時代における文芸媒体の変化〜2010年代後半における流通経路の変容と小売店の滅亡〜

毎月紙芝居ゲーを購入していた中古ショップが、今日行ったら知らぬ間に閉店していた事に寂寥感を抱く。

各時代ごとに大衆が娯楽として文芸を求めることは変わらない。しかしその形式は変化し続けている。『太平記』ひとつをとってみても謡曲御伽草子浄瑠璃と表現形式はいくつもあり、太平記読みが現れ講釈師や講談師にも発展した。

紙芝居でも昭和のイメージとして残存する駄菓子を売りながら講談する形式は死滅した。しかしヴィジュアルノベルやサウンドノベル、ADVへと形を変えていったのである。所謂「紙芝居ゲー」だが、その媒体は、フロッピーからCDやDVDへと変わってきた。各メーカーは、どうみても過剰包装な箱にディスクを梱包し、ユーザーたちはそれをショップで買い求めていたものである。

そして今、インターネットの隆盛により時代状況が変わりつつある。個人的な所感だが、紙芝居ゲー販売においてインターネット通販は中古ショップを滅亡させる脅威にはなっていなかったと思う。それはまだディスクという「モノ」が存在したからである。トドメを刺したのは、ダウンロード販売であるように感じる。これは完全にデータだけであり情報のみであり「モノ」が存在しないのである。存在しない「モノ」をどうやってショップは扱うことができるだろうか。

メーカー側がまだ「ディスク」を小売店で売ろうとしていた過渡期には、メーカーが予約特典や店舗特典をつけまくり、転売屋が定価で買って特典だけ抜き取って中古ショップに売り、ユーザーが中古を購入するという流通経路が確立していた。

しかし無線LANのインフラ整備により、タブレット端末や廉価ノートPCなどディスクを読み込めないPCも増えてくると、次第にダウンロード販売の方がシェアを占めるようになる。そうすると今度は箱の中にディスクと共にダウンロードコードが入れられるという併設状況になった(おそらく淘汰されるものであり時代状況的には稀有になると思われる事例)。

紙芝居ゲーをディスクで作って流通経路に乗せて販売するのは非常に手間がかかるだろう。故にダウンロード販売へと市場が移るのはある意味必然だと言えよう。そのため、中古ショップをはじめ小売店が滅亡するのも時間の問題と言えよう。

それでも、私は書き留めておきたい。たくさんの過剰包装気味の箱が狭苦しいエリアに整然と並べられていた様子を。背を流し見しながら注意を引いたものを手に取り、吟味する作業に味わいを覚えた瞬間を。

おそらく数年後には箱売り製品版の紙芝居ゲーなど存在していないだろう。「過剰包装気味の箱って空けるの難しいんだよねー。横から並行に二つの定規を突っ込んで慎重に引き出すようにしないといけないから定規必需品!」とかいう話題も死滅していくんだろうな。