イギリスにおける国王と議会の関係(※条件:13世紀から16世紀の各世紀に起こった事に触れる)

※チョロいかと思いきや条件指定が厳しく15世紀の処理が合否を分けるであろう問題。


イギリス議会史は論述問題としては使い古されたテーマね。
世界史受験生にとっては頻出事項であり楽勝だわ!と言いたい所なんだけど
条件が問題よね・・・。
条件「13世紀から16世紀の各世紀に起こったことに触れる」
普通はイギリス議会史は14世紀半ばに二院制が成立してオシマイでしょ?
もしくは17世紀のピューリタン革命で国王と議会の相剋を扱うわよね?
・・・15世紀と16世紀どうするのよ?・・・。


16世紀はまだ書きようがあります。宗教改革があるからです。
所謂「従順議会」でヘンリ8世の宗教改革を支持しましたよね。
そして重要なのが「議会立法で修道院を廃止させた」こと。
修道院の解散が絶対王政の確立に決定的な意味をもったことを忘れないでください。
イギリス絶対王政の特徴として身分制議会が権限を失わなかったことを書いても良いでしょう。


・・・しかし15世紀ェェ・・・
「各世紀に起こった事に触れる」という条件が厳しすぎるわ。
高校世界史15世紀イギリスだと百年戦争敗北、薔薇戦争、ヘンリ7世即位くらいかしら。
そう考えると、百年戦争敗北+薔薇戦争で何とか答案をひねり出すしかないわね。


15世紀はジェントリをメインに処理していきましょう。
【封建貴族の没落】→【ジェントリの台頭】→【ジェントリは下院において重要な役割】
以上のような流れが考えられますね。
そして『詳説世界史研究』を調べたら・・・!
ヘンリ7世の絶対王政下で
封建貴族を牽制するためにジェントリが重用されたことが述べられています。


ちょっと整理してみるわ。
※イギリス議会の起源は正式にはシモン=ド=モンフォールからだけど、ジョンのマグナ=カルタから語句指定になっている。

  • 13世紀
    • 1215 マグナ=カルタ
      • 新たな課税には高位聖職者と大貴族の会議の承認が必要
    • 1265 シモン=ド=モンフォールの議会
      • ヘンリ3世がマグナ=カルタを無視したのでシモン=ド=モンフォールが貴族を率いて反乱。以前からあった高位聖職者・大貴族の会議に州・都市の代表を加えて国政を協議(イギリス議会の起源)
    • 1295 模範議会
      • エドワード1世が皇太子時代にシモン=ド=モンフォールを破り模範議会を招集した。高位聖職者・大貴族の他に、2名ずつの各州騎士・各都市代表が参加。当時の身分制社会を「模範」的に反映しているので、この名で呼ばれる。
  • 14世紀
    • 高位聖職者と大貴族、騎士と市民がそれぞれ合同して会議を持つようになり、イギリス議会は上院と下院の二院制議会となる。
  • 15世紀
    • ジェントリの台頭
      • 百年戦争終結(1453)・薔薇戦争(1455〜85)で由緒正しい封建貴族の多くが没落。騎士階層や商人・富農などから出たジェントリが勢力を強める。ジェントリは下院議員を無給で務め、名望家支配体制を形成。
      • ジェントリはヘンリ7世の治世(1485〜1509)でも封建貴族を牽制するために重用される。中央の議会は貴族が上院、ジェントリの代表が選挙で選ばれて下院を構成した。
  • 16世紀



これを踏まえて答案を作成してみると・・・

13世紀、財政難に陥ったジョン王が重税を課したので貴族達はマグナ=カルタで新課税に対する議会の承認を認めさせた。ヘンリ3世がこれを無視するとシモン=ド=モンフォールは反乱を起こし、議会に州・都市の代表を加えた。エドワード1世はシモン=ド=モンフォールを討って即位すると模範議会を招集した。14世紀、議会は二院制をとるようになった。15世紀、百年戦争ばら戦争によって封建貴族が衰退すると、ジェントリ層が台頭し下院に進出した。16世紀、テューダー朝のヘンリ8世が宗教改革を実施すると議会はこれを支持、議員立法によって修道院は廃止された。しかしこのような従順議会はエリザベス1世の晩年に反抗的となった(295字)。


あんまり美しい文章じゃないわね・・・。