「恋情慕情による倫理観の破壊」という物語構造について

主人公とヒロインの関係性は様々な表現パターンがあり、その一つに「指導的立ち位置」(指導者-被指導者)といったものがあります。知識や技術の伝授を媒介にすることで二人の間に深い関係性が生じ、その過程において様々な感情が芽生えるのです。当然そこにはモラルが存在し、社会的責任や倫理によって直接的に結ばれることはなく、イノセントでなければならないという制約があります。しかし、だからこそ、その障害を打ち破るというドラマを描くことができるのです。壁が高い方が燃え、火に油を注ぐ結果となります。ヒロインの恋情慕情により、関係性の深化を拒んでいた主人公の倫理観が破壊されていく展開はカタルシスを産む表現技法と言えましょう。(近年流行しているウマ娘怪文書においてもトレーナーと学生という関係性の中から様々なテキストが生み出されています。ウマ娘は本質的には人間であるトレーナーよりも身体能力が高く、力こそパワーで責められたら抵抗できないところに面白みを孕んでいます)

この「恋情慕情による倫理観の破壊」は古来より見られるパターンですが、最近でも何作か連続で見かけることがありました。そのため個人的に割と好きな作品も含めて、備忘録代わりに記しておきたいと思います。

【目次】

小宮裕太「春朧」(2015)

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達観した細身の物理教員と渋谷凛系の黒髪クールの話。時間軸は卒業間近の所から始まります。物理の質問をするために度々準備室を訪れていた黒髪クールちゃん。この時も入試が終わっているのに、物理の質問を教わりに来ます。勿論目当ては物理教員なのですが、彼からはよっぽど物理が好きなんだなぁと勘違いされることしきり。この作品は竿役である物理教員も(年齢的にはおっさんだせど)とてもかわいい。ヒロインよりもかわいい感すらある。黒髪クールに好意を向けられるも自分は女性に需要があるタイプではないと割り切って達観しているところも心惹かれますね。そんな難攻不落な物理教員と関係性を深めるため、黒髪クールヒロインが必死にクーデレ的アプローチをする所が今作の最大の魅力となっています。ヒロインの一押しポイントは「そういうのじゃない」という台詞に込められた、その思い。バレンタインでチョコをあげても気を遣わせちゃったねと流され、好意を伝えても僕も好きだよ(likeの方の意)と返されてしまうのです。その度ごとに顔を赤らめながら「そういうのじゃない」と羞恥や不満を含んだ表情を浮かべる描写は一見の価値アリです。おススメ。卒業式の日、物理教員は同僚たちと打ち上げに出てほろ酔い気分となるのですが、黒髪クールに帰り待ちをされていました。卒業したからいいんじゃないとの言葉に釣られて部屋に上げたのが運の尽き。黒髪クールちゃんはついに行動にでて、物理教員は落とされてしまうのでした。この後、後日談(春和景明)と前日譚(春日影)の2本があるのですが、2015年以降ある時を境に小宮裕太先生は劣化してしまうので、ちょっと悲しい。春日影の時には大分持ち直してきていますけどね。一体何があったのか。

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比村奇石「前髪ちゃん編」(2017年8月11日C92一日目)

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メカクレヒロイン前髪ちゃんが高校3年間を通して自分の気持ちを拒否したセンセを振り向かせようとする話。作者により属性てんこ盛りにされたという最強ヒロイン前髪ちゃん。おそらくこれまで順風満帆な人生を歩んできたのでしょうが、15歳の時に初めての挫折が訪れます。なんと惚れたセンセに告白しても落とせなかったのです。社会的責任と教職倫理の前にNoを突きつけられる前髪ちゃんは、それ以来、自分を振ったセンセを落とすために邁進していくのであった!という展開。テニス部のエースとなり学業も優秀、生徒会長に上り詰め全校生徒からの支持を取り付け、教員達の信頼も勝ち取ります。こうして自分のブランド力を高めた前髪ちゃんはことある毎に準備室を訪れアプローチを仕掛け、センセを落としにかかります。日常の学校生活では露骨な悪態をつきながらも、準備室ではデレるという二面性。さらには自分の価値を前面に押し出し、それが他者に取られてしまうぞ!と限定感と喪失意識を煽り立てます。ハイスペックな同級生に告られたことを報告しながらどうして欲しい?と投げかけるシーンはまさに圧巻。椅子に座る教員の背後を取り上を向かせて目を合わせつつ前髪でこしょこしょと顔をこするシーンは屈指の表現となっています。退出後、前髪ちゃんの処女喪失のシーンを想像してしまいうなだれる教員ですが、勿論バッチリと覗かれており、それに気づいた際に「ニタァ~」とされる場面はグッときます。ネチャネチャ感満載。それでもセンセは最後まで貞操を守り抜き、卒業式でもフラグを圧し折り。前髪ちゃんは、もういいかな諦めたと言い感謝の言葉を述べつつも、涙を浮かべながら去って行ったのでした(ここのとこだけセンセが先生になるのも良いよね)。そんな前髪ちゃんビターエンド(完)を眺めつつも最後の最後で逆転ホームランが待っています。前髪ちゃんは、卒業式の際には3月31日まで高校生だからという理由で拒絶されたのですが……日付が変わり4月1日になった0時ジャストにセンセのおうちにやってきます。そしてエイプリルフールであることを有効活用し、涙を浮かべながら「ウソ」でもいいから「ホント」の気持ちを聞かせて欲しいと懇願するのです。これにはセンセもノックアウト。ようやく前髪ちゃんの気持ちを受け入れるのですが……。なんとこの前髪ちゃんの行動は全て仕組まれたものでした。演技。なんと見せられたスマホの時刻は進められており、まだ3月31日の深夜だったのです。高校生のうちに先生を落とすという前髪ちゃんの野望は今ここに達成されたのであった!というオチになります。
 
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雲呑めお「レンアイ化学式」(2021)

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春朧や前髪ちゃんが高校卒業後に関係を持ったのに対し、在学中に落とされてしまうパターン。この話は化学の教員。ヒロインはこれまた渋谷凛系統の黒髪クール系統なのですが、ピアスやら靴下やらでやや白ギャル属性より。「恋情慕情による倫理観の破壊」作品に必要なヒロインの好意が拒絶されるシーンもいい味だしていてグッとくる展開です。1頁目から諦めてくれと導入が入り、なんで俺なんかに執着するんだ、成績も良いんだから台なしにするなのコンボが決まります。これに対して、伏し目がちになりながら勉強は先生のためにやってるだけと返す表情が大変素晴らしいものになっています。さらに背中を向けられ付き合うのは無理だと結論づけられてしまうのですが、次のコマが秀逸。憂いを帯びつつも実力行使にでることを決心したかのような表情は、台詞なくてもここまで表現できるのか!?と感心すること仕切りです。この黒髪白ギャルには参謀ギャルがついており、行為を拒めないところに追い詰められてしまいます。短いながらも、JKが教員に惚れることになったきっかけがちゃんと描かれており、これがキャラに対する愛着を増す手段にもなっています。そしてヒロインはJKであることを武器に教員を落とそうとするのですが……教員からJKという属性じゃなくてヒロイン個人だからと返され、その時に浮かべる表情はまさにトゥンク!表情の描き方が大変巧みのワザマエ。事後の描写も大変素晴らしく、二人が身支度を整えるがステキ。ヒロインにすまないと謝る化学教員が、ついに好意を受け入れ、責任を取る、卒業までは待っててくれとデレるシーンが良いですね。教員からついにデレた言葉を貰った時のJKのなんと嬉しそうな顔よ。一つ一つのコマの表情変化を見るだけでも楽しい作品です。
 
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2no.「秘密の保健室」(2021)

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教員(養護教諭)の退職を聞かされ身体で落としてしまおうとするパターン。ヒロインは黒髪清純派系統。主人公竿役は養護教諭であり、ヒロインは構って欲しくて保健室を度々訪れていました。貞操の危機を感じた主人公は過ちを犯す前に退職を決意。それを知らされたヒロインは関係性を続ける為に実力行使にでるという展開です。最初は主人公の反応を見るのが楽しくてアプローチをしかけていたけれども、次第に情が深まっていき、ホントウに好きになっていたという類型です。ヒロインが実力行使を取るという流れは、お約束的テンプレですが、本作は二つの点で味変が待っています。一つ目は分からせプレイ。途中から竿役が主導権を握り、今までの構ってちゃん的アプローチを謝罪させ、最初はからかい気分であったことを白状させ、謝罪させた挙句、今はホントウに好きと言わせる場面が待っています。さらに髪が邪魔にならないようにとポニテにするので、黒髪ロングストレートとポニテと2種類味わうことができるのもすこぶるいいですね。(まぁ最終的にヒロインが主導権を握り返し、出した後敏感になっているところを攻めまくります)。最終的に竿役は退職するので、これからは隠れなくてもできるよねと関係性はこれからも続いていくよとハッピーエンド。事情を知らないクラスメイトから養護教諭が退職することを心配された時には"先生"との思い出はもう十分と勝利の笑みを浮かべます。ラストの、「ついでに白衣のボタン貰っといた」とかいうデフォルメ絵も味わい深いものがあります。
 
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