服部正也『ルワンダ中央銀行総裁日記』(中公新書、1972)

国際通貨基金から通貨改革のためにルワンダに派遣され経済再建を成功に導くはなし。
まえがきによるとこの本の趣旨は以下の二つ。
資源や国土の広さ等の不利な物理的条件も人間の努力によって克服しうることを示す。
日本人のアフリカ諸国に対する資源・市場という利益面での関心から国民という人の問題に目を向けさせる。

以下個人的メモ

  • 富裕階層の固定化の弊害
    • 国のなかで生産された富が一部の人の手に渡ってゆき、それがさらに生産を増すために使われるなら、富が富を生み、国の経済はますます発展するのです。しかし生産された富を手に入れた一部の人がこれを浪費すれば、富は富を生まず経済は停滞するのです。もし国民の間に身分や血縁関係によらず能力のあるものが出世できるような自由競争が行われていれば、富を下手に使ったり浪費するような人たちは早晩競争に負けて、能力のある人たちがこれにとって代わり、国の富を手に入れてそれを生産に使うことによって再び富を生むという過程が始まるわけです。しかし国の制度でこの競争が制限されていると、富を浪費する人たちが階級化され、富の浪費が恒久化するのです。
  • 不遇な人材を発掘すること
    • ルワンダでもブルンディでもクンラツ君の評判はあまりよくない。しかしその悪口も生意気だ、傲慢だ、自己宣伝屋だ、野心家だ、人の話を聞かないというだけで、彼が無能だ、馬鹿だ、怠け者だ、不正をするというような、私にとって重要な点についてではなかった。むしろ聞けば有能で頭がよく、働き者だということは、悪口をいう人たちもいやいやながら認めていた。私は生意気な人は多くは仕事に対する欲求不満がある人であり、能力に比べて充分仕事をさせてもらえないから自己宣伝をするのだと思っているので、これらの批評はあまり気にならなかった。むしろルワンダの実情を知ってルワンダ中央銀行で働きたいのは功徳なことだ。仕事はいくらでもあるから、生意気なことをいう暇はなかろうと判断して彼を迎えることを確認した。
  • コネ採用は組織を潰す
    • どんな組織でも人の和が大切で、そのためには人事が公平であることが必要なことはいうまでもない。そしてこのこと自体が必ずしもやさしいことではない。しかし組織のなかにすでにできている派閥を打破して、職員を統一することはじつに困難である……結局私は、いわゆる派閥なるものは、じつは銀行首脳のだらしなさと不和とによるものだと判断した。従って派閥征伐の必要はなく、人事を公正に運営することと、私が直接職員と職務上接触することによって、私が行員の勤務や能力を知っていることを職員に感じさせることによって、職員の和が達成できると考えた。まず採用は、事務職員は……試験によって行うことを規定した。これで有力者の紹介や、銀行の幹部の知人が力もないのに採用されることが防止される……
  • ルワンダ人職員の甘えに対する服部演説
    • ルワンダ中央銀行を立派な中央銀行にすることが私の任務である。この銀行はまったくなっていない。それは君たちのせいではない。君たちは何の経験も知識もなく銀行に入ったのだ。しかし銀行に入ったからには、そして私の下にいるからには、早く銀行を立派な中央銀行にすることが君たちの責務なのである。私は君たちを中央銀行員として扱う。一人前の大人として扱う。君たちは学生ではないのだ。中央銀行員なのだ。独立国ルワンダ中央銀行員なのだ。私はこの機会に外人職員に対し、ベルギーやスイスで、新入行員に対するのと同じように君たちを教育訓練をすることを命ずる。私も君たちが新入日本銀行員であると思って鍛えるつもりだ。外人職員に対し、この際はっきりお願いする。ルワンダ人職員を黒人であるとか、後進国の人だからなどといって甘やかすようなことは、ルワンダ人職員を侮蔑するものだから一切やめてもらいたい。自分の国の新入行員に対すると同じように、びしびしやってほしい。ルワンダ人職員は大人であるから、それに堪えられるはずであり、それができないものは銀行をやめてもらう」
  • 組織と規律
    • 私は甘えと、甘やかすことほど世を毒するものはないと思っている。しかし最近の傾向は人間的という美名で甘えと甘やかしが横行し、人間生活に必要な規律と義務が軽視され、そのために社会が乱れている。組織における人の和は必要な規律ができていて、それが厳格に守られることによって確保されるという、当たり前の原則を確立することが、ルワンダ中央銀行の職員を人間集団として統一する第一歩だったのである。
  • 物資の供給不足よる自活経済への後退
    • ルワンダ人は家族の食物は自作しているので、現金は税金と鍬や繊維製品などの輸入物資のために必要なのであり、輸入品がなければ現金を手に入れる必要はないのである。コーヒーの生産が落ちているのはルワンダ人が怠け者だからではなく、物資の供給が不足し、価格体系が悪いから、彼らにとって価値を失った現金収入を捨てて自活経済に後退したというにすぎない……価格体系を是正して物資の供給を潤沢にすれば彼らはよく働き、農業生産は増進するはずである……
  • 自活経済から市場経済
    • 経済再建計画答申の基本構想は……生産増強の重点を農業生産におき、その実現は農業生産を農民の自発的努力により、自活経済から市場経済に引き出す形で行うというものであった。農民の自発的努力をつくりだすため、安定した価格で商品が豊富に提供され彼らの生活向上の意欲が刺激されなければならず、また彼らが市場生産に移る際、生産性増大の意欲に応えるため、必要な農具、肥料、殺虫剤などが彼らに提供されなければならない……この農民に対する安定した、低廉な、多様豊富な物資の供給は、第一には農民の自発的生活改善の意欲を起こすため、第二にはこの意欲が現実の生産性向上に結びつくために絶対必要であり、経済再建計画のかなめともいうべきものである。これが解決できなければ通貨改革はできても、経済再建はできない。
  • 流通機構の整備と民族資本の育成
    • 後進国が後進経済から脱却する道が自活経済から市場経済への転換であれば、流通機構の整備が肝要なことはいうまでもない。また市場経済への転換過程が始まった後進国が恒常的な経済発展をするためには、民族資本の継続的形成が不可欠である。じつは私はルワンダに行く前から、アジア諸国との接触を通じて、戦後の後進国発展の議論において、外貨の役割と工業化の必要とが過当に重視され、民族資本の育成と流通機構の整備という地道で手近な問題が忘れられているのではないかとの疑問をもっていた。そしてルワンダの経済再建計画を計画し、実施していく過程で、この疑問が確信にまでなったのである……経済再建計画答申の段階では生産増強の重点を農業におき、農業を自活経済から市場経済へ引き出すため流通機構の整備が必要とされ、そのための重要な施策として、ルワンダ人商人の育成が考えられた。通貨改革後、この流通機構整備の努力は中央銀行を中心として一貫して続けられるが、ルワンダ人商人の育成は彼らが通貨改革後の新体制に確実に地歩を固めたと認められた1967年から積極化し、1969年からは従来の流通機構整備の見地に加えて、民族資本形成の目的からも強力に推進されることとなるのである。
  • インフラの重要性
    • 国が国として成立するためには、まず国としての一体性がなければならない。それは具体的には国民の各員のあいだに、また国民の各員と政府のあいだに接触が可能なことを意味し、そのためには、国の中で交通通信が可能でなければならない。ルワンダ国民の殆どが小農で、しかも全国的に散らばっているため、都市といえるほどの町はない。これはルワンダの社会的強みの一つであり、経済再建計画も、この社会構造を前提としてたてられているが、その場合、第一には国としての一体性を強化するために、第二には経済発展の刺激が全国的に波及し効率をあげるために、交通通信の整備はとくに重要ではないか。
  • 人的資源の欠如
    • 後進国の一番乏しい資源は、能力ある人である。そしてその対策は教育の促進と、外国からの技術援助にあると広く信じられているが、これにも重要な限界があるのだ
    • ……欧州各国への大学への留学生は……世界に拡がった大学の質の低下と、学生の政治化の傾向に加え、受け入れ諸国が、後進国の「人の問題」の解決策として、受け入れ留学生を拡張したことに、さらに留学生の質の低下と、アフリカ学生集団の出現に伴う勉学努力の後退のため、1967年の卒業生からは、別人種と思われるくらいの質の急速低下が見られた。このような教育からどのような大学卒業者が期待されるだろうか。少年期から甘やかされ、国民大衆より高い生活を受けることを当然の権利と思う傲慢な特権意識をもった人間しかできるわけはない。しかも彼らは少年期から寄宿舎に入れられ、外人僧職者の指導下におかれたため、ルワンダの現実から完全に隔離され、それに対するなんら身についた知識はないのである。従って外国の大学で勉強した原理や技術をルワンダに適用して、ルワンダの発展に貢献することが出来ないのである。
    • 先進国による技術援助は、後進国の「人の問題」の一時的解決に寄与することは疑いない。しかしルワンダの現実では、技術援助はその効果がきわめて限定されており、一部には有害ですらあった。まず本質的に方針のない技術は不毛である。ところがルワンダ人と外人との対話の不在から政府なり大臣なりからその方針を示してもらえる技術者は皆無に近かった。そこで良心的な技術者は、自分の主観で方針を仮定して働くことを余儀なくされていた。しかるに彼らは方針を考えるような教育も経験も見識ももっていないので、彼らが仮定した「方針」なるものは不適当なものが多かった。このようなことが各所で行われる結果、国全体としては地域により、事業によりバラバラの方針が併行して実施され、まったくの無統一の状態であった。
  • 「文明化の使命」の実態
    • ベルギーは宗主国だった関係から、技術援助が多かったので、役に立たない技術援助動員の数も多かった……こんな連中のたれをとっても本国で満足に働いて妻子を養える能力のある者はいなかった。彼らは、役所では帳簿付けなどの事務をしていたが、その仕事は、ルワンダ人にもできる程度のものであった。しかし彼らはそれ以上の仕事はできないのである。従ってルワンダ人に仕事を教えることは、自分の職を失うことになるので、ルワンダ人には一切その仕事をふれさせない。その代わり口だけは大きなことをいい、ルワンダ人の無能力怠惰ぶりを機会あるごとに宣伝し、自分がいなければ役所の事務はつぶれてしまうかのような印象を与えることは怠らない。しかも情けないことには、白人に対する植民地時代からのコンプレックスで、ルワンダ人までが彼らの宣伝を信用するのである。彼ら技術顧問は白人であることがすなわち技術があることだと確信していて、能力のないこと、所管でないことにまで勝手な意見を言う。しかも外人社会の一員であるからその誤った判断、見当違いの意見は、善意は多分に持っていても経済には暗い外交団や僧侶に信じられ、反復宣伝される。彼らは援助国の善意に反して、ルワンダにおける「人の問題」の解決には何の貢献もなさず、かえってルワンダ人の自立の日を遠ざけているばかりでなく、無能による損害をルワンダにかけているのである。
  • 自分の子どもの教育
    • 私は赴任の際あちこちで、子どもは連れて行くのか、教育はどうするのかと聞かれた。私は教育に関する親の責任は、進学路線の確保などは末梢の問題で、成人してからの人生でどんな困難に遭遇しても、これに取り組んで打ち克つという人間的強さを、あらゆる機会をとらえて子どもにつけてやることだと考えている……
  • 人の問題
    • 私は戦に勝つのは兵の強さであり、戦に負けるのは将の弱さであると固く信じている。私はこの考えをルワンダに当てはめた。どんなに役人が非能率でも、どんなに外人顧問が無能でも、国民に働きさえあれば必ず発展できると信じ、その前提でルワンダ人とルワンダ人商人の自発的努力を動員することを中心に経済再建計画をたてて、これを実行したのである。そうして役人、外人顧問の質は依然として低く、財政もまだ健全というにはほど遠いにもかかわらず、ルワンダ大衆はこのめざましい経済発展を実現したのである。後進国の発展を阻む最大の障害は人の問題であるが、その発展の最大の要素もまた人なのである。