今回の講義はキャンパス南部周辺の巡検であり、サクシュコトニ川の源流と農学校関連遺産群を中心に回った。ここでは時系列順に各地で発見したこと等をまとめていく。
1.クエスト「サクシュコトニ川の源流と北大中央ローンの間の河川跡を探せ!」
(1)コンテンツツーリズム『ブラタモリ』
『ブラタモリ』第22話「札幌編」(2015年11月7日放送)で取り上げられたサクシュコトニ川。番組では、「札幌市が碁盤の目状なのに、なぜ道庁裏・植物園脇の道路が直線ではなく曲がっているのか?」というクイズから話題が展開されていく。このクイズは札幌市が扇状地を利用して作られたことを説明するためのもの。扇状地は地盤が強く平坦になるため街づくりに最適だが、末端より先は低湿地となり都市建設には不向きである。ではどうすれば扇状地と低湿地の境を見分けられるのか?扇状地の末端には水が湧き、アイヌ語ではメムと言われている。このメムと、そこから流れ出る川を追えば、扇状地と低湿地の境目が判明するのだ。テレビでは番組のスタッフたちが川の跡地を探し、偕楽園、北大ローンまでたどり着いた。この『ブラタモリ』のスタッフの如く、我々も河川跡地を見つけるのが、本日のクエストである。
- 閲覧サイト
- 「【ブラタモリ札幌】タモリ推奨の札幌の歴史・地形・観光ルートまとめ #22」(http://service-news.tokyo/buratamori-sapporo-15934 、2019年5月21日20時47分閲覧)
- 「ブラタモリ#22「札幌」11月7日放送まとめ」(http://rengacity.sakuraweb.com/article/167341044.html、 2019年5月21日20時47分閲覧)
2.解説①偕楽園緑地と産業振興施設
偕楽園から北大に続く河川跡を発見し、清華亭前に戻ると、ここからは教授の解説タイムとなった。以下では、教授の話を中心にまとめることとする。
偕楽園緑地の解説案内板を見ても分かるように、偕楽園は単なる公園ではなく、産業振興施設を擁する機能を持っていた。葉室、生徒館、博物所属舎などが明治13年ころの地図には記載されているが、解説で興味を惹かれたのは、やはり鮭卵孵化場である。サクシュコトニ川が石狩湾と繋がっていたため、植物園近辺まで鮭がのぼってきていたが、北海道初の孵化場があったということは大変感慨深かった。北区の公式webサイトでも孵化場のことが紹介されているが、結局失敗に終わってしまったとはいえ、当時のお雇い外国人トリートの労苦が偲ばれる(https://www.city.sapporo.jp/kitaku/syoukai/rekishi/episode/052.html 2019年5月21日20時47分閲覧)。
3.解説②井頭龍神の起源を追うと・・・明治天皇が手を洗ったことで水神信仰が生まれた!?
偕楽園緑地の周辺には清華亭がある。この清華亭は1880年の明治天皇の北海道行幸の際、休憩所として建てられたものである。明治天皇はこの時、偕楽園内にあるメムで手を洗ったという逸話が残っており、「御膳水」と呼ばれるようになった。講義ではこのメムにちなんで井頭龍神がススキノの女性たちによって作られたことが紹介された。メムと明治天皇により水神信仰が起こるのは分かるが、なぜススキノの女性たちが関係あるのだろうか?水商売なので水神と掛けているのだろうか?これまた北区のwebサイトに井頭龍神についての解説があったのでまとめておく。昭和後期まで道内一の料亭であった「いく代」の初代女将であったのが斎藤いく。彼女はかつてサクシュコトニ川のほとりに店をかまえたことがあり、「御膳水」を「神水」として周囲に配り廻った。その後、いくや他の水商売の女たちが「御膳水」の小さいながらもお宮を建て、祭礼も行われるようになった。現在の社は2001年に建てられたものであるが、かつては札幌祭りの山車みこしをお宮として使用しており、現在もこのおみこしは建て替えられた社の中に納められているとされている。(https://www.city.sapporo.jp/kitaku/syoukai/rekishi/episode/054.html、2019年5月21日21時31分閲覧)
4.解説③旧札幌農学校建築群~「昆虫学及養蚕学教室」、「図書館読書室並びに同書庫」、「農学部本館」~
サクシュコトニ川の跡地を辿り、我々は北大キャンパスに辿り着いた。キャンパス南部には旧札幌農学校建築群を見ることが出来る。札幌農学校は1876年に開校したが、当時あった札幌時計台周辺の土地は市街地が拡大したため、1899年に現在の場所への校舎の移動が始まった。その時1901年に竣工したのが「昆虫学及び養蚕学教室」で、翌1902年竣工したのが「図書館読書室並びに書庫」であった。教授から紹介されたエピソードの中で不謹慎ながら思わず笑ってしまったのが、「第一サークル会館」のエピソード。「昆虫学及び養蚕学教室」の会い向かいにも、移転当時に竣工した建物があり、それが「第一サークル会館」として使われていたのだが、火を出して燃えてしまったそうだ。これには受講生一同大爆笑であった!!(一説によると漏電らしい※真偽不明)。
続いて紹介されたのが、農学部本館である。1936年8月に竣工された農学部本館は、同年10月の陸軍大演習において大本営が設置された。ここで昭和天皇が指揮をとったのである。このため、キャンパス内には地下迷宮の都市伝説があり、防空壕が張り巡らされているとの専らの噂であると解説があった。個人的に興味を惹かれたのが、クラーク像の会い向かいにある「聖跡」という碑文である。これは文字が薄れているが、教授の解説では農学部に大本営を置いたことを記念するために建てられたものであるとのこと。戦争を扱うセンシティブなものであるため、現在は全く見向きもされず、放置されているのが現状である。しかしダークツーリズムの観光資源として活用できる可能性を秘めているとの解説に関心を持った。