講座「米国史料からみた呉軍港~米軍の眼差しから捉えなおす~」

  • 本論の趣旨
    • 戦艦大和の存在や呉軍港の様子がアメリカに綿密に分析されていたことを米軍資料から明らかにした

1.大和について

  • 【大和クイズ】 大和は米国人に知られていたのか
    • 日本人の大半にとって大和は知られておらず、戦後知られるようになった

  • 『RECOGNITION JOURANAL』レコグニション(雑誌)の資料的価値
    • 大和が新着ニュースとして載っている 1944年5月号 この雑誌は海軍関係者なら気軽に手にすることができる
    • 新着ニュースで大和と武蔵を紹介 大きさは実際より大きく報道されている

  • クイズの答え
    • 米国側には結構知られていた。

  • 米軍の日本海軍に対する評価
    • 太平洋においては日本海軍は邪魔な艦隊をまだまだ持っている。
    • アイオワ級の比ではない程スゴイ。
    • しかし船対船ではなく、艦隊対艦隊なので米軍の方が勝利に向いている。
    • 大和を持ち上げながらアメリカの優勢を唱える
    • 戦艦はアメリカ軍から捉えると・・・ディフェンスの最後の守りであり、最前線に使うものではない

  • 1944年9月号
    • 大和はそれ以前の艦よりも整然としている ゴチャゴチャしていない

  • 1944年12月
    • アメリカのコマンダーは戦艦発見というのではなく大和型なのか金剛型なのか知らなければならない
    • 大和型戦艦を高く評価している

  • 1945年2月号
    • 日本の艦艇一覧
    • 赤城や加賀が載っていない→沈没が確認されているから

  • トラック・マリアナ偵察機が確認している(航空写真1944年10月24日)
    • 米軍は前後対称なのだが、大和はバランスが悪い
    • 16インチ砲という情報(嘘情報)が載っている 
    • 大和型戦艦を米国がどのように捉えて来たかが分かる

  • アメリカは新しい情報を掴もうとしていた → 呉軍港も同じような状況だった

2.呉について

2-1.呉に関する情報収集

  • アメリカ軍が真っ先に呉の情報を仕入れるとしたらどうする?
    • 日系米国人に尋問している。その結果がレポートになっている
    • 戦前、進水式・観艦式・軍港観光などが盛んに行われていた
    • 学校のスクールツアーで呉に行ったという証言が残る
    • 乗船許可されて乗った、戦前から海軍が一般公開していた、伊勢に乗ったという証言等々
    • 1938年頃から丘などの立ち入り制限が厳しくなっていたことも漏れる→市民社会の変化から呉の様子が把握されていた
    • 米軍側は米国内で集めていた

  • たくさんの地図も作っていた
    • なぜ地図を持っていたのか? 呉軍港は情報統制していたのではないので、地図はあった。
    • 外交の中であらかためどが立っている 1940年代の情報をせっせと確認していく作業をする

 

2-2.戦争開始後

  • 攻撃目標リストを着々と作っていく
    • どのような種類のどのような名前の工場地があるのかを紹介
    • 地域の情報のリスト化マップ化がすすめられ、ブックレットが出来上がる

  • KURE-HIRO REGION
    • 呉には顕著な意義がある 広工廠のエンジンとタービン 日本海軍の艦艇に供給するエンジン、タービンは呉で造られていると分析されていた
    • ゾーニングできた 呉の地区は区分けが明解にはっきりされていた
    • 信じられないくらい斜面に住宅が広がってくる 清水の亀山神社周辺 奥に二河川

2-3.1945年

  • 呉で大きな空襲 3月19日
    • 呉軍港に停泊している艦艇を狙った空襲であった
    • 米国は空襲する飛行機にカメラを形態している。

  • バンカーヒルの艦載機が動画を撮影している 

  • 3月19日に呉に大和はいるか?→いない
    • 呉湾の外、広島湾の外側に停泊していた 大和も発見されて空襲を受ける

  • 米軍の艦載機を飛ばした空母の側 どこで何をしていたか バンカーヒル
    • バンカーヒルは攻撃を受けていた ウルシ泊地から四国へ近づき艦載機を飛ばしていた

  • 日本側への攻撃が米空母接近可能により激しくなる 
    • 偵察機が飛ばせる 双発とか大きな写真機とか持ったのを飛ばせる

  • 呉空襲の後の3月28日に呉を大きく撮った写真が写されるようになる
    • 3月28日の航空写真に大和が映っている 情報バッチリ → 次の空襲は広海軍工廠への空襲(1945年5月5日)

  • 動画を発見するには
    • 動画はネットで公開されているが当該場面を発見するのは難しい 長いガンカメラの映像の断片の中の一部をずっと見て探す

  • 6月22日の空襲では艦艇がどこに泊まっているかバレてる
    • 海軍工廠への空襲は6月のみ 結果的に造船部は空襲の対象になっていない 
    • それは何故か?→米軍は建物をリスト化し、空襲で潰せたかどうかをチェックしている
    • ドックは計画には含まれていなかった → 戦後の利用が意図されていた?(それは分からない)

  • 明らかに攻撃はしませんとしていたものがある。それはどこか?

  • 空襲の成否の分析も行われて残っている
    • 建物もどこが壊れており、どこが使えるのか→占領軍の資産、復興の資産となる

  • 戦後の英連邦軍の占領の資料はまた別の話

  • 生き残った艦艇
    • 葛城 航空母艦 映像が残る
    • 鳳翔の映像も残る
    • 1945年 海軍は11月に解散 それまでは海軍は継続されている状況 
    • 鳳翔は復員作業で大いに活躍し最後は解体される

  

3.質疑応答

3-1.海軍兵学校が空襲のターゲット外になったのは何故か?

  • 重要用語【ブルーシールド】を調べろ。ハーグ条約 紛争時における文化遺産および病院の保護に関する条約
  • アメリカは占領地における既得権を認めている 美術品とか保護しようという概念を持っている
  • 米国は攻撃をする/しないを仕分けていた 支配をするうえで自国の国益を考えていた
  • 攻撃していない物件よりも攻撃した物件を見た方がよい。

3-2.日本はアメリカに偵察されていたのに気づかなかったのか/日本はアメリカを偵察しなかったのか?

  • 分からない。日本側の諜報活動は来年の2月の講座で扱う

3-3.米軍資料はいつから公開されているのか

  • 今なおどんどん公開している。今日無くても明日公開されているというぐらいのアップロード状況