【サーベイ論文】千住一「日本統治下台湾・朝鮮・満州における観光に関する研究動向」(『奈良県立大学研究季報』、22(2), pp.83-96, 2012-01-31)における満洲に関する記述まとめ

  • 本稿の趣旨
    • 台湾、朝鮮、満洲の順で現在の研究を明らかにし、成果をまとめ、今後の課題を提示すること。

先行研究整理

満洲観光についての研究
  • (1)高媛「戦地から観光地へ:日露戦争前後の「満洲」旅行」(『中国21』29、2008、pp.203-218)
    • 論文所在
    • 対象
    • 要点
      • 満洲イメージが戦争を挟んで「辺界」から「富源」へと転換していったことを指摘
      • 満洲を対象とする「観戦旅行」や「利源調査」が実施されていたことを明らかにし、そこに将来的な満洲観光の素地形成を見出そうとする。
  • (4)高媛「楽土を走る観光バス:一九三〇年代の「満洲」都市と帝国のドラマトゥルギー」(『岩波講座近代日本の文化史6:拡大するモダニティ』岩波書店、2002、pp.215-253)
    • 文献所在
    • 対象
      • 満洲各地に敷設された観光バス
    • 要点
      • バスの車内でどのような「口上」がガイドによって実演されたのか
      • 各地を走るバスが満洲という場所のどのような局面を意識的に経巡っていたのか
満洲への訪問者としての「学生/生徒」に関する研究
観光に関わるメディアについての研究
  • (11)高媛「租借地メディア『大連新聞』と「満洲八景」」(『ジャーナル・オブ・グローバル・メディア・スタディーズ』4、2009、pp.21-33)
    • 文献所在
    • 対象
      • 大連で発行されていた邦字新聞である『大連新聞』が、1929年に実施した「満洲八景公選」を取り上げる。
    • 要点
      • 多数の組織的投票が行われたこのメディア・イベントの結果からは、在満日本人の有するナショナリズムとともに、満州を「故郷」と認識する「愛郷心」が発露していく過程が看取される。
観光インフラ
「鮮満」・「満韓」というセットでの目的地化
  • (13)有山輝雄『海外旅行の誕生』(吉川弘文館、2002、pp.18-88) ?海外観光旅行の誕生では?
  • (14)安部安成「大陸に興奮する修学旅行:山口高等商業学校がゆく「満韓支」「鮮満支」」(『中国21』29、pp.219-236)
    • 文献所在
    • 対象
      • 山口高等商業学校が1907年から開始した朝鮮および満洲を目的地とする修学旅行の成立ならびに変遷過程
    • 論点
      • 上記の修学旅行を学内史料にもとづきながら当時の社会的背景を踏まえつつ整理

おわりに

今後の発展可能性
  • 第一の視点 研究領域の新規性
    • 研究のほとんどが2000年代に入ってから公表されたもの
    • 日本統治地域における観光現象というテーマが2000年代に入るまで等閑視されていた
    • 論者の数が不十分であり分析視点の固定化に繋がる。
    • より多くの論者が対象に集えば、多様な知見が積み重ねられ、日本による植民地統治と観光の関係がより大局的かつ重層的に明らかにされる。
  • 第二の視点 論点の特徴
    • 論点の分類
      • 日本が植民地を旅行目的地としてどのように眼差していたか
      • どのような旅行が実際に行われていたか
      • 現地の社会、文化、現地政府の政策などの考察
    • これまでの研究がどのような傾向を持つか
      • 鉄道やバスといった観光と深く関わる交通機関についての知見
      • 交通業者が作成、発行する観光関連メディアに依拠した考察
      • 観光とは位相を異にする教育制度が実現させた旅行に関する分析
    • 批判点
      • 内地と植民地を結ぶ船舶あるいは航空への言及があまり多く見られない
      • 観光の成立要件という観点からは、宿泊業や旅行斡旋業についての考察が不足
      • 観光関連メディアについて、交通業者以外が作成したメディアや紙媒体以外のメディアへの着目可能性
      • 団体旅行に関し、修学旅行や新聞社による取り組み以外での、その他の組織によって主催されたであろう団体旅行の存在
  • 第三の視点 観光の主体について
    • 分類
      • 現在の研究対象は「内地の日本人」
      • 植民地居住の被統治者も観光に参加
      • 日本の植民地を訪れたのは内地の日本人だけではない
      • 内地を目的地とする植民地住民による観光
      • 鮮満/満韓といった観光のありようは、植民地間の移動も前提
    • 批判点
      • 「日本植民地における観光という現象は、内地から植民地へという人流のみならず、植民地から内地へ、植民地から植民地へ、西洋から植民地へ、そして植民地内における人流というように、様々な主体による多方向への人間の移動の上に成り立っていたことが本稿での整理を通じて明確になった」が、「考察は手薄」。
      • 観光主体への接近手法が文字史料にもとづく分析が主流をしめているので、観光経験者に対する聞き取り調査などが必要。
植民統治と観光
  • 日本による植民地統治のありようを観光という視点から明らかにしていく
    • 植民地を舞台とした観光にもとづく人流は、日本による統治構造を形成する要素のひとつ。
      • ※従来の植民地研究では、日本による統治を支えた人流として労働移民の存在が中心的な課題として取り上げられている。
    • 植民地における観光の展開は、支配地域の社会に一定の影響を与え続けた。
    • 今後、観光という現象を切り口として日本による植民地統治の全体像に迫っていくためには、台湾、朝鮮、満洲以外の日本統治地域も視野にいれていく必要がある
    • 個別地域に関する考察のみで完結しない視座の設定が求められる