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  • 【先行研究】「第一章 満洲観光の前史」(高媛『観光の政治学 : 戦前・戦後における日本人の「満洲」観光 』東京大学、2005、博士論文、19-41頁)

    論文講読用のレジュメ

    • 第一章の趣旨
      • 満洲観光の誕生を、日露戦争後の「ろせった丸満韓巡遊」と「満洲合同修学旅行」に位置付けた上で、満洲観光が誕生する前の満州への旅行はどのようなものであったかを明らかにしている。

    江戸後期~日露戦争期における満洲への旅行

    • 江戸後期
      • 国防
        • 「一貫して、満洲には軍事的国防的な関心が注がれてきた」
    • 東清鉄道建設
      • 「辺界」から「富源」へ
        • シベリア鉄道満洲区間・東清鉄道の敷設を契機に、満洲のイメージは「辺界」から「富源」へと大きく転換し〔……〕軍事的危機感は、ロシアに持ち去られる「富源」への痛恨の念から、一層煽り立てられることになった」
    • 日露戦争
      • 観戦旅行
        • 「開戦から4ヶ月経過したころ、政治家や外国武官、内外の名士を対象とした「観戦旅行」が崔行された。この第1回満洲丸観戦巡航は〔……〕完全なる武備と人道的な捕虜待遇を内外にアピールした。〔……〕志賀重昂は、1ヶ月後、陸軍への従軍を希望し、〔……〕帰国後、志賀は講演会や著書などを通して、満洲見聞を社会に広める活動を意欲的に行なった。〔……〕観戦旅行の特権を与えられた政治家たちは、各地の講演会に招かれ、満洲情報の貴重な情報源となった。」
    • 日露戦争
      • 戦後経営と満洲利権の開発
        • 「〔……〕次第に「戦後経営」の欲求が高まり、〔……〕満洲利権への開発熱に浮かされるようになった」
        • 「1905年末と翌年の夏に、陸軍省の肝いりで「満洲利源調査」が2回行われた。〔……〕戦時中、政治家だけに限定されていた便乗旅行の恩恵も、ついに満洲進出に熱心な実業家層にまで拡大するようになった〔……〕「満洲利源調査」は、実業家個人の満洲見聞を広め、満洲進出の歩みを促すばかりでなく、地方自治体と国家の植民地政策の決定とも、密接にリンクすることがあった」

    著者が主張する第1章での4つのポイント

    • 一、満洲情報源の拡大
      • 日露戦争前まで、満洲をめぐる情報は主として、探検・踏査を敢行した軍人や大陸浪人に握られていた。戦時中の観戦旅行や戦後の利源調査によって、政治家やジャーナリスト、実業家も満洲情報の発信源として成長し、新聞報道や講演会などを通して、満洲情報をより広く社会に伝播することが可能となった。」
    • 二、軍主導の旅行スタイル
      • 「日露開戦から、軍政が民政に乗り換える1906年9月前まで、満洲旅行は、移動手段(御用船、鉄道の便乗)から宿泊施設(兵站宿舎)まで、さらに旅行可能な範囲(軍の占領地)も、悉く軍に依存していた。次章に述べる「ろせった丸満韓巡遊」も満洲修学旅行も、軍政末期(1906年7~8月)に行われただけに、本章で取り上げた旅行は、のちに誕生した満洲観光に向けての予行演習としての意味がある。」
    • 三、帝国のまなざし
      • 「観戦旅行と利源調査に現れた帝国のまなざしを、戦跡・国威・富源という三つの語りにまとめることができる。まず、満洲丸での観戦旅行が、志賀重昂に「日本国威の反照」、「戦捷の淵源」、「戦後経営」の可能性を実感させた。また、旅順開城直後の2回目の観戦旅行に触発され、『読売新聞』は、教育家にも旅順観覧を行わせるように要望し、旅順の持つ、国民教育の道場としての価値を明確に指摘している。そして、開戦前から流布されていた「富源」のイメージは、戦時中、利源獲得と戦後開発への期待感に転じ、さらに戦後の利源調査の計画にも継承されていた。戦跡・国威・富源は、のちに観光客のまなざしの中にも反復され、満洲観光の重要な要素となった。」
    • 四、満洲観光の気運づくり
      • 「本章で取り上げた日露開戦以降の旅行は、いずれも、軍や政府主催の、一部の特権階級に限定された旅行ではあったが、羨望と嫉妬の的である特権者の姿は、むしろ社会一般に満洲旅行のステータスをアピールし、満洲を股にかける大衆の欲望を誘い出し、満洲観光誕生の気運を高めることになった。」