
    • 黒人奴隷(17世紀末以降)
      • 17世紀末、本国の人口過剰が解決、植民地でも社会的上昇の機会が縮小 →黒人奴隷が大規模に流入
      • 近世のヴァージニア、メリーランドの繁栄は、年季契約奉公人と黒人奴隷によりもたらされた。
    • タバコ価格の長期トレンド
      • 17世紀タバコ価格下落、葉タバコ生産量(輸出量)の増大 →タバコの低価格化はタバコ消費を増大させ、需要の増加により生産がさらに増え、そのためさらに価格が下落するというメカニズム
      • おもな市場は植民地内の需要に加え、大西洋側諸国であり、「列挙品目」であるためイギリスからの再輸出というかたちでヨーロッパ大陸、特に仏・蘭へ大量に流れ込んだ。
      • 1740年代からタバコ植民地経済に大きな変化=多角化経営。タバコ・プランターたちは小麦生産の比重を増していき、タバコ・モノカルチャーからの脱却の先にアメリカ独立革命がある。
  • 近世におけるタバコ消費の諸相
    • イギリスでは17世紀中にタバコが大衆消費財となる
    • タバコの消費者において、性・年齢・階層にバリアは少なく、老若男女がタバコを喫煙していた
    • 今日的な嗜好品としては確立されておらず薬としての一面を有しており、境界性は判然とせず。
    • 嗅ぎタバコの流行:18世紀にヨーロッパ中で嗅ぎタバコが流行する。

③ 近代のタバコ

  • 喫煙の復活
    • 18世紀には嗅ぎタバコが全盛であったが、19世紀になると喫煙が復活
      • パイプタバコと葉巻が広がる。葉巻はスペイン内部での風習であったが、ナポレオンの侵略時に葉巻がヨーロッパへ広がるようになった。タバコ消費は多様化した。
    • カルメンと葉巻
      • メリメ『カルメン』(1845年)は、男たちが葉巻を通じて心を通わせたり女工が紙巻タバコを喫煙したりする。セビリヤの王立タバコ工場は、19世紀に入ると女性労働者が台頭し、スペインの大衆文化において強い独立心のイメージとなった。
    • アメリカの噛みタバコ
      • アメリカでは独立後、19世紀に入ると、アメリカのオリジナルといえる噛みタバコの嗜好が急速に広まり、19世紀半ばに葉巻が広まるまで、あらゆる階層が噛みタバコを嗜んだ。
      • コールドウェル『タバコ・ロード』(1932):荒廃した旧タバコ耕地に暮らす貧農(プア・ホワイト)の暮らしを描く。「はじめにタバコ、それから綿、ふたつともやってきて、また行ってしまった」「あいつを一服やると、その一日じゅう腹がへらねえんだ」
  • 紙巻タバコの登場
    • 中南米原始的巻きタバコの習慣をスペインが取り入れ、17世紀には「パペレテ」「シガリリョ」が誕生した。18世紀後半には、ゴヤの絵にも紙巻タバコを吸う人物が認められる--19世紀に西欧諸国、ロシアにも伝わり、クリミア戦争後にはイギリスで帰還兵にブームとなる
    • 19世紀後半時点では、紙巻タバコはマイナーであり、市場を座巻するのは第二次世界大戦後。そのさきがけとなったのが、1890年に紙巻タバコトラストを形成したのがタバコ王デューク。

④タバコのゆくえ

  • アメリカにおける反タバコ運動
    • 20世紀前半、紙巻タバコの浸透とともに、タバコへの批判が強まる。厳格な宗教的側面(禁煙・禁酒)の立場から、雇用者として労働者がタバコを吸うと効率が落ちるという側面まであった。だが、第一次世界大戦時に大量の紙巻タバコが兵士へと送られ無償配布され、銃後でも普及した。こうして1920年代にが禁煙運動は下火となり、各州は禁煙法を撤廃した。
    • BAT社の設立と世界への侵攻
    • デュークの世界戦略とイギリスとの衝突
      • デュークのアメリカン・タバコ社はカナダ、メキシコ、オーストラリア、アジアへと拡大していった。日本にも「村井兄弟商会」と提携して上陸した。しかし、中国、インド市場で、イギリスのタバコ会社と競合関係に陥り、イギリスでの本土決戦となり米英「タバコ戦争」が勃発する。イギリス側は1901年に主要メーカーが「インペリアル・タバコ社」を設立し反撃した。熾烈な戦いの末和解、それぞれが本国の市場を相互不可侵として、米英以外の世界市場開拓のために共同出資して合弁会社ブリティッシュ・アメリカン・タバコ社(BAT社)を創設する協定を結んだ。
      • BAT社は様々な戦略(宣伝隊・蓄音機・映画)で紙巻タバコの侵略をはかった。日本はこれに対抗して1904年にタバコの製造専売制を導入し、朝鮮半島や中国で熾烈な競争に突入していく。インドでは、伝統的タバコ産業に食い込むことが出来ず、イランではタバコ・ボイコット運動が起こった。
      • BAT社は、イギリスの海外植民地進出の一端を経済的・文化的な側面から担った。
  • トラストの解体とタバコ産業の再編
    • 革新主義者のセオドア・ローズヴェルトはシャーマン反トラスト法を駆使し、悪しきトラストとしてアメリカン・タバコ社を射程におさめた。1907年に解体が命じられ、4社に分割された。
      • アメリカン・タバコ社、R・J・レイノルズ社、リゲット・アンド・マイヤーズ社、ロリラード社の4つ。
    • 1910年代から40年代にかけてアメリカの紙巻タバコ市場は3つの銘柄によって支配された。
      • レイノルズ社の「キャメル」
      • アメリカン・タバコ社の「ラッキー・ストライク」、---リゲット・アンド・マイヤーズ社の「チェスターフィールド」の3種。
    • 原料となる葉タバコ栽培
      • 労働集約性と小規模経営という2つの特性が指摘できる
      • タバコが自由競争にさらされたアメリカでは、冬の厳しい地域でも小規模農家がタバコ栽培を行う
  • タバコの行方
    • タバコの世界市場
    • 原料となる葉タバコの栽培
      • 中国やアメリカなど世界各地で展開され、グローバルな状況になっている。
      • ブルガリア:トルコ葉(オリエント種)を産するこの国は、同じく葉タバコ栽培の盛んなトルコやギリシアと国境を接しており、ディーモフの長編小説『タバコ』を生み出した。小説では「タバコの粉塵が毒ガスのように」立ち込める作業場で働く、タバコ労働者たちのなまなましい描写がされている。
    • タバコの弊害
      • 受動喫煙の危険性、タバコに起因する疾病・死亡がもたらす医療コストの増加や労働力の損失、葉タバコの乾燥に必要な木材の伐採などによる深刻な環境破壊などなど