第二次世界大戦についてロシアとその他の国では歴史認識が異なる。またプーチンが愛国主義的歴史政策を取ろうとしているが、歴史教科書は複数解釈を取り上げようとしている。
参考文献:立石洋子「現代ロシアの歴史教育と第二次世界大戦の記憶」(スラヴ研究 62号 2015 pp.29-57)
ロシアにおける歴史認識に関する議論
- プーチンの歴史認識に関する発言(p.33)
- 第二次世界大戦を評価をめぐる論争の国際化(p.36)
- 2005年5月にモスクワで行われた対独戦勝60周年記念式典は、ロシアと他国の第二次世界大戦の認識の違いをあらためて際立たせた。
- EUの東方拡大後、ヨーロッパでは東中欧諸国の公的歴史認識をヨーロッパ全体が共有することが新たな課題となり、欧州議会は5月22日に採択した「ヨーロッパの未来−第二次世界大戦60周年」のなかで、ソ連が東欧諸国にもたらした専制を含む「あらゆる全体主義体制」と共闘することを宣言した。さらに翌年には同議員会議が「全体主義的共産主義体制の犯罪への国際的非難の必要性」を採択した。
- …ブッシュ大統領とアメリカ議会も、ソ連の支配をナチスの占領と同一視するバルト三国の公的歴史観に賛同する意向を表明した。
- こうした国際社会の動向に対して多くのロシアの政治家が不快感を表した。たとえば欧州議会のロシア代表、C.B.ヤストルゼムスキーは、ソ連はバルト諸国を「占領」したのではなく、合法的に選挙されたバルト諸国の政府との間には合意があったと主張した。
- 歴史による国民統合(p.39)
- ロシア歴史協会は2012年に創設された社会団体であり、その目的に歴史の歪曲との対抗に加えて、国民的記憶を保存することでロシアの社会と政府、知識人、芸術家、歴史家を統合することなどを掲げている。
2013/14年度に教育科学省の推薦を受けた普通学校の9年生用教科書におけるスターリン期と第二次世界大戦の描写について
1)スターリン時代の描写
- 大テロルについて
- それぞれの教科書の章や節の末尾には生徒への課題が掲載されており、生徒自身に史実の意味を考えさせようとする工夫がみられることについて
- 否定的に描かれるスターリン時代の農村の状況
- ザグラディンらの教科書
- 強制的な農業の集団化は農村にカタストロフをもたらした。
- B.C.イズモジク、O.H.ジュラヴリョーヴァ、C.H.ルドニクの教科書
- 人口増加や短期間での教育水準の向上といった都市の発展は農村の犠牲によって達成されたのであり、飢餓と政治的抑圧は数百万の死者を出した
- そのためスターリン時代とその代償は常に激しい議論を呼んでいる
- B.A.シェスタコフ、M.M.ゴリノフ、E.E.ヴァゼムスキーの教科書
- 生徒に対して、1930年代の工業化と農業集団化がソ連に与えた犠牲は正当化しうるかという問題を、年配の人々にインタビューして考察せよという課題を生徒に課している。
- ヴォロブエフらの教科書
- スホフらの教科書
- ザグラディンらの教科書
- 生徒自身に史実を調べさせ、その意味を考えさせようとする工夫。それぞれの教科書が写真や政治指導者の演説、内務人民委員部の報告、日記や回想、手紙など豊富な一次史料を掲載している点にも見て取れることについて
2)第二次世界大戦の描写
- 1938年のミュンヘン協定の評価(ヨーロッパの指導者たちは宥和政策によってドイツをソ連の攻撃に向かわせ、戦争から逃れようと考えたというもの)
- 単にソ連の政策を正当化しようとする記述だけが目立つわけではないことについて
- ポーランド東部の併合について(その目的は同地域のウクライナ人、ベラルーシ人の保護にあったという説明が一部ではなされるが、それらの教科書も「カティンの森」事件はソ連の犯罪であったと述べる)
- ポーランド内部での受け止め方の違いを記述した教科書
- バルト諸国に対するソ連の政策の変化を説明したもの
- ソ連の諸民族による対独協力(すべての教科書で言及)
- ザグラディンらの教科書
- イズモジクらの教科書
- 民族強制移動について
- 対独協力についてロシア人、非ロシア人を区別せずに記述するもの
- スホフらの教科書
- A.A.ヴラーソフや亡命ロシア人などロシア人による対独協力について説明し、その理由は臆病や貪欲さ、ボリシェヴィズムへの憎しみなど様々であったと述べる。
- ヴォロブエフらの教科書
- A.A.ダニーロフらの教科書
- ドイツ軍が利用しようとした民族運動の例として、ヴラーソフが率いるロシア解放軍とウクライナ人、クリミア・タタール人、北カフカースの諸民族の部隊をともに紹介したうえで、「しかし、ドイツ人はソ連の諸民族の友好を揺るがすことはできなかった」と述べる。
- キセリョーフとポポフの教科書(批判的記述なし)
- 「公式文書」の見解によれば強制移住は「反ソヴィエト的活動や無法者、スパイ、対独協力」を根絶する手段であったと記述するだけで、その公式見解の評価には言及していないし、他の教科書に見られるような批判的記述もない。
- スホフらの教科書