雑録

木村美幸「軍縮条約失効後における海軍の地方拠点形成-地方海軍人事部の設置と活動-」(『日本歴史』第868号、2020年、19-35頁)

  • 概要
    • 海軍は兵の徴募において問題を抱えており優秀な人材を確保するためには地方への統制を強める必要があった。そのため地方海軍人事部を設置し、地方においても軍事普及活動や兵の徴募に積極的に関与できるようになった。また市町村レベルにおいても従来の体制では難しかった具体的な指示を出せるようになった。

はじめに

  • 本稿の趣旨
    • なぜ海軍は地方海軍人事部を設置する必要があったのかについて明らかにする
      • 地方海軍人事部が設置された1937年からアジア・太平洋戦争期までを対象に、地方海軍人事部の設置が進められていった背景と活動内容について検討する。

  • 先行研究分析
    • ①「海軍と地域」研究
      • 軍港都市研究』全七巻(清文堂出版、2010~18年)→軍港・要港部をはじめとした地域と海軍の関係を分析。軍港・要港部以外の地域と海軍の関係性に課題がある。
    • ②志願兵の研究
      • a)教育史
        • 戸田金一『学校往復公文書等を主資料とする国民学校経営の実証的研究:科学研究費研究成果報告書』(1989年)
        • 逸見勝亮「少年兵史素描」(『日本の教育史学』33、1990年)
        • 鈴木貴「陸海軍少年(志願)兵徴募体制の確立過程」(『日本の教育史学』45、2002年)
      • b)地理学
        • 花岡和聖「明治後期から大正期にかけての海軍志願兵志願者の出身地」(上杉和央編『軍港都市研究Ⅱ 景観編』清文堂出版、2012年)
      • c)兵数推移
        • 駄場祐司「軍縮期における海軍志願兵の志願状況」(『軍事史学』45-2、2009年)
      • d)兵事事務(中村崇高の研究)→明治期から1927年の兵役法・海軍志願兵令施行前後にわたる志願兵制度について、海軍中央で行われた議論や制度改正の面から検討
        • 中村崇高「海軍の兵事事務地方行政」(『ヒストリア』230、2012年)
        • 中村崇高「郡役所廃止と海軍志願兵制度の転換」(大豆生田稔編『軍港都市研究Ⅶ 国内・海外軍港編』清文堂出版、2017年)
    • ③宣伝に関する研究
      • a)海軍の外郭団体である海軍協会に注目した研究
        • 土田宏成「日露戦後の海軍拡張運動について」(『東京大学日本史学研究室紀要』6、2002年)
        • 土田宏成「1930年代における海軍の宣伝と国民的組織整備構想」(『国立歴史民俗博物館研究報告』126、2006年)
        • 土田宏成「日中戦争から日米開戦までの海軍協会の活動について」(『神田外語大学日本研究所紀要』4、2009年)
      • b)海軍の宣伝関係部署である海軍軍事普及部(普及委員会)に関する研究
        • 福田理「1930年代前半の海軍宣伝とその効果」(『防衛学研究』33、2005年)
        • 坂口太助「戦間期における日本海軍の宣伝活動」(『史叢』94、2016年)
      • c)海軍記念日講和に注目した研究
      • d)軍事リテラシーの普及の観点から海軍の啓蒙活動や飛行機の語られ方について検討した研究
        • 一ノ瀬俊也『飛行機の戦争 1914-1945』(講談社、2017年)→長野県下伊那郡河野村で村長を務めていた胡桃澤盛に注目した分析を行い、地域での軍事啓蒙の様相を解明している。彼のような村の有力者は海軍から軍事啓蒙を受け、村では自らが中心となって軍事啓蒙活動を行うようになる。

  • 先行研究批判
    • 兵役法・海軍志願兵令施行以降の軍港等の海軍施設のない地域での活動について、海軍がどのように監督を行っていったのかについて十分検討されていない
    • 海軍志願兵は全国から集められており、直接軍港・要港部・工廠などのない地域と海軍の関係に関する検討が課題として残る
    • 地域での海軍の拠点として海軍協会以外の組織、とりわけ海軍の機関がどのように志願兵徴募・宣伝活動を行ったのかについても検討する必要がある

  • 志願兵徴募と宣伝の問題
    • 大井篤氏の言説
      • 鎮守府の中に人事部長というものがありまして、これも私は持っておったわけですが、軍事普及をやったり、人を集めたりする。軍事普及をやることによって海軍を好きにならして、そして志願兵を集めようということです。これが鎮守府の人事部のファンクションです。」(木戸日記研究会旧蔵資料61「大井篤氏談話第4回速記録」1969年、国立国会図書館憲政資料室蔵、139頁)
        • cf.大井篤(1902-94、海兵51期)は、1941年6月~1943年3月人事局A局員(軍人の充足および養成や学生練習生採用計画、軍人の進級整理採用計画などが職務)。人事局員時代の備忘録は全部で6冊にわたっており、それぞれのノートに職務に関するメモがされている。防衛省防衛研究所で所蔵されている。また、木戸日記研究会による聞き取りも実施されており、その内容は国立国会図書館憲政資料室木戸日記研究会旧蔵資料「大井篤氏談話速記録」に収録されている。

一 地方海軍人事部設置の背景

地方海軍人事部設置以前の海軍志願兵徴募体制

  • 海軍の人事を管轄する部局
    • 海軍省人事局
      • 海軍全体の人事について管轄。徴兵・志願兵数全体の管理や士官人事を担当。
    • 鎮守府に設置される海軍人事部
      • 特務士官以下の人事に関する事項、特務士官以下の徴募・充員招集・簡閲点呼。人事関係の職務のみでなく映画会・講演会などの宣伝活動も行う。横鎮の人事部の部報では「当部の所掌たる軍港観覧、軍事講演、映画等」と掲載され、職掌として宣伝活動にも従事していたことが分かる。

  • 海軍志願兵徴募事務
    • 道府県を経由した人事部と市町村のやり取り
      • 海軍志願兵のおおまかな人数はまず人事局にて決定される。人事局にて決定された数をもとに、各鎮守府の人事部では兵種ごとの人数や試験日などの詳細を決める。決まった詳細は、各道府県の学務部長を通じて、市町村長へ伝達される。市町村では、志願者から志願書を取り集め、県を通じて人事部に書類を送付する。人事部はそれを受け、市町村に出向き志願兵検査を行い、結果は道府県を通じて志願者に通知される。

  • 海軍志願兵徴募の問題点
    • 人事部と市町村がやり取りを行うことはあったが、人事部が細かく指示するのではなく、地域に対策を取るよう促すことしかできていなかった。
    • 海軍側は「自力主義」の徴募に転換したいと要望していた。「自力主義」の徴募とは、海軍軍人が直接青少年やその父兄に会い、市町村役場吏員などの業務を補助することを指している。この実現には鎮守府に設置された人事部のみでは不可能であった。

二 海軍人事部令の制定と地方海軍人事部の設置

  • 地方海軍人事部の成立
    • 海軍制度調査会(1936年3月設置)が計画し、1937年4月30日の海軍人事部令の制定により、地方海軍人事部は成立した。(cf.『海軍制度沿革』三、海軍省、1939年)

  • 「海軍人事部令審議参考資料」『公文類聚・第61編・昭和12年・第8巻・官職6・官制6(陸軍省海軍省)』(国立公文書館蔵)から見る海軍人事部令制定の要点と地方海軍人事部設置の経緯
    • ①軍事援護事業の明記
    • ②軍事普及事業の明記
      • 軍事普及を「国民二海事国防等二関スルコトヲ正シク認識セシメムトスルコト」と定義したうえで、軍事普及が人事部所掌事項として必要な理由を「軍事普及ハ人的軍備充実ト密接不離」の関係があり、また志願兵徴募などを行っており「地方官民ト極メテ密接ナル関係ヲ有スル」人事部に普及業務を追加するのは妥当とする。
    • ③地方海軍人事部の設置
      • 設置理由a.海軍志願兵徴募→「志願兵徴募員数ハ漸次増加」しており、その兵種も複雑となっているため、「各地方ノ事情二精通スルヲ必要」ちする徴募を従来のように海軍人事部のみで担当することは「事務上幾多ノ困難」があるため
      • 設置理由b.在郷軍人数の増加→簡閲点呼・招集の事務が増加したため
      • 設置理由c.軍事援護・軍事普及事業の徹底→以前から実施していたが、地域においての宣伝活動の必要性訴えられていた

  • 海軍人事部庶務規定(『海軍制度沿革』3、海軍省、1939年、230頁)にみる地方海軍人事部の職務の詳細
    • 海軍人事部の職務のうち、海軍兵の徴募に関すること、特務士官以下の召集に関すること、簡閲点呼、在郷軍人、青年学校、軍事扶助、部外表彰、軍事普及などに関わる事項が職務とされた。

  • 人事局による地方海軍人事部長着任者への講習(1937年4月20~22日実施)
    • 問題点:陸軍に比べて海軍の方が優秀な兵を必要とすることは、勤務生活の特殊性からしても当然だが、徴兵で入団する海兵が必ずしも陸軍よりも優秀でない
    • 原因:「主トシテ陸軍徴募当事者始メ国民一般ノ海軍二対スル認識ノ不充分ナル点ニ帰スル」
    • 対策:「短期現役兵及青年学校制度等ノ善用ニ依リ、海軍軍事ノ普及徹底ヲ期セラレ、優秀ナル青年ガ進ンデ海軍兵ニ応ズル如ク指導シテ戴キ度イト存ジマス」
  • 各関係団体
    • 地方海軍人事部の設置は各関係団体にも伝えられ、海軍士官の団体である水交社の雑誌『水交社記事』にも設置を伝える記事が掲載された。

三 地方海軍人事部の増設

  • 増設の背景
    • 増設:11道府県にしか設置予定がなく1941年に設置が完了したが、これ以降も継続が望まれ1945年には30道府県に設置された。
    • 背景:①人事局における地方海軍人事部の有効性の評価、②鎮守府・地域側からの要望。
    • 設置の順序:設置は準備ができた地域から進めていき、地理的な偏りは意識しなかった。
    • 常設設置:庁舎が貸家から買上に変ったことから、戦時のみの組織としではなく、常設の機関として設置されたことが分かる。

四 地方海軍人事部の組織と活動

  • 長野県における地方海軍人事部の活動
    • 設置:1942年4月
    • 初代部長:古田中博…長野地方海軍人事部赴任以前に人事局や海軍軍事普及委員会での勤務経験があり、人事・宣伝ともに担うことのできる人材
    • 出張:軍事映画映写・軍事講演・海洋訓練指導・遺族弔問・徴募検査・徴募事務打合などを用務として、県下各所へ出張
    • 映画:『僕等の海兵団』『世界一ノ隣組長』『帝国海軍の記録』『僕の母』『ハワイ・マレー沖海戦』『お猿三吉奮戦記』
    • 海洋道場:海洋道場とは、海軍・文部・逓信・農林・厚生の各省が協力して設立された海洋教育を行う常設の施設で1941年以降全国に設置された。単なる講演・映画会を通じての宣伝活動のみではなく、常設の施設での海洋訓練指導も地方海軍人事部の職務だった。
    • 兵事関係者会議
      • 当初は陸軍の聯隊区司令官が主催する兵事主任会議において、海軍関連事項についても協議されていたが、1940年頃より海軍も独自で会議を実施するように変化。
      • 長野県上伊那郡で実施された会議に出席した際には、具体的な徴募方法として海軍志願兵相談所の設置や志願者の予備検診や予備教育を実施し、より合格が確実な形で青少年を志願させるよう指示を出す。そのほかにも志願者数の中間報告を求めるなど、地域に対する働きかけを強める。
      • 長野という鎮守府から比較的遠い地域においても、現役海軍軍人が恒常的に会議に参加し、報告を受け指示を出すことができる状態となった。
      • 管轄の各市町村に従来の体制では難しかった具体的な指示を出すようになった。

おわりに

  • 結論
    • 地方海軍人事部の必要性は人事局・人事部・地域それぞれが認めるものであり、地方海軍人事部自体が「海軍と地域」を考えるうえでの重要な検討材料。
    • 地方海軍人事部の設置によって、海軍が地域に対しても恒常的に監督を行うことが可能になり、志願者を集める地域の協力体制にも大きく影響を及ぼした。

  • 今後の課題
    • 地方海軍人事部の役割をふまえたうえで、地域における海軍志願兵徴募活動・宣伝活動について、考察する必要がある。
    • 地方海軍人事部が海軍協会や海軍在郷軍人などとどのような協力関係を築いていたのか/築けていなかったのかも検討できなかった。