雑録

小林さんちのメイドラゴンS 第12話(最終話)「生生流転(でも立ち止まるのもありですかね)」の感想・レビュー

トールが手を離れていくことに寂しさを感じる小林さんの話。
テーマとなるのは何者でもない自分の肯定。
年齢・役割・立場が求めて来る相応の振る舞いというものを投げ捨てろ。
A-partの夏祭りで小林さんがトールにデレて綺麗に終わるかと思いきや……
B-partでは作中の季節感全無視のお花見大会が突如開催され強引に終わる。
個人的には作中を通してイルルの出オチ感がすごいと思った。
序盤で派手に登場したのに後は殆ど主役となれず。もっとイルタケ見たかったよ。

トールが人間界に馴染んでいくことに、そこはかとない寂しさを感じる小林

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  • 社会から要請される在り方ではない何者でもない自分の肯定
    • 社会には既成の価値観があり、その評価規準の上位に入ろうと生きるのは当然の事です。しかし結果しか見ないと逆に評価に踊らされ自己を喪失していくことにも繋がります。バランスが大事なのでしょうが、トール様は極端すぎるきらいがあり、ドラゴン界にいた時には既成の価値観にあくせくし、それが失われ人間界にくると小林さんに依存するといった傾向を見せます。そんなトールが小林さんに支えながら、徐々に人間界に適応していくところがこの作品の主軸なのですが、その一方で小林さんも相当拗らせています。様々な思考を巡らせながら、結局はトールが自分の手から離れていくのが嫌なだけなのだということ。夏祭りでは自分からトールを迎えに行き、皆の所へ行かずに二人で祭りを楽しむことになります。小林さんがトールの浴衣を引っ張って独占しようとする場面が今回最大のクライマックス。デレた小林さんは甘い言葉をトールに囁きますが、結局自分の本当の本心(手放したくない独占欲)は話しませんでしたね。
    • そして個人的に惜しかったのは作品全体でイルタケ要素が薄かったこと。タイトルが小林さんちのなのでしょうがないのでしょうが、序盤であんなに派手に登場したイルルが殆ど活躍することなく幕を閉じたのはちょっと残念。それでもイルタケの関係が深まっていることは所々に挿入されています。周囲から大人になる事を要請され人格を形成してきたイルルは天真爛漫に振る舞いながらも大人びた影が出るのですが、それをタケが見抜くところはとても良い雰囲気。タケがイルルから小林さんとの絆の象徴である「子どもであることの肯定」のエピソードを聞かされ、ちょっと対抗心燃やすのはグッときますね。そんなタケに対してオトナモードを発揮するイルルが大人にしてやろうかと分かってて言う所が個人的にポイントが高かったです。タケは小林さんやトール様とあまり関係性がないので最後の花見に呼ばれないのは当然なのですが、何か宙ぶらりんなキャラになっちゃったな、タケ(供養)。

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