学習指導要領における「接触・交流」の扱いについて の続き(平成「世界史B 」)

接触・交流と内容構成の関係

今回の主題学習では「タバコ」というモノから世界の歴史を捉える。アメリカ大陸の産物である「タバコ」の「接触・交流」をみながら世界の結合と変容の過程を追うのである。つまりは16世紀から19世紀後半までが扱う時代の対象となる。だが16世紀から19世紀後半までという時間軸の枠組みは平成11年版、21年版独自のもので平成元年版のものとは異なっている。故に、内容構成の変化を追うことで「接触・交流」という視点がどのような役割をもっていたか、その特性を捉えることができよう。平成元年版以前のものは、文化圏ごとに時間軸を捉えるように設定されていた。「接触・交流」という視点は、分断してとらえられがちな文化圏の相互関係を捉えさせるものであった。だが、平成11年版からは世界が一体化していくまでの過程を捉えさせるものに変化している。そのため、「世界史」の内容がどのように構成されているかを分析する必要があるのである。

平成時代における「世界史B」の展開;平成元(1989)、平成11(1999)、平成21(2009)

平成元年版「世界史B」
  • 概要
    • 昭和45年版から「世界史」の内容の大項目は「文化圏」によって構成されるようになった。平成元年版で世界史がA科目とB科目に分離すると、A科目において内容の大項目は「文明」と「比較」の観点で構成されるようになり、「文化圏」という枠組みから転換がはかられた。一方で平成元年版「世界史B」は、未だ「文化圏」の枠組みで構成されている。文化圏学習の下限は昭和53年版と同じく18世紀まで行われる。近現代の構成については「「世界史A」と共通する要素が多い」(『解説』46頁)と述べ、「国単位の歴史ではなく世界史として構成されている」という「世界を一体化してとらえる視点」と20世紀の歴史は「現代を理解する上で重要な事柄または主題でまとめる」という「二つの構成原理を組み合わせている」と示している。つまり平成元年版では近現代の内容構成が変質したことに大きな特徴があろう。
  • 19世紀における内容構成の転換
    • 世界の一体化について、昭和45年版までは16世紀から始まると設定されていた。その世界の一体化はヨーロッパがアジアに進出するという観点からのものであった。そのため、16世紀からアジアは西洋に従属したのではないとして、16世紀から始まる世界の一体化は西洋中心主義とされた。この状況に対し、昭和53年版では、文化圏学習を18世紀までとし、19世紀の帝国主義からアジアの植民地化が始まり世界の一体化がなされたと設定し直した。
    • つまりは西洋の優位はいつから始まるのかという視点が世界の一体化の要因となっている。そこで、16世紀からなのか、19世紀からなのかが問題となっていた。昭和53年版、平成元年版は19世紀からと設定している。だがここで、平成元年版は19世紀の内容構成において「19世紀のヨーロッパを世界史の中で相対化し、適切に位置づけようとした」(『解説』47頁)としている。
    • 具体的に述べると以下の通り。昭和45年版では19世紀がヨーロッパとアジアの項目に分けられていたが、昭和53年版で19世紀という横断的な世界で一本化された。ここでの19世紀はヨーロッパがアジアを世界市場に組み込まれていく過程であった。平成元年版では、19世紀という横断的な世界観は変わらないものの、内容「(5)近代と世界の変容」と銘うたれ「ヨーロッパの進出の対象としてヨーロッパの目でとらえる視点に代え、アジアの側に視点を置いて、ヨーロッパの進出に対するアジアの対応をとらえる」とされた。こうして中項目に「ウ アジア諸国とヨーロッパの進出」が設定され、ヨーロッパの進出に対するアジアの近代化政策の視点が復活した。
  • 接触・交流
    • 平成元年版でも文化圏学習が継承されたことから、「接触・交流」という視点は文化圏学習の弊害、すなわち文化圏の分断化に対処するものであり、文化圏ごとの相互関連をはかるという位置づけとなっている。平成元年版の文化圏学習の設定では、4・5世紀から17・18世紀までが接触・交流の対象となる。具体的には内容「(3) 西アジア・南アジアの文化圏と東西交流」の中項目に「エ ユーラシアの東西交流」が設けられている。
    • 「ユーラシアの東西交流」
      • 平成元年版では、接触・交流を扱う中項目が設定されている。「各文化圏の展開の中から、ユーラシア大陸全般にわたる東西交流と関連をもつ出来事を取り出し、民族や文化の接触・交流、融合について理解させる」(『解説』63頁)ことが学習の趣旨である。具体的な学習例としては、「中国諸王朝の西アジア地中海世界との様々な交流」、「モンゴルのユーラシア大陸支配」、「ポルトガル人の渡来によるヨーロッパとアジアの海路の直結」、「ロシアと東方世界」などが挙げられている。この中項目では「対象が時代的にも地域的にも広範にわたるため」主題学習が示唆されている。
    • 主題学習との関連:接触・交流に関する主題学習の観点としては「比較文明」と「同時代史」が該当するであろう。
      • 比較文化・比較文明」:この観点は「世界史A」でも取り入れられており、「世界史A」の内容構成の視点の一つである。「世界史B」では主題学習の観点の一つであり、「諸地域の歴史あるいは文化・文明について相互に比較させることにより、それらの特色、価値などを異なった観点から考察させる」ことが学習の目的である。
      • 「同時代史としての世界史」:これは接触・交流という横断的な特性をいかせるものである。「世界史の世紀別の横断的な扱いで、世界の全体像をとらえさせたり、文化圏の枠を越えた広い人々や事物の移動や交流を考察させる」ことが学習目的である。
    • 文化圏、接触・交流、交流圏
      • 『解説』では文化圏の設定として「交流圏」の設定が示唆されている。「地中海地域、インド洋地域、中央アジアを文化の交流圏として設定するなど」として接触や交流の工夫が示されている。そして、各文化圏が分断化しないように接触・交流により各文化間の相互関係や世界全体の中の位置づけを捉えさせようとしている。すなわち「文化の接触・交流・伝播、人々の移動・交流は、文化圏相互に、またユーラシア大陸などを舞台に、より世界的な規模で行われてきた…各文化圏の歴史はまた他の文化圏との関連、さらには世界全体の歴史の展開を視野において理解させるようにする」と述べられている。この「交流圏」という枠組みは、平成11年版「世界史A」の前近代の内容構成に引き継がれる。
平成11年版「世界史B」
  • 概要
    • 平成11年版の「世界史B」は従前のものと比べて内容構成において大きな転換を迎えた。即ち、昭和45年版から53年版、平成元年版と続いてきた文化圏という内容構成の枠組みが消滅され、「地域世界」という枠組みが導入された。「地域世界は、時間的なスケールのとり方、同時代史的な横のつながりの重視という点などで、文化圏と異なっている」(『解説』43-44頁)と説明されている。また主題学習が内容の大項目に位置づけられ、「世界史への扉」が設定され世界史学習の導入とされた。また従前の主題学習の観点が無くなり、内容の大項目「(5) 地球世界の形成」の中項目エ、オ、カにおいて学習のまとめとして主題学習を行なうことが、「内容の取扱い」で示された。
  • 「世界の一体化」
    • 従前までの文化圏学習ではヨーロッパの世界進出が「世界の一体化」であるとされていた。そのため「世界の一体化」の起源を大航海時代に乗り出した16世紀と捉えるか植民地の従属化が始まる19世紀と捉えるかで文化圏の下限が決められてきた。しかしながら、平成11年版からは「世界の一体化」をヨーロッパの世界進出とは捉えない。従前の考え方の枠組みとは全く異なるものである。平成11年版からは、世界史全体を世界が一体化する過程として捉えているのである。それは4段階に区分されている。すなわち、「?諸地域世界の形成、?諸地域世界の交流と再編、?諸地域世界の結合と変容、?地球世界の形成」(『解説』44頁)である。?段階で諸地域世界が形成され、?段階でユーラシア規模でネットワークが構築され、?段階で交流が地球規模に拡大し、世界の一体化がはじまり、?段階で地球規模で一体化した世界に着目する。以上のように、従前では文化圏学習を終えてから世界全体の歴史が始まるという構成になっていたが、平成11年版からは、地球規模で一体化した世界が諸地域世界の形成から生成されていくという構成になっている。
    • 従前は文化圏学習による各文化圏の個別分断化を防ぐという意味合いで接触・交流の視点が位置づけられてきたが、今回の接触・交流は世界の一体化という視点で位置づけられるであろう。?段階の交流と再編では「イスラームの成長が各地の都市を結ぶネットワークの整備を促し、諸地域間の交流を活発にしたこと、またそうした中から台頭したモンゴルの動向がユーラシア諸地域の再編に及ぼした影響などを把握させる」(『解説』55頁)、?段階の結合と変容では「16世紀以降の歴史の構成については…諸地域世界が交易や移民により相互の結び付きを強め、次第に一体化していく…地球的視野に立って一体化の構造を把握させる…」(『解説』43頁)とあり、接触・交流を「世界の一体化」の過程の因子としてとらえているのである。
  • 主題学習と接触・交流
    • 平成11年版から主題学習が内容の大項目に位置づけられ「世界史への扉」が設置されたことは既に述べた。この「世界史への扉」でも接触・交流を扱うことが示されている。それは「日常生活」と「日本史とのつながり」という観点からである。「日常生活」においては特に「食事」において「穀物・野菜・肉類が世界の歴史の様々な交流場面に登場する」(『解説』48頁)と述べられている。また「日本史とのつながり」では、「…相互の接触・交流を具体的に追究させることによって、日本列島の歴史が周辺の地域や世界と密接にかかわっていたことに気付かせ、日本人の立場から世界史に対する興味・関心をもたせる」(『解説』49頁)とあり、主題学習において接触・交流の視点が取り入れられている。
平成21年版「世界史B」
  • 概要
    • 平成21年版における「世界史B」の特徴は以下の通り。
      • 必修としての「世界史」が重視され地理・日本史との関連が強化された。具体的には内容の「(1) 世界史への扉」で地理的視点の重要性に気付かせる中項目「自然環境と人類のかかわり」が設置され世界史学習の導入とされた。また従前の「世界史と日本史とのつながり」が引き継がれ「日本の歴史と世界の歴史のつながり」が設置された。
      • 「探究」という学習が新たに設けられ、従前の「主題を設定して追究する学習」の代わりに世界史学習のまとめとして行うことになった。
      • 帝国主義が従前は内容の「(4) 諸地域世界の結合と変容」で扱われていたが、「(5) 地球世界の到来」に移行した。
  • 内容構成、「世界の一体化」、接触・交流
    • 平成21年版「世界史B」では「世界の歴史の大きな枠組みと展開」を学ぶ。では、「大きな枠組みと展開」とは一体どのようなものであろうか。それは「世界の一体化」である。『解説』では以下のように説明されている(28頁)。
      • 「古代から近代までの世界の歴史に関しては、何らかの自律性と体系性をもつ複数の地域世界に着目し、「(2) 諸地域世界の形成」、「(3) 諸地域世界の交流と再編」、「(4) 諸地域世界の結合と変容」の各大項目で、諸地域世界の形成、交流と再編、結合と変容の過程を把握させる」
      • 「現代においては、地球規模で一体化した世界の出現に着目し、「(5) 地球世界の到来」で諸国家、諸民族が相互依存を強めるとともに、地球規模の様々な課題に直面していることを理解させる」
      • 「特に16世紀以降の歴史の内容構成については、「世界史A」と共通する要素が多い。諸地域世界が人々の移動や交易により相互の結び付きを強め、次第に一体化していくこの時代の歴史は、何よりも地球的視野に立って一体化の動きと構造を把握させる」(※註:16世紀以降の歴史の内容構成とは大項目(4)に該当する。従前では16世紀から20世紀初頭までであったが、平成21年版では16世紀から19世紀後半までである。具体的には、アジア諸国の繁栄、ヨーロッパの拡大と大西洋世界、産業社会と国民国家、世界市場を扱う)