第二次世界大戦【2】ファシズム勢力の攻勢

1.ファシズム勢力の攻勢

(1)ドイツによるヴェルサイユ体制の破壊

  • 1933年
    • 国際連盟脱退…軍備平等権が認められていないとして脱退。
  • 1935年
    • 1月 ザール併合…有力な炭鉱地帯。住民投票により支持率91%でドイツに復帰。ナチス政権による最初の領土拡大の成功。
    • 3月 徴兵制復活と再軍備宣言…ヒトラーヴェルサイユ条約を破棄し、義務兵役制の復活、国防軍拡大を宣言⇒4月英仏伊がストレーザ戦線を形成してドイツ再軍備に反対!
    • 6月 英独海軍協定…ドイツにイギリスの35%の海軍力保有をドイツに認め、事実上再軍備を追認。イギリス自身がヴェルサイユ条約を無視した!⇒ストレーザ戦線崩壊!フランスは1935年5月に調印していた仏ソ相互援助条約を翌36年2月27日に批准。
  • 1936年
    • 3月 ロカルノ条約破棄⇒仏ソ相互援助条約を理由にラインラント進駐

(2)イタリアの対外膨張

  • エチオピア侵攻(1935)…経済基盤が脆弱なため恐慌により行き詰り、ドイツ再軍備に対する35年4月のストレーザ線も崩壊したので、エチオピア侵攻。国際連盟経済制裁を実行したが効果はなく威信は損なわれた。
  • ②ベルリン=ローマ枢軸(1936)…ラインラント進駐・エチオピア侵略で国際的に孤立した両国が・スペイン内戦の過程で利害を共通させ結合した。

(3)左翼勢力の協調

  • 1935年 コミンテルンが反ファシズム統一運動(人民戦線)結成を唱え、ファシズムに対抗する為、共産党を含む左翼勢力が連合することを提唱。
  • 1936 スペイン総選挙でアサーニャを首班とする人民戦線内閣が成立(→同年、内乱に突入)
  • 1936 フランス総選挙で社会党のブルムを首班とする人民戦線内閣が成立(→翌年、倒れる)

(4)スペイン内戦

  • ①1931年 王政崩壊⇒スペイン共和国が成立するも政情不安定。
  • ②1936年 スペイン内戦勃発…アサーニャ人民戦線内閣の成立⇒フランコ反乱軍の挙兵(保守派の支持)
    • 人民戦線内閣・ソ連・国際義勇軍(オーウェル、ヘミングウェイ)  VS  フランコ・ベルリン=ローマ枢軸    
    • ※英仏は不干渉政策(宥和政策の一環)
  • ③1939年 フランコマドリードを陥落させて勝利。

(5)三国枢軸の結成

  • ベルリン=ローマ枢軸
  • 日独防共協定(1936)
    • ※37年、イタリアも国際連盟脱退 ⇒ ヴェルサイユ・ワシントン両体制に挑戦する三国枢軸の結成!

2.第二次世界大戦の勃発

(1)ドイツの東方拡大

(2)イタリアの動き

  • 1939年4月 ドイツの侵略行為に呼応して、ほとんど無抵抗のままアルバニアを併合

(3)宥和政策からの転換

(4)独ソの接近

(5)ポーランド侵攻とWWⅡの勃発