雑録

サクラノ詩「ZYPRESSEN(氷川里奈)」シナリオの感想・レビュー

死に憧れる死臭漂う少女を絵画によって創り変えるおはなし。
劇中劇・視点交換・擬古典などの表現技法が駆使されており紙芝居ゲーの洗練ともいえる。
物語の原動力となるのは主人公くんが母の死により抱えた「滅私奉公」の思想を転向させること。
そのために里奈に愛を注ぐ優美が千年桜の伝承を否定して主人公くんと里奈が結ばれることを願う。
最後は里奈が主人公くんの弟子を名乗って技術を継承し、二人で一つの芸術家となるのであった。

氷川里奈シナリオのみどころ?

  • 主人公くんの最後の絵画と精神的妹
    • 氷川里奈は大病を患い手術への恐怖から死に憧れていた。夜の公園で里奈が描いたのは死を象徴する糸杉。しかしこれを見た主人公くんは里奈の思想を転向させることを決意し、自分のイメージを重ねて絵に付け加えていく。二人の共同作業は主人公くんの想いが上回り、死は生により否定され再生へと止揚された。この時の里奈との作品は、主人公くんが最後の力を振り絞って描いたものとなってしまった。主人公くんの絵にインスパイアされた里奈は弟子にしてくれと頼み込むが断られ精神的イモウトの位置に落ち着くこととなった。里奈のために力を振り絞った主人公くんが以下のように述懐するシーンが印象深い。「最後の日だけ戻ったわけじゃなくて、最後の力でやったからだよ。あれから本当にもう描けなくなった。だからもう絵は描けない。描かないんじゃなくて描けないんだよ。俺はあそこから草薙直哉として作品を残すことを断念した。そのままの意味。お前のために最後の右手は使った。お前から死の香りを消し去りたいと思ったからだ」。
    • こうして里奈は好感度マックスとなるも、もとから空気を読むことに長けていた里奈は、主人公くんの側に居られればイモウト的存在で良いと、その地位に甘んじていた。しかしそれを良しとしないのが稟と優美であり、里奈に働きかけることによって、主人公くんと結ばれるように揺さぶりをかけていく。稟が里奈を断罪していくところは思わずぞくぞくときたね。主人公くんに対して好意を隠さない里奈であったが、その関係に踏む込むためにはまだ優美との問題を解決せねばならなかった。


  • 母親の死から来る主人公くんの滅私奉公の思想
    • 主人公くんは主人公くんで里奈と結ばれることに躊躇していた。何故かというと主人公くんの心の根底にあるものは「他者への奉仕の精神」であり、里奈と優美の立場を脅かすことを是としなかったのである。主人公くんの滅私奉公の思想は、母親の死と中原中也の文学作品を重ねているところから来ていた。「愛するものが死んだ時には自殺しなけあなりません。愛するものが死んだ時にはそれより他に方法がない。けれどもそれでも業が深くてなほもながらふことともなったら。奉仕の気持になることなんです。奉仕の気持になることなんです。愛するものは死んだのですから。たしかにそれは死んだのですから。もはやどうにもならぬのですから。そのもののためにそのもののために。奉仕の気持にならなけあならない。奉仕の気持にならなけあならない」。こうして自分の愛を最愛のために失った主人公くんは優美と里奈の関係を自分が里奈と結ばれることで壊せなかったのである。この主人公くんの思想を転向させる契機となるのが、優美が千年桜の伝承を否定することであった。


  • 千年桜の伝承の否定
    • 千年桜の伝承は擬古典紙芝居ゲーによくある悲恋です。前世で結ばれなかった二人の想いが現世で奇跡を起こすというノリ。作中では「千年桜は、過去にあった誰かの思いと共鳴することで花を咲かせる。この桜に染みついた過去の思いと誰かの思いが共鳴しているんだ。この場にいる誰かによって」と説明されています。今回千年桜を咲かせることとなったのは、優美の里奈に対する想い。里奈と主人公くんが結ばれるためには、優美との関係を再構築することが必要だったのである。優美の同性愛という歪んだ感情を千年桜は叶えることができる。しかしここで優美は千年桜の奇跡を否定するのである。主人公くんと里奈が結ばれることが本当の幸せと願うのである。こうして出現した千年桜の伝承を否定し、優美に祝福された二人は、一歩を進めることができたのであった。「糸杉の花言葉は死・哀悼・絶望。だがそれと一緒に再生・不死・永世という意味もある」と述べられているように、二人が結ばれることで、主人公くんの絵画の才能が里奈に継承されたのである。

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