エンゲルスの歴史観とチェコスロヴァキアの歴史

前にも幾つか書いてた論述問題を生徒に解説するシリーズ。

導入


俗世では女子のワールドカップ文化遺産で盛り上がっているようね。
社会科教員なのにアンテナ低くて世事に疎いメガネは知らないでしょうけど。


ワールドカップ世界遺産というと国民統合の装置?
スポーツや歴史によって国家競争を煽って国内の同質性を保つのでしょう。
少数民族や移民などのマイノリティを国民として吸収・同化させるのです。
国民国家を形成できなかった少数民族が吸収同化されてしまえばいいというと、
エンゲルスの「歴史なき民」論を思い出します。


「歴史なき民」論?そんなの習ってないわ。
なんなの?一橋大学(2014年度)には出題されてるっていうの?
ちょっと説明しなさいよ。

エンゲルスの「歴史のあゆみ」と「歴史なき民論」


エンゲルス歴史観を理解してもらうためには唯物史観とか知ってないとダメです。
「人間の意識がその存在を規定するのではなく、人間の社会的存在がその意識を規定する」


唯物史観ならきちんと習ったわよ。倫理でも出てくるしね。
人間の物質的な生産活動が社会の土台ってやつでしょ(下部構造)。
その土台の上に法律・政治・学問などの精神的活動が成立するのね(上部構造)。
それで生産手段を独占的に所有する支配階級と搾取される被支配階級とに分かれるのだわ。


それで階級闘争が起こり、社会発展の原動力となるのですね。
古代奴隷制では奴隷所有者VS奴隷
 ↓
中世封建社会では領主VS農奴
 ↓
近代資本主義社会では資本家VS労働者


ふーん。けどそれがエンゲルスの「歴史なき民」論とどう繋がるっていうのよ?


歴史の発展法則的に、プロレタリア革命の前には近代資本主義に移行する必要があります。
生産手段を独占する資本家階級が支配階級となり、生産手段を持たない労働者階級を支配します。
労働者階級は社会主義革命によって資本家社会を倒すのですね。
要は、国民国家形成と資本主義成熟を経てからプロレタリア革命が起こるのです。
そうすると、国民国家すら形成できない民族はどうなるのでしょーか?という問題。


国民国家すら形成できない民族・・・?
工業化による産業社会に対応するために国民国家が創出されるから、
資本主義社会には民族になりきれない集団なんて存在しないことになる・・・はず。
社会主義は資本主義を前提としているから勿論民族になりきれない集団は存在しない。
国民国家すら形成できない民族は「遅れた民族」であり、
「歴史のあゆみ」から外れた民族ということになるのかしら?


そう、エンゲルスは偏狭な民族主義は乱世を生み出す反革命的な行動だと批判しました。
エンゲルのモットーは「万国のプロレタリアよ、団結せよ」。
国際的な労働者の連帯による社会主義革命のためにはスラブ人の独立運動は邪魔だったのです。
少数民族の民族運動は国家を細分化させるための行為にしか過ぎなかったのですね。

ポーランド人を除く西スラブ人 → チェック人とスロヴァキア人


エンゲルスは「ポーランド人を除く西スラブ人」について
放っておくと、トルコ人に侵略され回教徒にされてしまうから、
ドイツ人やマジャール人に吸収同化してもらえるだけありがたく思わねばならぬ、
と言ってます。


・・・「ポーランド人を除く西スラブ人」って言われても・・どの民族よ。


チェック人・スロヴァキア人・ソルブ人・カシュブ人・・・。


ソルブ人やカシュブ人なんて聞いたこともないわね。


赤本とかではチェック人とスロヴァキア人の歴史について書けば良いことになっています。
ちなみに出題者の指定として17世紀頃〜21世紀までの時期が想定されています。


つまりはチェック人・スロヴァキア人は吸収同化されなかったし、
支配下にあっても歴史的事件を主体的に起こして世界史を動かしてきた」ことを
書けば良いのね!
エンゲルスが「歴史なき民」としたチェック人とスロヴァキア人が歴史的役割を担いながら主権国家を建設した」ことを指摘するわ。

チェコスロバキア史まとめ(17世紀〜21世紀まで)

ハプスブルク家支配>
17世紀 三十年戦争 →直接的な契機は宗教対立:スラブ系チェック人の民族的自立
19世紀 パラツキーによるスラブ民族会議 → オーストリアに対する独立運動(鎮圧)

民族自決チェコスロヴァキア共和国>
1919年 サン=ジェルマン条約でオーストリアから独立
1938年 ナチス=ドイツの圧力(1)ミュンヘン会談
1939年 ナチス=ドイツの圧力(2)チェコスロヴァキア解体 

ソ連の衛星国化>
1945年 自由な選挙で共産党を中心とする連立政権が成立
1947年 マーシャル=プランの受け入れをスターリンの圧力で断念
1948年 チェコスロヴァキア=クーデタで共産党独裁政権(ソ連の衛星国化)
1968年 プラハの春ドプチェク自由主義改革路線(ワルシャワ条約機構の軍事介入)
1977年 憲章77→“人間の顔をした”社会主義

<二つの主権国家の誕生>
1989年 ビロード革命共産党政権が崩壊。民主派のハベルが大統領に当選。
1993年 ビロード離婚…チェコとスロヴァキアの対立が表面化し、連邦制が解消。チェコ共和国スロヴァキア共和国に分離。二つの主権国家の誕生。
2004年 EUに両国が同時加盟