倫理 西洋思想【13】現代社会における理性の問題(生命への畏敬/構造主義/精神分析/フランクフルト学派/分析哲学)

0.今回学ぶこと

  • 現代における理性の問題
    • 理性の力により成立した近代市民社会は経済繁栄と科学技術の恩恵を享受したが、二つの大戦により、理性に従って動いてきた近代国家どうしの対立が悲惨な事態を招いた。理性の産物である科学技術によって環境破壊が引き起こされ人間の生命も深刻な影響を受けている。生命への畏敬の念が薄れ、科学による生命操作が進展している。
    • 理性や科学は万能なものではなく、それを見直す必要がある。ここでは理性主義を見直すために、生命への畏敬、構造主義精神分析フランクフルト学派分析哲学を学習する。

【目次】

1.生命への畏敬

1-1.シュヴァイツァー『水と原生林のはざまで』

  • キリスト教的な奉仕の実践者
    • アフリカで医療活動と伝道活動に従事
    • 生命への畏敬を基礎に、自然界のあらゆる生命を尊ぶべきことを説き、反核反戦運動にも従事。
  • 生命への畏敬
    • ⇒生きることと生命あるものすべてを、価値あるものとして尊ぶこと。生命とは、神に通じる神秘的なものであり、生きんとする意志を敬うところに、普遍的な人類愛と倫理の核心がある。
  • 生きようとする意志
    • ⇒すべての命あるものが持っている本質的な意志。シュヴァイツァーは、「自分はいきようとする生命に取り囲まれた、生きようとする生命である」という事実から出発し、この「生きようとする意志」の生命の素朴な肯定を、倫理的な自覚に高め、倫理的責任を負うべきだと説いた。

1-2.ガンディー

  • ☆インド独立の父
    • 非暴力・不服従運動により、イギリスからのインド独立運動を指導。
    • インドの伝統であるアヒンサーなどにもとづき真理を追究
    • ヒンドゥー教イスラーム教が融和した統一インドの独立を主張したが、結局分離独立し、暗殺された。
  • ☆インドの独立運動と宗教的な真理追究の統合
    • 手段
      • ブラフマチャリヤー(「自己浄化」と訳される)
        • 性欲をはじめとして喜怒哀楽など一切の感覚を統制し、真理のみをひたすら探究する心構えを確立すること。晩年のガンディーは毎晩同時に複数の女性と裸体で同衾しており、弟子たちから批判を受けたが、性欲を統制下においた行為だとして批判を退けた。
      • アヒンサー(「不殺生」と訳される)
        • すべての生物を同胞とみなし、肉食禁止・戦争放棄を説く。あらゆる虚偽・不正・不合理を許さず、一切の生けるものへの愛情を実践する。
    • 目標
      • ティーヤグラハ(「真理把持」と訳される)
        • ガンディーの最終目標。真理を把握し、それを社会の中に具現化していく。その手段として要請されるのが、ブラフマチャリヤーとアヒンサーである。

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2.理性主義の見直し

2-1.無意識の領域

(1)フロイトの思想
  • (1)精神分析学の成立
    • 近代の理性主義は、生命体としての人間の「内なる自然」(感情・衝動・本能など)を抑圧し、統制する→人間とは「理性」だけが全てなのか?→「無意識」に着目!!→精神分析学(人間の行動や神経症を、深層心理を解明することによって説明し、治療しようとするフロイトの創始した理論)
  • (2)フロイトと「性の衝動」
    • フロイトは、エス超自我・自我によってココロの全体を説明しようとする。
      • a.エス…生命体を支える原始的で野性的な本能の領域。エスには人間を突き動かすリビドー(性衝動)が渦巻いており、快楽原則に従うように自我に働きかける。
      • b.超自我…両親の教育などによって刻み込まれた社会規範の領域であり、自我を統制し、エスを抑圧する。
      • c.自我…エス超自我の働き、外界からの刺激などを調整する働きを担っている。

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(2)ユングの思想
  • フロイトの弟子であったが2つの点で対立し離反した。
    • a.リビドーについて
      • フロイトはリビドーを性的衝動ととらえたが、ユングは多様のリビドーを想定した。
    • b.無意識について
      • ユングは個人的無意識の背後に個人を超えた集合的無意識を想定した。人類は元型を保有しており、民族を超えて類似する神話などを生み出した。

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2-2.構造主義

(1)構造主義とは何か?
  • 概要
    • ある事象の意味を、それ自体に求めるのではなく、それらの事象を関係づける社会的・文化的なシステム(構造)から理解する思想的な立場。20世紀半ばのフランスではサルトル実存主義が潮流していたが、60年代になると構造主義が台頭していく。
  • Ex.働きアリの法則
    • 働きアリは集団のうち2割ほどが実際には働いていない。この働いていないアリを取り除いても残りのアリの2割は働くのをやめてしまう。このように働きアリを理解するためには、個体をいくら詳細に観察しても駄目で、役割分担を担っている集団を全体の構造(システム)でとらえる必要がある。
  • 構造が個人に先立つ
    • 社会とは理性的存在としての個人の総和なのではない。個人を秩序付ける構造が個人に先立つ。
(2)ソシュール
  • ラングとパロール
    • 構造主義の源流となった構造言語学を唱える。社会的に形成された言語習慣の体系をラングと呼び、それに基づいて成立する個人の発話行為(会話)をパロールと呼んだ。
    • 個人の具体的な発話行為(パロール)は、それらが要素として属する言語体系(ラング)の中で関係づけられることによって意味を持ち、その体系の外では何の意味も持たない。(日本語のラングの中での「りんご」というパロールは英語のラングのなかでは「apple」というパロールであり、何の意味もない。)
(3)レヴィ=ストロース
  • a.野生の思考
    • 未開社会の思考方法。西欧的でない民族社会にも文明社会と同じように構造がある。
      • Ex.レヴィ=ストロースは様々な民族社会の親族・婚姻関係を調査。どの社会の親族関係も「近親相姦を禁止する(インセスト・タブー)」構造になっている。それは何故かというと近親相姦を禁止することで、女性を他のコミュニティと「交換」することができ、これにより様々な外の共同体の文化を自分の共同体に組み入れることが出来る。
  • b.文化相対主義
    • 文明社会と未開社会には大きな違いがあるけれど、それはけっして優劣の差ではないとうする考え方。未開社会の人たちは、西洋人が考えるように無秩序で非合理的な生き方をしているのではなく、非西洋的ではあるが、論理的な規則に従った生き方をしている。
(4)フーコー 主著『言葉と物』、『監獄の誕生』、『狂気の歴史』
  • 規範と服従
    • 近代的な<人間>とは、近代社会の諸制度(権力)を通じて作られた、規範へと服従する主体にすぎない。
      • ⇒権力の構造/権力と知の結びつきを解明すべし
      • ⇒自律的な主体とは実は権力に従う臣下に過ぎず、規範外のものを狂気とする⇒「人間(主体)の死」
  • フーコーの権力論
    • 前近代においては権力者は個人に対して死の権力を用いて社会的な規範を守らせるために死刑などの暴力的手段を取っていた。
    • だが近代以降では生の権力と呼ばれる自立訓練型権力により個人に内面的規範を持たせる。監獄・学校・病院などで規律訓練が行われ、人々に自らを理性的存在だと思わせ、道徳的に自立させる。ここでは非理性的事柄を選別し、狂気として排除する抑圧の構造を持つ。

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2-3.フランクフルト学派

(1)フランクフルト学派とは
  • 概要
    • 1930年代のドイツ・フランクフルトで活動をはじめた思想家グループ。ほぼ全員がユダヤ人。ナチスの迫害を受けた。戦後、既存の社会を支配する思想を批判し、ファシズムの野蛮行為や管理社会における人間の一元的支配を批判した。単に現実社会を説明するだけでなく、根本的に変革することを目指す(批判理論)。
(2)道具的理性

①近代理性:人間を未開状態・野蛮状態・迷妄状態から解放し、人間を世界の支配者へと変える

②人間の内的自然(本能・衝動・感性・感情など)が、不合理・非能率的なものとして排除される

③人間の感性を計算可能・操作可能なものとして扱うようになる

④理性が、いかにしたら巧みな処世と出世が可能になるか思考する単なる道具・手段へと堕落

⑤道具的理性…一定の目的を実現するための手段や道具としての理性。一定の目的に対する手段を判断し、もっとも効率的に目的を達成する方法を計算する。産業社会の利益獲得のためには、ファシズムの侵略政策や核兵器の開発にさえも奉仕する。

(3)フロム
  • 『自由からの闘争』
  • 権威主義的パーソナリティ
    • 上位の他者の権威に盲従しつつも、下位者にみずからへの服従を求める現代人の社会的性格。自分の行動を反省することなく、命令と服従の硬直した人間関係によって行動し、組織の命令で平気で残虐行為や不正を行う。※Cf. アイヒマン裁判
(4)ホルクハイマー&アドルノ啓蒙の弁証法』(共著)
  • 新たな野蛮
    • 人間は外なる自然の威力から解放されたが、人間の感情や欲望などの内なる自然をも抑圧しすぎた。そのため、啓蒙された文明がファシズムや戦争などの反文明的な暴力性となってあらわれ、新たな野蛮として逆戻りしてしまう。

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3.科学観の転換

3-1.分析哲学

(1)分析哲学とは
  • 概要
    • 日常会話や哲学命題を分析し、何を意味しているのかを明らかにすることによって、問題そのものを解消しようとする。
(2)ウィトゲンシュタイン
  • ウィトゲンシュタイン前期『論理哲学論考
    • 写像理論
      • ⇒言語は世界全体を写しだす像である理論。世界は事実の集合体であり、その事実を写しだす言語と事実の間には、一対一の対応関係が成り立つ、とする。
    • 「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」
      • ⇒言葉と現実の事象とは、正しい相応関係を持っているから、神や道徳など現実の事象と対応しないものは、言葉によって論理的に確認することはできない。
  • ウィトゲンシュタイン後期『哲学研究』(遺稿)
    • 言語ゲーム
      • 写像理論を否定。言語は事実を指し示すものではなく、日常生活における人々の交渉の中で機能するものとされる。
      • ⇒会話という言語ゲームの規則は、他者と共有された日常生活に内在しており、我々は会話のゲームをしながら、生活や習慣の中で自然にルールを習得する。言語のルールをとらえようとすることそれ自体が一つのゲームである。

3-2.パラダイム=シフト

  • トマス=クーン
    • 科学の歴史は、連続的な進歩ではなく、対象を考察するパラダイム(理論的な枠組み)の変換によって、科学革命が断続的におこることによって進む、と説いた。
  • Ex.宇宙論の転回 天動説から地動説へ
    • 宇宙論の転回は、人類の知識が連続的に増したことを意味するのではなく、天動説という古い理論的枠組み(パラダイム)が地動説という新しい理論的枠組みへととって代わられた出来事(パラダイム=シフト)。
      • ⇒ヒトはパラダイムの内部で思考するが、従来の枠組みで説明できない事実が確認されると、これを説明するために新たな枠組みが採用されていく。