加藤克「植物園における歴史的資産の保存活用」(『北海道大学歴史的資産保存活用シンポジウム報告書』、北海道大学施設・環境計画室、2016、17-24頁)

  • 要旨
    • 現在の段階では無価値かもしれないが、時が経てば後世の人間にとっては価値がある。それ故、文化財の価値とか歴史的価値というのは、一つの見方、今の見方だけで考えてはいけない。歴史的資産とは作り上げてこなければできないものである。

「情報」があるからこそ「歴史的資産」となる

  • 具体例
    • エゾオオカミ
      • 「この写真はエゾオオカミのはく製の写真です。1880年前後に札幌市内で捕獲されたはく製です。このエゾオオカミは1890年代には絶滅してしまい、はく製として残っているものは大学に残っているこの2点とプラスアルファだけで、非常に貴重なものというふうに評価されています。これも北海道の自然環境を保存するための証拠、そして北海道が開発されて絶滅することになってしまった動物という意味での歴史的資産というふうに考えることができると思います。」(17頁)
    • スズメ
      • 「これは何でしょうか?スズメですね。今もそのあたりを飛んでいると思いますけれども、スズメです。これを見て皆さん歴史的資産と評価できるでしょうか?これも見方によっては歴史資産であると思います。このスズメも1881年、先ほどのエゾオオカミが捕獲された年、ほぼ同じ時期に札幌で採集されたものです。今から100年前、130年前のスズメがどういうものだったのか、あるいはスズメがいつから札幌にいたのかということを知りたければこのスズメがないと証拠がつけられないわけです。この1881年という年がどういう年だったのか?内村鑑三、宮部金吾、新渡戸稲造が卒業しようとしていた年、このように考えればこのスズメが彼らと同じ空気を吸っていた。そういう意味でも歴史的資産として評価できるのではないでしょうか?」(17-18頁)
  • 情報と歴史資産
    • 「全く情報のない形で皆さんがこのエゾオオカミのはく製を見たときに、これは歴史的に大事だ、大事ではないと評価できたでしょうか?基本的に歴史的なもの歴史的な価値があるというものは、情報がついてこそ、価値を評価できるわけです。情報がなければただの物にしかすぎない」(18頁)

大学の博物館の役割

  • 自治体の博物館との違い
    • 自治体の博物館は、地域の学習の場として歴史や自然、文化、芸術を学ぶために必要な資料、作品という物を収集し、展示して教育に供している。しかし、大学の博物館というのは、大学生がこうした展示を見て学ぶ場所ではなくて、研究の成果として収集された証拠、そうしたものを保存し、証拠として使用し、あるいは残していくという役割を担っています。また、そうして残された証拠の資料を新しい世代の研究者が使用して研究に利用していく、そうした研究のサポートをする機関だと考えています。」(20頁)
  • 植物園博物館の良い所
    • 「建物と中身、空間、情報、そうしたものがセットで残っている、これがこの博物館のいいところだと思っています。」(21頁)

歴史資産は作り上げるものである。

  • 現在の視点のみで考えてはいけない
    • 「今、私達が重要文化財建築やエゾオオカミ内村鑑三と一緒に生きてきたスズメを見て、歴史的資産であると感じられるかと思います。では、農学校の2期生が文化財と考えられている建物やエゾオオカミ、スズメを見てどう考えていたのか?今から100年前エゾオオカミは害獣として捕獲され殺されていたわけです。つまり、彼らにとってゴミを荒らす生活の邪魔になっているカラスとエゾオオカミは同じだった、そんな見方ができるのではないか? できたばかりの博物館の建物は、農学部裏の新しい実験棟とそれほど変わりがなかったのではないか?今飛んでいるスズメであると、感じていたのではないかと思います。100年後の私達にもう一度登場していただきたい。今、私達がカラスや飛んでいるスズメ、実験棟を見る。先ほど、午前中の見学会の中でモデルバーンの2回にスズメが死んでいたので拾ってきましたけれども、このスズメを来週には博物館ではく製にします。でも皆さんにとってみたらただの鳥の死体です。でも、それが今から100年後の私達にとってみたらどうなるか?先ほど見たように100年前のスズメというのはそれなりの歴史的な価値があるだろう。そういう形で見る。」
    • 「つまり、文化財の価値とか歴史的価値というのは、一つの見方、今の見方だけで考えてはいけない。だから、今も残していかなければならない。いつかは古くなるものだから、今も残していかなければならないという考え方が大事です。」(23頁)
  • 歴史的資産とは何か?
    • 「歴史的資産とは何か?与えられるものではない。やはり作り上げてこなければできないものだと思います。急に欲しいと思っても入手できるものではない。北海道大学の有形・無形の歴史的資産は先人が私達のためではない、私達がただ使って浪費するだけではいけない、未来のために作り上げてきたものである。だからこそ、私達も活用することは大事だけれども、次の世代に残すという責任も果していかなければいけない。」(23-24頁)