雑録

【史料】「呉市国防と産業博覧会見物記」(『大阪朝日新聞』広島版B、1935年)

※連載全9回分まとめ。
大阪朝日新聞』の広島版Bには国防と産業大博覧会の見物記が連載されている。ここではその見物記をまとめておくこととする。
旧字、歴史的仮名遣いなどは適宜改めた。

 

「産業日本の縮図だ その豪華にまづ驚く」(『大阪朝日新聞』広島版B、1935年、4月2日、13頁)

軍港呉市多年の宿望成り非常時国民精神の結晶によつて築き上げられた我が呉市国防と産業大博覧会は国際連盟脱退の記念すべき27日を卜し桜花に埋る二河公園第一会場に艨艟浮ぶ川原石海軍用地を第二会場とし近代文化の生んだ我全産業の粋を一堂に集め愛国の熱情をこめた心の生産を網羅して
花々しく 開会されたこの壮挙たるや誠に非常時に相応はしくその壮麗なる精彩は国際危機を突破せんとする覚悟を表現するものである。今この絢爛花と競う第一第二両会場を一巡して我が国産業の全貌と国防意識の真髄に接してみよう。
 
開会既に6日を過ぎて同博の人気は日一日と本格的舞台に入らんとしている、第一会場は公園通りと稲荷町方面からの二筋から開けて呉県女前の自動車終点に足を降せば先づ高塔数十尺の正門を樹陰に眺めて
赤穂義士 遺物展覧会にありし日の大石内蔵助を偲んで後庄司サーカス団のオートバイ曲技に一驚を禁じ得ないでホツトしてここを出れば売店の賑ひに財布の紐もゆるんで自然に足は第一会場正門へと運ばれて行くと人の流れに渦を巻き歴史観を右に廻つて世界的少女猛獣使ひの掛小屋から猛獣の王ライオンのうなりが場外に響いて来るが、動物園に恵まれない呉市民にとつてはこの小動物園に無精に引きつけられて見とれている中に麗らかな春の日もいつしか過ぎて行くジンタの朗かなリズムに誘はれて宮川猿犬サーカスに数時間を楽しみ広場に出れば馬十数頭をズラリと並べて金丸舞踊大サーカス団のお目見えに
黒山の人 だかくてアイヌ特設館のアイヌの特別演技に博覧会ならでは見られぬグロテスクな雰囲気に浸つて後さて正門を潜つて第一会場内へ。
 
各種広告塔の林立する中桜の花に恵まれた二河公園を場内に取り入れて正面に壮美を誇る白亜の大噴水塔は玉と散るしぶきの中に浮かんでいる。まづ我国産業の精を集めた産業本館に入れば正面には電動装置の酒類陳列塔が黄金に輝く本県特産銘酒の数々を配列して廻つてゐる。左へ廻れば東京、群馬、埼玉、福井、神奈川、愛知、三重、新潟、山梨、岐阜の各府県、樺太北海道庁のほか金沢、足利、静岡、山形、松本、浜松等 
右へ廻れば 大阪、東京、福岡、愛媛、兵庫、香川、長崎、山口の各府県、岡山、倉敷の各市、高知、鳥取、島根、津山、奈良、和歌山、熊本、鹿児島県など三府25県12市の外、北海道、樺太、南洋など我国産業の精華を悉く集めている。

親鸞聖人の一代記に 安芸門徒の感激 世界一周も御意のまゝだ」(『大阪朝日新聞』広島版B、1935年、4月3日、13頁)

呉市国防と産業博覧会も先づ第一会場産業本館において我が国産業の全貌に接し、その規模の拡大に驚かざるを得ないが、さてこれからのコースは?左から廻つても右から廻つても自由ではあるが

右のコース
を廻つて同博の各館につきその近代化の意匠美を讃えてみよう。
 
先づお隣の郷土産業館へ=本館は軍港風景を建物に反映して海と錨と赤いブイに朗らかな鷗をあしらつたもので郷土色豊かに館内は広島、呉、尾道、福山の県下四市外各町村の優良物産を集め名実共に謳はれている呉の清酒、金ペン、万年筆、ゴム製品を始め缶詰、洋針、和洋家具、畳表、綿織物、傘、筆、その他県下代表産物は館内各小間に溢れ躍進途上にある

広島県 ローカルを遺憾なく発揮し実に郷土産業の振興を謳歌するに足る、こゝを出れば桜花は正に六分咲き、同館裏広場にはニュース板、水呑台、休憩所に茶屋もあり麗らかな春の日を一家団欒にしばし場内の賑いを楽しみにしながら各特設館のトツプを切つている台湾館に入つて見る。
 
郷土産業館と向い合せの台湾館は蘇鉄山を前にして台湾特有の建物、熱帯地に相応しい同島の特産や珍らしい台湾風物を織りまぜて台湾事情の紹介に努めているが、熱帯果樹や
ウーロン茶 サーヴィスをする喫茶部もあつて僅か卅銭からの台湾パナマから水牛角製品、各種手細工品等ドンドン売れて行く、台湾総督府肝煎りの特設だけあつて内地人にとつてはただ珍しいものの連続だ。それから軒を並べて朝鮮館極彩色に誇る朝鮮建築、特有の物産風物等を紹介し朝鮮との取引の斡旋に努めている。
 
この道順で行くと択善館を巧に利用した本願寺館、本願寺門を潜つて御典橋を渡れば左に宝物館、右にパノラマ館の入り口に入る、ここには親鸞聖人の一代記をそのまま
京都の仏師 が斎戒沐浴して作った最新式ジオラマとなつて繰り広げられ先ず枕石寺で親鸞聖人の像に接して心身共に清められお賽銭は雨の如く捧げられ明如上人一代記、歴代上人絵伝等いづれも随喜格好の絵巻物に善男善女の観覧客は引きも切らず数珠を持つた看守婦の説明を耳にして南無阿弥陀仏を唱える、かすかな声がそこここから漏れさすが安芸門徒
 
右に観光館の門に入れば日本で初めての試みであるモデオラマを応用し全国の名跡遊覧地が悉く集められ日本三景は勿論富士山、琵琶湖、浅間山日本ライン十和田湖等日本を代表するものや三段峡、帝釈峡、尾道千光寺山、音戸の瀬戸等県下の名勝地も景趣を競い全国60余景を数える、その他いづれも近代的な観光日本の一大展望を見るの観があり日本一周、世界一周は目のあたり誠に朗らかにも
喜ばしい情 景でこれから拓殖館、満洲館、三呉館線開通記念館を右に見て教育館への階段を上つて行く。

「拓殖館で見る躍進日本の姿 情緒懐しい満洲館」(『大阪朝日新聞』広島版B、1935年、4月5日、5頁)

開け行く桜花とともに呉博の人気も日増しに増して行く、第一会場内における見物人も人の波に押されながらその驚きと喜びはつきないがさて会場内の約四分の一をざつと見終わつて今日は拓殖からスタートを切つて行かう。
 
ここ拓殖館 
延び行く呉市国防産業博にも相応しく現代日本の躍進がいかに全世界に反映しているか、日の丸国旗を輝かす雄図を集めたもので、海外に雄飛する日本民族の大きな足跡を偲ぶに十分である。挙げれば蘭領インド、英領インド、ボルネオ、シャム、英領馬来連邦、フイリツピン、仏領インド支那、ペルシヤ、トルコ、ブラジル、ハワイ、南洋諸島、北米、南米、カナダなど日章旗の翻る下、世界を耕すわが移住者の生活現況を網羅しているほか、各国の珍奇な特産物等々が実物および絵図、写真などによつて出品されている。ペルー国の神秘を物語る「姫婦のミイラ」また得難いものの一つで
 
続いて満洲館に入る。
満洲服姿の美女の案内で新興満洲意気溌剌として東洋建築の得意の生彩を放つ、楼門を入れば同国の表玄関、大連埠頭および撫順炭坑の大模型を初め満洲風物は巧に展開されている、特に満洲国政府、満鉄、関東庁などが力瘤を入れているだけあつて新興満洲国の全貌は遺憾なく展観され、喫茶部は瀟洒に観覧客を待ち受け満洲服に情緒あふるるサーヴィス・ガールがなつかしい満洲情景を描き出しているのも誠に好ましい風情である。これで台湾、朝鮮、満洲の三特設館も観覧したので池畔に出て
 
呉線記念館に入る。
呉線各町村の名産、風物、旧蹟その他のパノラマ館で郷土色豊かに桜花の下を潜つてこの辺から陸橋を渡つて会場を俯瞰しながら梅林へ歩を進めると高台の閑静な一角を占めて教育館の高塔がそびえている。
 
ここ教育館は
光輝ある国史や非常時に相応しい誠忠遺訓、児童情操教育、日本精神の顕揚の場面などを蒐集して、まづパノラマは花咲爺、桃太郎の凱旋、乃木、東郷両将軍武勇伝などを何れも電動装置で巧に展開、また呼物の六段返しは楠公の父子桜井の駅訣別、一太郎ヤアーイ、佐久間艇長、世界に誇る呉軍港、爆弾三勇士、満洲の黎明などがあり、また現代文化の産物人造人間が舞台に現れて科学万能を誇り興味ある予言を放つて幕間の興味を添えるなど児童の教育として一度は見逃し難く非常な人気を博して押すな押すなの盛況に別れを偲んで出れば
 
体育館である。
スポーツ都市呉市の体育団体の活躍振りを展示した模型などを陳列、呉港中学所持の全国中等野球大会大優勝旗を始め各種大会優勝旗、全国中等学校優勝野球大会参加記念メダルなどの記念品を網羅し、また美しい絵画の『自動転換広告機』と人の寿命を予知する『平均余命表示機』。男、女用2台を観覧者に自由に使用せしめて悲喜交々の人生縮図を描いているがこれに続いて
 
農林、水産館
農林省その他が指導して力を入れているだけにすばらしいもので農林、水産に関する成績品写真、図表、模型標本その他参考品が多数集められている、さらに陸橋を渡つて本会場へ戻る。ここが永久施設を誇る野外広場の前だ。同博の招いた演芸(万歳、奇術、曲芸、浪花節等々)舞踊もあればカフエ女給のレビュー、なほ3日からの夜間開場中は日本舞踊、剣舞、琵琶、浄瑠璃、尺八などの素人演芸の夕が続けられ桜花とともに歓喜は尽きない。かくて別府温泉館の円筒を右にして世界的冒険ハイ・ダイビング曲芸団の前に出てその妙技に引きつけられて行く。

「猟奇百パーセント 真珠採取の実演 見物の疲れ休める余興」(『大阪朝日新聞』広島版B、1935年、4月6日、5頁)

呉博第一会場も正面突き当りの産業本館から右へ廻つて郷土産業館から台湾、朝鮮、満洲の各特設館を経て奥まつた教育館から農林水産館を見物、野外劇場前に出で万歳、奇術、曲芸、女給手踊り等に見物の疲れをやすめて、さて進路は産業本館前からと同館裏手からの二筋に別れる、だがまだ見ぬ別府温泉館の円塔を右にし桜の花をくぐつて遊歩数刻、戦死者忠魂碑の広場では同博覧会が巨費を投じて外遊中を招聘した世界的冒険ハイダイビング曲芸団が120尺の高塔を青空に輝かして観覧者の好奇心を矢鱈に沸き立たせている
 
30銭の入場料を惜しげもなく投げ出して入つて見る、場内は只今余興の奇術、レビューの真最中、それに3日目から軍用適補犬普及の学者犬トミー君の
お目見え だ。尋常科4、5程度の修身、地理、歴史、算術等観客から発せられる自由の質問に対し見事にお答えする等感心だなあ!偉いもんだなあ!を口ずさんでいるうち呼び物のリンゲンス夫妻のハイダイビングは準備が進められて行く。「あんな高い所からほんまに飛ぶぢやろか」観覧者はただ高塔を見上げて感嘆詞を連発する。かくする中純白の海水着に身を固めた御両人凱旋将軍のそれの如く高塔を一段一段上つて所定の位置につく。雨は一向に差し支えないが風が何よりの禁物とある。緊張数秒にして夫妻の意気は投合した。夫人は50尺の中段からフオームも見事に直径2間、深さ6尺のタンクの中へ飛沫を掲げておどり込み期せずして起る拍手に迎えられて、
夫君の妙技 を待つ。タンクの周囲に建てられた槍に引つかかつたら最後だなあと余計な心配をも御尤もながらリンゲンス君はただ四囲の状況に無念無想の境地に入つていると見る間にその巨体は後向きのまま宙に浮いた。飛行機ではない宙返も鮮かに直立不動の姿勢でタンクの中の人となる。実に人間業もここに至るかな!とホツと場外に出れば附近にはサークルリング、メリーゴーラウンド等があり兵隊さんの銃列にまづ子供の楽園、子供の国に子を持つとして離れ難い所だ。国防気分をあしらつた遊具で非常時の坊ちやん嬢ちやんには大歓迎、しばし子供の気分を満喫して海女館に足を入れる。
 
場内正面に は奥行2間口4間深さ1丈5尺の硝子の水槽で本場から招いた海女が紅の下半身と白の水着の上半身をなびかせて浮きつ沈みつ真珠採取の実演をやるという猟奇百パーセントのもの。紅の下着は海中における猛魚の襲来を防ぐためとは説明者の説明でなるほどとうなづかれる。場内では真珠の即売もあり相当の売れ行きを示している。
 
ここを出る と軍需工業別館に続いて軍需工業館だ。別館には主として機械類を近代日本の工業界を代表するものは悉く集められ我が国防の堅陣はかくして築かれて行く。それに工業館は軍艦色で塗られた建物からして非常時の気分が横溢し全国二百有余の大興城から兵器、機械、器具等々軍需品のありとあらゆるものは網羅されており右両館によつて
躍進日本の工業界は完全にその全貌を表現している。

「花と競う名妓や乙女の踊り 疲れ休める演芸館」(『大阪朝日新聞』広島版B、1935年4月7日、13頁)

呉博第一会場内の各出品館も本見物記第4日目の軍需工業館を以て大体見終り我が団体産業の全貌と昭和10年の非常時突破を意義づける各施設に接して今更ながらその広大な規模と各種余興の喜びに
尽きぬ愛着を 感じながら産業本館前広場に出る。御前8時の入場から次から次へ展開する美と力の表現に朗春の半日は知らず知らずに過ぎ腹加減も絶好のコンディションだと右を見れば協賛会直営の大食堂が大きな口を開けて待つている。吸い込まれるやうに味覚のトリコとなる。
 
ここ協賛会ご自慢の大食堂はその華麗広壮入場者に唯一の慰安所たりお昼時とあつてどのテーブルも満員。人の波を縫うてやつと空のテーブル見出し腰を卸す。二河河畔に臨む清浄な眺望すぐれた地帯を占め500名を収容する大設備があり特に
団体客の便宜 を計り500人までは短時間で弁当などの需めに応ずるなど非常な好評を博している。腹も出来て万事OK、階段を降りるとおでん屋やブラジルコーヒー店各種土産品店などの軒並を過ぎれば同じく協賛会肝煎りの大演芸館に疲れを休めて数時間を楽しむことが出来る
 
呉券名妓羽田歌劇などの新作、軍港踊り、呉踊り、国防博踊り等の発表、演舞手踊り、レヴュー等々、桜花と共に妍麗目をあざむく華麗優美な諸演芸に魅せられて非常時の
春を謳歌するが 幕間を借りてプログラムを一席御紹介におよべば

呉券番は会期終了の5月10日までは偶数日毎日2回出演(夜間開場1回)浄瑠璃、三味線も賑やかに常磐津「京人形」をトツプに「過ぐる巨匠 左甚五郎が吉原葛城太夫の道中を見て恍惚として心迷いその姿を自ら人形に作りて眺むるうち眩惑的精神的作用により種々の活動をする所作事」その円熟した妙技も花の国防産業博に相応しく、続いて長唄「雛鶴三番叟」新曲「呉航空隊」「二河公園」「灰が峰」「呉軍港」に「落ちざれば人こそいはぬ雌雄の瀧、添うて流るる二河川奇しき巌やみどり松……」と歌う声色も香しく、更に長唄草摺曳」常磐津「釣女」に興味は尽きない。

△羽田歌劇は5月9日まで奇数日毎日2回出演(夜間開場1回)で第一部(1)赤城の呉踊り、(2)子守唄、(3)僕の青春外四景にそのステツプも軽やかに花と競ひ第二部(1)夢の南国、(2)小唄、(3)宮島詣りほか7景など紫春花をあざむく
絢爛の大舞台 蓋し羽田が誇る春の超豪華版ではある。
 
なほ呉商工会議所では、同博覧会来観の商工関係の人達に対し極めて簡便に商工業の各種の問合せに応ずるとともにこの機会を利用して広く生産品を紹介し販路の拡張普及に努め商取引の斡旋仲介をなすため第一会場内へ商談所を設置しているほか同博並びに協賛会両事務局、場内売店、市金庫、郵便局、各出張所、鉄道案内所、大阪商船出張所、憲兵詰所、警官詰所、消防詰所、救護所、場内電話など
至れり尽せり の設備を以て入場者の必要に備えているがこれで第一会場の見物も終わつたわけだ。再び中央に光る白亜の噴水塔を後にして正門を出れば5銭でバスの人となつて数分(徒歩でも約20分)で川原石海軍埋立地の第二会場へ着く。

「一巡、忽ち知る 国防作戦の全貌 さすが軍国の春朗らか」(『大阪朝日新聞』広島版B、1935年、4月9日、13頁)

第一会場の見物を終つて電車にバスに揺られ揺られて川原石終点へ。第二会場前!第二会場前!と朗かな車掌さんの声に下車すれば人、人、人が続々会場へ流れ込んでいる。ここ第二会場は軍港に臨む川原石海岸の海軍用地を占め軍艦の巨大な錨を象つた正門をくぐれば
大広告塔を中央の 広場に囲んで陸軍館、航空館、水族館、軍事記念館、日本製鉄館が何れも国防色豊かに一望に広げている。
 
先づ陸軍館に足を進めて見よう。陸軍館は猛威を振う戦場の怪物タンクを模した建築、陸軍関係の絶大な後援のもとに近代的な立体夜戦に備える精巧優秀な兵器軍需品或は戦術模型、絵画、写真、参考品などを第五師団司令部、運輸部、兵器、被服、糧秣各支廠から出品、陣地の偉大さと新戦場の凄壮さを思わせ続いて最新式飛行模型が飛び、数個の
爆弾を電気装置で 入場者に随意投下実演させ更に進むと科学的に合理化された近代夜戦の機構を如実に示す実用の野戦用井戸堀機或は沸水用庫が実演されて入場者に湯茶の饗応があり満洲の荒野における我が軍の活躍を偲ばせ新戦場を彷彿たらしめるものがある
 
陸軍館と棟続きに航空館、入口近く裸の戦闘機が発動機を盛んに運転し、機関銃弾がプロペラーの間を潜つて飛出す同調装置の実演は頗る興味深い、更に機関銃射撃の実況、練習機、戦闘機、爆撃機飛行艇などの各種模型爆弾の威力を示す最新式電動装置の威力を示す最新式電動装置の模型等々に関する
機械文明の粋を集 めて展覧するところの1館だけで一躍飛行通となつたころお隣の海軍館に向かう
 
海軍館は我が国防の心臓部ともいうべき東洋一を誇る呉軍港の膝元という地の利と呉鎮守府の絶大なる後援によりすべてが大規模、今まで見ることの出来なかつた我が海軍の最新兵器、軍需品が何れも立体的解釈によつて人々の興味を集めている。軍艦旗と錨鎖で飾つた
巨弾並列の門を入 れば長さ5間半艦内の機構が明瞭に判る戦艦「金剛」の銃弾模型に先づ一驚、呉工廠造船部出品の観測度で運転されている各種軍艦大模型が先づ観覧者の目を奪う
 
呉海兵団兵隊さんの手になる玄人はだしの「海兵団生活」十景を過ぎて奥に突き当たればネオンサイン応用「太平洋作戦」六段返しで非常時国防の片鱗を見せる。各種燃料模型、練炭製造模型などに科学万能を謳歌して進めば製鋼部出品のスチーム製作に関する燃える模型に更に1日2回づつ科学の尖端、液体空気の実演を見せているのは珍しい、7トン半の砲塔模型は本物とも変らない、各種潜水艦模型殊にグロテスクな
深海潜水器で 興味を呼び 無線点灯装置、潜水艦の無線装置、その他ラジオ応用の各種実演の外入場者に随意実演を許される大砲の電気応用発射などで海軍の偉大さをますます発揮している。
 
更に汽缶、機械類など海軍知識の宝庫を過ぎると広工廠出品大空を背景とした高等飛行の大模型が電気仕掛けで盛んに飛翔している。かくて方位盤射撃模型、雷撃模型などの驚くべき海軍力に接して今度は約9尺位地下室に下る。不思議な装置の電気提燈を持つて神秘を語る魔のトンネルに1時を過ごし再び地上に出て種々の灯火管制方法を学び
軍縮問題早わかり」 という時局問題を立体的18場面に表したモデオラマがあつて現下の趨勢を知り更に左に進めば佐世保鎮守府特別出品の「入団から准士官になるまで」の海軍生活を丗五場面に表したモデオラマ、更に出口に近く軍需品が人々の目をそばだたせ、最後に40余坪という広大な「近代海戦模型」が据えられ近代海洋戦の戦闘場面を電気を応用してあらゆる陣型に動かし海洋作戦の実際を教えられ近代我が海防作戦の全貌に接し非常時突破の意気ひしひしと迫るものがある。

「非常時の味覚―珍らしい国防食 魚軍の鬼門・水中爆破」(『大阪朝日新聞』広島版B、1935年4月10日、5頁)

第二会場陸軍館から航空館、海軍館をまづ見終つて海軍館の出口を井で中央広場の休憩所で暫らく休んでさて川原石港から軍港内に添うた沿岸部の方を先に廻つて見よう―海軍館を出ると間もなく西側に隣接して糧友会主催の国防食堂では広島糧秣支廠の指導により
国防食を提供して いるが地方人にとつては誠に珍しい陸軍食を試食するのもまた一興、このあたりに一基のお地蔵さんが祀られている。これは去る上海事変に砲煙弾雨の猛射を浴びせる敵弾を潜つて突撃する我が勇敢なる海軍陸戦隊を護つて一弾の敵弾をも受けず奇瑞に富むその功徳を礼賛して時の植松上海陸戦隊司令官が弾除け大師と名付け海軍省軍事普及部に奉安されたものを呉海軍人事部の好意により移奉してその奇特と霊顕を偲ぶ、一銭で「弾除けお守」もあり香煙しきりにゆらいで参詣者は絶えず、我が戦史にひそむ珍しいもの、かくて40余小間の売店に心引かれながらラジオ電器館の前に出る。
 
ラジオ電器館では 無線で物をいうロボツトに誘われJOFK出品の科学的な百年後のラジオ都市野球場から家庭に至るまでの実況放送経路等の大模型を初め各種の動的模型が多数あり奇声を発するダルマさんや美しいお堂の大釈迦様等お子さん向きのものも沢山集められている。このあたり各地土産品を即売する国産館、世界一周館等を過ぎて国防戦史パノラマ館に入る。満洲上海事変など各戦役事変を15場面にてんかいし説明者の詳しい案内でなるほどとうなづかれるがこの外に
 
大科学戦未来戦な ど輝く我が皇軍の戦勝史をよく蒐集している。ここを出て広場の中央には直径10余間の「太平洋におけるアメリカ艦隊の輪形陣航行」大模型がありその特異とする艦隊戦術を解剖している。
 
この辺から見渡すところ呉軍港は目のあたり、目下連合艦隊戦技訓練のため艦隊所属の各艦隊が出動中でやや寂寥の感を禁じ得ないがそれでも呉防備、警備両戦隊各艦船が静かに錨を降して乗組員の艦内作業も忙しい、軍港とともに建艦技術を東洋否世界に誇る
大呉工廠の遠望は 非常時突破の強い力と我が国防の確固たる意気を入場者の一人一人の胸にひしひしと感じさせずには置かない。しかして来る24日我が無敵連合艦隊第一艦隊30余隻の艨艟は非常時訓練の翼を休めて入港、ここ呉湾頭にその勇姿を横たへることとなり、国防博とともにその盛観は刮目して待つべきものがあろう
 
さてかく我が海防の堅陣に接して見とれている中に第二会場内呼び物の軍事実演だ。岸壁は十重、二十重の人垣、魚雷発射の開始、海軍軍人の手によつて打ち方用意は整つた。発射合図とともに右方に浮かぶ桟橋から巨大な魚雷は
敵艦目がけて海中 に躍り込む。続いて水中爆破だ!海底に沈下し爆弾に電流を通ずれば会場十数尺に飛沫をあげて爆発。最初は附近の魚類が数知れず白い腹を上にして浮上がったが実演回数の進むにつれこのごろでは魚類軍にもこの危機区域の信号が通じてか一向にその影が見えないとか
 
なほ同岸壁には我が国防の第一線に活躍する呂号第53潜水艦が繋留され自由に拝観が許されている。この拝観を終わると更に便船を得て巡洋艦矢矧見学と出かけるが地方人に取つてはまたとない
海の知識の普及の好 機で見学者は引きも切らず一廉の海軍通になり済まして元の第二会場へ戻つて来る。
 
なほ同会場の水雷爆破および魚雷発射は平日は1日3回、日曜祭日は4回ずつ実施される。

「本場の鵜飼実演 軍事記念館の貴重な宝物 思わず襟を正す厳粛さ」(『大阪朝日新聞』広島版B、1935年4月11日、13頁)

魚雷発射に水中爆破に或は軍艦、潜水艦の見学等で非常時我が海防の力強さに接し1時間余を費やして一人前の海軍通になつたやう、見学艦の舷梯から
便船に移されて 再び第二会場へ戻つて来る。相変わらず場内は人の渦、簡易食堂で軽い腹拵えに暫しを楽しんでもと来た道筋を引き返して発明実演館を窺いて見る
 
各種の小発明館をその場で実演し安価で発売し博覧会の唯一の記念品として土産に持ち帰る客で館内通路は塞がれなかなか出られない。やつとここを出るとまた軒並に数十軒の出張売店を右にしながら全国水産食品即売品評会場では全国から集まつた珍しい水産食品を廉価に即売、試食もさせている。
 
続いて水族館に入れば入口正面の瀑布には緋鯉、真鯉が無数に踊つて勢づけ海獣地では愛嬌者のアザラシが坊ちゃん嬢ちゃん方に
餌をねだつてい る。一方淡水槽には珍しいギヤング魚ハリ魚、山椒魚等お馴染の鱒、鮭等30余種類数百匹に及ぶ川魚がとりどりな姿で泳いでいるほか奥まつた大池には真物の舟が浮び岐阜の鵜匠が出張して鵜飼の実況を見せ鵜の敏捷なその活躍振りは鵜飼に縁の少ない地方人にとつてはまた珍しい情景の一つだ。また鹹水槽には恐ろしい鮫を初め、珍魚、怪魚があり南洋深海に棲む長さ6、7尺の海蛇に似た怪物が蠢いている。
 
こんどは精神的なものを訪ねて軍事記念館へ。ここには数々の貴重なる宝物、記念品が奉陳されて先づ入場者の襟をたださしめる
郷土広島県が生 んだ偉人故加藤友三郎元帥の勲功を語る各種勲章、勲記、元帥刀、元帥制服、或は元帥の研究された航路表等が飾られ更に進めば日清戦役とその以前、日清戦争から日露大戦まで、日露大戦以後、満洲上海事変までにそれぞれ区別して戦役の記念品が多数陳列され当時の凄絶な実況を忍ばせている。
 
また軍神乃木将軍自刃の間及び東郷元帥の居間と臨終の間を実物そのままに移し東郷元帥家から出品された質素な遺愛品の数々が置かれている。軍神広瀬橘両中佐の遺品も軍神室に陳列。上海事変
悲壮な最期を遂 げた白川大将。美保関事変の責任を一身に負うて自刃した水城大佐或は草刈少佐らの遺品が出品され殊に旅順閉塞隊に関する記念品で今まで世に知られなかつた下士官兵方面からの蒐集品も多数ありさすがに軍港地の博覧会だとうなづかされる
 
また北満の地に「日本人ここにあり」と叫んだ義人村上粂太郎氏の血染の支那服その他生々しい義人を物語る貴重なものが観覧者を感激させている。かくて出口に近い日本製鉄館は「護るも攻むるも鋼鉄の」

非常時日本を背負う軍艦を作り或は各種大砲その他の兵器を作り出す鋼鉄の原料から精製されるまでを絵画で作業実演で或は活動写真で面白く見せ溶鉱炉をそのまま出す等誠に驚異的なものである。
 
さてこれで前後8回にわたり第一、第二両会場の見物も大体終わつたので昼をあざむく両会場一夜の観覧の楽しみをたどつて見よう。

「春宵 夜ざくらに酒を汲む人の群 雨も物かは昂まる人気」(『大阪朝日新聞』広島版B、1935年4月12日、13頁)

呉市国防と産業博覧会は去月27日の開会式以来皮肉な巡り合せで曇天雨天続きでその成り行きも頗る憂慮されたが予期に反して雨天にも拘わらず1日平均7千人以上の入場者を得て国防と産業博礼賛の声は見る者聞く者をして驚嘆せしめ県外に豪壮華麗の絵巻きを紹介しているが、同博の昼の喜びの感触も遺憾なく味わつたので去る3日から17日まで開かれている夜間開場に際し桜花とともに昼を欺く第一会場の夜の歓楽に浸つてその朗味を満喫して見よう。
 
夕食後の漫歩に1日の労務の疲れを休めて足を第一会場に運べば場外に小屋掛けのサーカス団やその他の興行場ではそれぞれの演技を朗かな楽隊の音に合せて盛んにお客を呼んでいる。また春の宵を楽しむ情景の一つだ。夜間入場料10銭を投げ出してネオン・サインに輝く正門を潜つて広場に出れば白亜の噴水塔は輝かしい電気説明の光を受けてくつきりと浮かび上がり正面の産業本館をはじめ各館の姿は昼見る偉容にまた一段の趣を添えて公園の全面を光の殿堂たらしめている。西灘の称ある呉市の銘酒と弁当を両手に右に廻れば観光館が、夜間唯一の開館で前60余景のモデオラマにまず朗春の宵の序幕を楽しみ三呉線開通記念館を一巡して桜伝いに野外劇場前に出れば呉券芸者の手踊り舞踊の真最中、暫しその妙技に見とれる。この辺り桜花の下に酒を温める酔客の団楽も同博になくてはならない魅惑の一場面ではある。かくて野外劇場の賑わいに尽きぬ別れを惜しんで樹立を縫うてリンゲンス演舞に向かう。世界的ハイ・ダイビング曲技の120尺の高塔は青空高く聳え特に夜間1回の実演を公開して人間業とも思われないその離れ業は昼には見られない美と壮烈の表現だ。
 
それより閉鎖された子供の国、海女館、軍需工業館を経て再び産業本館前に出ると右手の協賛会大食堂の味覚に引きつけられ二河川添の一隅にテーブルを囲んでまた一しきり会場内の夜景に見惚れざるを得ない。最後にお馴染みの演芸館が呉券美技と羽田歌劇一座とが交替に日本舞踊に、手踊りに、歌劇に春の一夜を踊り抜いて観客の御機嫌を伺つている。
 
さて午後10時の閉場時間も間近だ。まだ桜の下で売店で花にたわむれる人の声が光を伝わつて聞こえている(終り)