夜巡る、ボクらの迷子教室「門倉りこ」シナリオの感想・レビュー

精神崩壊した教員が救済した少女に生きることを許されるはなし。世襲系教員が母の呪縛から解放される場面が見所。
典型的な少女救済モノで脛に瑕持つワケアリ少女を救済することで欠陥のある主人公も救われるパターンだが……
後半部分の少女から生存しても良いんだよと許されるパターンが破壊力バツグンである。特に過労死寸前の人には。
生きるのが非常につらい。もう生きていたくない。どんなに心を殺し機械のように働いても心は殺しきれない。
「母親の呪縛からの解放」と「少女からの承認」には共感することしきりであり、やっていて吐きそうになった。
一度地に落ちたのち、弱さを認めて貰えたからこそ、父親や生徒達を受け入られるようになる終局部分は感涙である。

世界は俺を必要としていない。

 

  • 前半:少女を救済する〜母子家庭における母と子の和解〜
    • 門倉綾子さんはシングルマザー。お涙頂戴系の話がてんこ盛り。幼少の頃から劣等感に苛まされた綾子さんは自分を「底上げ」することでしか自己を保てませんでした。そんな自分を理解して欲しいけれども、自分の辛さを安易に分かって欲しくないというアンビバレンツな感情。尊大な羞恥心と臆病な自尊心。ある時、男に抱かれることで同世代よりも「底上げ」されているという優越感に浸っていた綾子さんでしたが、妊娠が発覚するとあっさりとヤリ捨てられるのでした。シングルマザーとして頑張った綾子さんでしたが、育児疲れは限界に達し、幼き娘を両親に預け、ニグレクトしてしまうのでした。こうして綾子さんの娘:りこは祖父母に育てられるようになったのです。実家の二階にひきこもった綾子さんはできるだけりことの接触を避けてきたのでした。りこから語られる綾子さんと出会いのエピソードはCLANNADのトモヤと汐の関係を彷彿とさせます。初めて自分の母親を認識した時の麦茶のエピソードや、二回目に初めての交流をするたまごかけごはんのエピソードは読者に印象強く残ることでしょう。その後、両親は介護施設に送られることとなり、綾子さんはりこと二人だけで母子家庭を形成することになります。
    • 綾子さんにとってはりこが全てであり、仕事と学業と子育てを成り立たせようと頑張ります。しかし破綻。読者はその破綻していく様子を見せつけられることになります。学校では「えんぎ」として「良い子」で振る舞うりこ。しかしそのストレスは自律神経的な病気に繋がります。りこは心を殺して機械のように振舞おうとしてきたため、痛みや温度を感じられなくなり無感情となっていったのです。しかしどんなに頑張っても心を殺しきることはできません。主人公くんは精神崩壊していくりこの支えとなり踏み込んでいくのでした。まぁ結局、りこと綾子さんが和解できたのは、綾子さんが仕事を解雇されたから=破綻したから、育児に割けるリソースが大きくなったというだけなのですが。解雇されこれまた精神崩壊した綾子さんがテレビのリモコンをりこにぶつけて額がかちわれてしまい血が流れでる一枚絵は衝撃的ですね。最終的にりこへの母親の愛が伝わり、門倉家の問題は解決します。


  • 後半:少女から救済される〜少女から生きることを許されるところは破壊力抜群〜
    • 「少女救済の原理」では救済した少女から今度は逆に主人公くんが救われるというパターンであり、このシナリオも全体的な構造はその通りなのですが、描かれる内容が破壊力抜群。まず主人公くんの母親への愛憎が描かれていきます。主人公くんは世襲系教員であり、母親も教員でした。そして「理想像としての母親」があったからこそ、教員になったのですね。つまりは理想としての教師像という母親の呪縛がかけられていたのです。実際のところでは、主人公くんは我が子のように生徒を可愛がる母親に対して複雑な心情を抱いていました。そうです、もっと自分をかまって欲しかったのです。しかし手のかからない良い子であることを要請されていることを感じ取った主人公くんはりこのように自分を演じてきたのでした。主人公くんの心の奥底に突き刺さるのはひとりでも大丈夫だよねという母親が放った一撃。これにより主人公くんは親から愛されなくとも大丈夫でなくてはならないという呪縛に縛られることとなったのでした。
      • スッゲー個人的な話(1)。このシナリオを読んだとき俺ゲーと感じてしまいました・・・。はいはい私も世襲系ですよ。いや母だけでなく祖父とかそれ以上先も。母親が仕事で忙しく、それに対して寂しいという感情を抱きもしましたが、祖父母により割と厳格に躾けられたため、そんなことも言えず・・・そしてまた周囲が私になって欲しいんだろーナということを感じ取ってなったため自分の教育理念など後から塗り固めたハリボテであり、実際は空っぽさ。家が地元の社会的指導者層であり地域の発展には人材育成が必要であるとかのノビレスオブリージュ的考えとか、知識の啓発と普及により社会認識(価値観や視野)を広げたいとか、歴史教育を通じて人を育てたかったんだとかいうのはホントウにハリボテだったのさ。
    • で、主人公くんも自己の教育理念がハリボテだと知ります。主人公くんは理想の教師像としての母親という呪縛により教員になりました。そしてその根底には、母親からひとりでも大丈夫だよね?と期待されたことに起因していたのです。良い子であることで承認欲求を満たそうとして教員になった主人公くんは結局のところハリボテだったというわけです。そしてそのハリボテが崩れ落ち薄っぺらいところが曝されてしまうのです。今度は主人公くんが精☆神☆崩☆壊!!そんな主人公くんを今度はりこが救済してくれます。仕事が辛い、生きることが辛い、もう何もかも投げ出したい。そんな主人公くんを承認し、何もしなくても良いんだよ、生きてるだけで良いんだよと許してくれるのです。このりこから許される描写が丁寧に描かれていくところが本シナリオの最大の見せ場かと思われます。世界は俺を必要としていないという境地に達する場面は一読の価値あり。こうして心を回復した主人公くんは愛されなかった自分と向き合うことが出来るようになり、誰かを愛せるようになるのでした。
      • スッゲー個人的な話(2)。このシナリオを過労死寸前の人がやれば過労自殺を防げるかもしれません。私も現在の状況が過労死寸前であり、追いつめられ、仕事こなせないと周囲に迷惑が・・・とか何とか思って必死になって学習困難生徒の補習をし、進学事務作業をふんばり期末試験を死ぬ気で作り、教材研究に心血を注ぎましたが、私がいなくなったところで別にどうとなることでもなく、いないならいないなりに回り続けるのです。もう楽になりたい。ここから飛び降りたら楽に死ねるかな?I can fly.と思うのではなく、休んでもいい。医者に行けと思ったのでした。医者行ってきます。