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  • 【先行研究】「序章」(高媛『観光の政治学 : 戦前・戦後における日本人の「満洲」観光 』東京大学、2005、博士論文、1-15頁)

    論文講読用のレジュメ

    • 本論の趣旨
      • 「観光の政治性」。「観光を取り巻く政治」と「観光の生み出す政治」を明らかにする。

    第一節 本論の視座

    • 「帝国圏」と「観光圏
      • 「〔……〕注目しておきたいのは、帝国の「帝国圏」と、帝国国民が旅先として視野に入れる「観光圏」との緊密な相関関係である。「帝国圏」とは、公式的植民地のみならず、非公式的領土(租借地委任統治領、保護国など)をも含む、帝国が政治的影響力を行使する勢力圏の総称である。そして、「観光圏」とは、文字通り観光可能の範囲を指すのである。世界の覇者大英帝国の持つ支配空間は、帝国臣民に新たな地理的感覚を根付かせ、帝国の威光が及ぼす「彼らの国」を発見する欲望を募らせる。他方、ツーリストには、帝国圏を身体的な捺印を以て実感し、帝国への想像力をさらに膨らませることが約束されているのである。」(2頁)
    • “tourism”と「観光」の差異
      • 「〔……〕“tourism”と「観光」の間には微妙ではあるが決定的に大きなズレが存在し、そこに「帝国」の影が色濃く落とされている。つまり、前者の“tourism”が、産業革命による交通機関の発達を背景に労働時間の短縮と鉄道の発達に伴って普及した大衆的なレジャーであるのに対し、「開国」の危機を救う軍艦第一号の名前として誕生し、明治政府の外交使節団の公的報告書にまで受け継がれている「観光」は、国家の存亡がかかった近代化を急速に推進する意欲を表わす、強い響きを持つ官製用語なのである。」(4頁)
    • 「観光」と“tourism”の接近
      • 「「観光」がツーリズムの訳語として定着しはじめた1910年代には、「観光外人」を迎え入れる国際観光と、日本人による国内観光という、二つの「観光」が並存していた。前者は、1912年に創立された、半官半民の旅行斡旋機関・ジャパン・ツーリスト・ビューローによって担われていたが、後者は、第一次世界大戦後の好景気を引き金に胎動した大衆レジャーの一つとして登場したのであった。関東大震災のあと、国内観光は興隆を見せ、さらに、旅券も要らない、日本語が幅を利かせる「外地」(満洲朝鮮半島、台湾)へと足を延ばす旅行者が急増していった。そして、太平洋戦争前夜に至って、それは「大東亜観光」にまで膨張していく。大英帝国に遅れること約70年、「観光」という日本語のニュアンスがようやく“tourism”に接近してきた〔……〕」(5頁)
    • なぜ満洲なのか
      • 帝国日本の戦争と植民
        • 「帝国日本の膨張と収縮をめぐる、戦争と植民の歴史が畳み込まれた地域であるから〔……〕戦前・戦後における満洲観光の変遷に焦点を当てることによって、観光の包摂する政治性を「帝国圏」の伸縮との関係のなかで通史的に抉り出すことができる〔……〕植民、間接統治、戦争など、「帝国圏」の多様性と特質を析出することもできる」(6頁)
      • 三つの近代のトポス
        • 満洲は、戦前においては、「西洋」/日本/中国の「三つの近代」が重層的に拮抗しあうトポスであり〔……〕従来平面的にとらえられがちであった、ホストとゲストの関係を立体的に組み直し、観光における各ファクター間の共時的な相互作用のダイナミズムを描き出すことによって、観光研究の持つ豊富な批判的可能性を生かすことができる〔……〕」(同)

    第二節 分析の枠組み

    1 先行研究

    海外
    • 二大業績
      • 1977年にバレーン・L・スミス他が編纂した『観光・リゾート開発の人類学』→従来「レジャー活動」と平面的に捉えられがちだった観光現象に、ホスト(観光客を受け容れる社会)とゲスト(観光客)の二大ファクターを導入。観光をめぐる両者の社会的相互作用の解明にまで議論を深める。
      • 1990年、ジョン・アーリがフーコーの「まなざし」論を敢行研究に敷衍。観光客のまなざしの背後にある社会構造を、歴史、経済、文化の多元的な視点から読み解く。
    • 英語圏における観光旅行を「文化と帝国主義」の視点からとらえ直す諸研究
      • 「旅行者・探検者本人の経歴と紀行文の文体に焦点を捉えているため、観光との相互関係、観光産業、観光機関の参与、帝国のシステム「制度」面としての観光、観光政策の参与などについての言及は充分とはいえない。」(8頁)
    • スパンを帝国後まで伸ばした特筆すべきもの
      • エイドリアン・ヴィッカーズの“Bail: A paradise Created”
        • オランダ、アメリカ、スカルノスハルトといったそれぞれの権力主体のもとで<楽園>バリのイメージがいかに「発見」され再生産されてきたかをバランスよく論ずる。
    日本
    • 曽山毅『植民地台湾と近代ツーリズム』(2003)
      • 「〔……〕残念ながら、台湾総督府鉄道部という植民機関との結び付きについてはあまり言及されていない。政府以外にもツーリズムを担う多様な民間団体の存在も明らかにされていない」(8頁)
    • 有山輝雄の「ろせった丸」満韓巡遊船の研究(有山輝雄『海外観光旅行の誕生』吉川弘文館、2001年)
      • 「〔……〕メディア・イベントの分析を重視したため、「軍政」という特殊な実行条件への追及が欠落している。」(8頁)
    • その他の研究群
      • 夏目漱石室生犀星林芙美子など著名作家の満洲旅行記についての論考多数
      • 池田浩士が植民と観光の癒着について探ったもの
      • 荒山正彦が1930年の東京鉄道局主催「満鮮」旅行のケーススタディや、旅順への観光のまなざしの変化について論じたもの
        • 荒山正彦「戦前期における朝鮮・満洲へのツーリズム」『関西学院史学』第26号、1999年3月
        • 荒山正彦「戦跡とノスタルジアのあいだに」『人文論究』第50巻第4号、2001年2月
      • 満洲への修学旅行に関するもの
        • 1906年夏の「満韓大修学旅行」について
          • 渡部宗助「中等学校生徒の異文化体験」『国立教育研究所研究集録』第21巻、国立教育研究所、1990年
        • 「満韓大修学旅行」に参加した堺中学校の記録について
          • 松本政春「日露戦争と堺中学校」、大阪府高等学校社会科研究会『社会科研究』第37号、1994年
        • 宮崎県都城商業学校の「鮮満」旅行について
          • 久保尚之『満州の誕生』丸善、1996年、2-50頁
        • 1939年に東京女子高等師範学校による満洲での地理巡検について
          • 内田忠賢「東京女子師範の地理巡検」(1)、『お茶の水地理』第42号、2001年
          • 同(2)第43号、2002年
      • 満洲国への旅行ブームに関するもの
      • 文化人類学の視点から満州国時代における観光資源としての少数民族オロチョン族について研究したもの
        • 佐々木亨「満洲国時代における観光資源、展示対象としてのオロチョン」、煎本孝編『東北アジア諸民族の文化動態』、北海道大学図書刊行会、2002年
    先行研究の研究手法の二つの特徴
    • 歴史的アプローチ
      • 帝国の観光政策及び観光活動の展開を跡付ける歴史的なアプローチ
    • 地理学、文学、メディア論的なアプローチ
      • イードの「オリエンタリズム」やジョン・アーリの「観光のまなざし」などの影響を受け、パンフレット、文学、メディアなどに現れた観光客の「心象地理」や観光イメージへの、地理学、文学、メディア論的なアプローチ。
    先行研究の問題点
    • 分析枠組みの構築が出来ていない&観光研究の持つ批判的可能性が生かし切れていない
      • 「〔……〕既存の領域からの模索の域に留まり、有効な分析枠組みの構築にはまだ至っておらず、「帝国(帝国後)の知」に切り込む観光研究の持つ批判的な可能性を、充分に生かしきれているとは言い難い。」(9頁)

    2 本論のアプローチ

    • 新しい分析概念「代理ホスト」
      • 「本論では、「代理ホスト」という新しい分析概念を導入し、ゲスト(ツーリスト)/代理ホスト(コロニスト)/ホスト(ネイティブ)の三者の、「観る/観せる/観られる」まなざしの重層的なせめぎ合いを、帝国と植民地との間の非対称的な権力関係を背景に、明らかにしたい。」(10頁)
    • 「代理ホスト」とは
      • 「ここでは、帝国の権力空間とコロニアルな歴史背景を視座に入れ、「ホスト不在」に近い非対称的な権力構造の下に、本来の「ホスト」(ネイティブ)に君臨し、彼らを表象(代表)する「代理ホスト」という概念を提示したい。ここに言う「代理ホスト」とは、本来の「ホスト」に取って代わり、ゲストの受け入れを一手に収め、ホスト社会の「観光資源」を帝国のまなざしで発見、解釈し、そして価値づける「権威の潜在的代行者」を指す。」(11頁)
    • 本論の方針
      • 「本論では、欧米客に「アジア」を「代理呈示」する日本と、日本内地客に満洲を「代理呈示」する在満日本人という、同時存在していた二重の「代理ホスト」を中心に論を進めていく」(11頁)

    第三節 方法と構成

    1 方法

    • (1)満洲表象
      • 「観光地としての満洲はどう表現されてきたかを考察する。」
      • 史資料:観光メディア(ガイドブック、パンフレット、旅行記、旅行雑誌、写真集、観光フィルム、ポスター、絵葉書、地図、歌など)
    • (2)政策・制度
      • 満洲観光を取り巻く政策、制度の変動を歴史的に跡付ける。」
      • 史資料:観光関係の法令規定、統計資料、旅行年鑑、満鉄の社史、ジャパン・ツーリスト・ビューローの社史、観光機関の機関誌、一般雑誌、新聞記事
    • (3)ツーリストのまなざし
      • 満洲ツーリストたちのまなざしを再現する」
      • 史資料:文学者の手になる紀行文から、無名の人の未発表の日記まで、満洲を題材とした旅行記

    2 構成

    • 序章
      • 「先行研究を検討し、日本人の満洲観光を「帝国圏」と「観光圏」との関係のなかで検討する視座を示す。」
    • 第一部「日露戦争から満洲事変まで」
      • 第一章「満洲観光の前史」
        • 日露戦争までの満洲イメージの変遷を辿り、日露戦争中の観戦旅行と、軍政時代の旅行制限を明らかにし、最後に戦争終結後に始められた「満韓利源調査」の企画について言及する。」
      • 第二章「満洲観光の誕生」
        • 満洲観光の誕生の年・1906年に焦点を当て、東京大阪両朝日新聞主催の「ろせった丸満韓巡遊」、陸軍省・文部省共催の満洲修学旅行などを取り上げ、「戦争が生み出した観光」という満洲観光の特殊な性格を浮かび上がらせる。」
      • 第三章「満洲観光の担い手」
        • 「満鉄や、満蒙文化協会、JTB大連支部などの在満観光機関の取り組みを整理し、これらの機関が手がける文化人の満洲旅行に焦点を当て、権威的な満洲想像を生産するシステムを明らかにし、「国民の義務」として満洲観光を意味づけられる在満日本人のまなざしに迫る。」
      • 第四章「満洲観光の興隆」
        • 「遊覧券と観光日程を手がかりに、観光空間の形成と変遷を概観し、関東大震災以後の満洲ブームの出現と、一般団体ツアーと学生団体の詳細を明らかにする。」
    • 第二部「満洲国時代とその後」
      • 第五章「『観光楽土』としての満洲国」
        • 「まず、満洲事変後の熱狂的な観光ブームを取り上げ、満洲国時代の内地観光客の流れを整理する。そして、ひとつのスタディー・ケースとして、建国の年に満洲を訪れた一人の大学生の旅日記を取り上げる。最後に、満州国時代の観光機関の整備と統制に焦点を当て、観光の国策化過程を辿る。」
      • 第六章「『楽土』を走る観光バス」
        • 満洲国建国後まもなく発足した観光バスを取り上げ、代理ホストたちは、どんなふうに満洲を「帝国の野外劇場」として見せていたのかを再現する。」
      • 第七章「もうひとつの代理ホスト」
        • 「内地における1930年代の「国際観光」政策の展開に焦点を当て、日本(内地)と「外地」、「欧米先進国」と「東洋の弱小国」の間に繰り広げられた複数の観光の流れを交差させ、折り重なる「帝国圏」と「観光圏」の関係を明らかにした。」
      • 第八章「『帝国後』と満洲観光」