雑録

極東蘇聯史001 戦間期情勢

(1)ロシア革命とシベリア出兵

(1)-1日蘇関係史の研究
  • 概要
    • 日ソ戦争とは→1945年の戦争を指している
    • 今回は最初なので戦間期の日ソ関係史
    • 戦間期ロシア革命(1917)〜1930年代のはなし
    • 重要な出来事はロシア革命があったのでシベリア出兵に参加したこと
    • 1925年に日ソ国交回復する
  • 小林幸男『日ソ政治外交史』
    • 1925年における日ソ国交樹立と治安維持法の関係を明確化
  • 日本国内の研究者は日本の史料しか見ていない。
    • 語学力の問題など
    • 日本史は日本史でロシア史ではロシア史でというセクト化している
(1)-2.シベリア出兵
  • ロシアは連合国 
  • チェコ軍は同盟国として対露参戦するも、ロシア国内にいたチェコ軍は、ロシアに入り込んだ後にロシアと組んでドイツと戦う
  • シベリア出兵の兵力
    • 当初、アメリカは1万〜1万2000としたが、日本は後に7万3000派兵
    • 最初はロシアが裏切らないようにするため、ドイツを封ずるため、チェコを救出するためにおこなったが・・・ 
    • チェコ軍救出される 目標達成される アメリカはシベリア出兵辞める
  • シベリア出兵の目的
    • 1917年 ロシア革命 → 連合国(英仏日)の出兵
    • チェコ軍救出を目的とした出兵(米)
    • 1920年1月 → コルチャーク政権の崩壊 
    • 米英仏は干渉打ち切り、撤兵 シベリアに軍隊を置く理由がなくなる
  • なぜ日本はシベリアから撤兵しなかったのか?
    • 過激派ボリシェヴィキと接している ウラジオが堕ちて 日本領朝鮮半島が危ない
    • 抗日運動が起きる 抗日運動の武器供給源となる 日本が武器取り締まりをしても簡単に武器が手に入る
    • 朝鮮族は間島で国境を行き来できる特権を持つ。 間島パルチザン
    • ウラジオが共産化 抗日の朝鮮人が暴れまわる だから日本はシベリアから撤兵できない。
  • 革命が成功した後も日本は軍隊を置き続ける
    • ここで事件が起こる!!!
(1)-3.ニコライエフスク事件 尼港事件
  • 1920年3月編
    • パルチザン軍がニコラエフスクを制圧
    • 日本軍とパルチザン軍は休戦するが日本の現地軍は戦いたいので暴走
      • 日本現地軍は戦いたい 日本が勝たないと朝鮮の抗日などに影響してしまう
      • 日本現地軍は強硬だが・・・休戦してしまう。だが、日本現地軍はもう一度戦うと決めている。
      • 日本現地軍はパルチザン軍を宴会(11日)で酔わせて襲撃するが・・・失敗。いざ戦うと劣勢(ソ連の人々は酒に強かった説)
      • 日本軍とパルチザン軍の休戦(3/12) → 小樽からの援軍は間に合わない。(凍ってる)

 

  • 1920年5月編
    • 5月24、25日。パルチザンは退却するがその際に住民、日本人居留民、元兵士を殺害する
  • 日本による北樺太の「保障占領」について
    • 日本軍は北樺太を占領。「保障占領」という。ニコライエフスク事件の報復として占領(1920.5〜1925)
    • シベリアからは撤兵するが、北樺太の占領は続ける 1922年6月24日、日本政府はシベリア撤兵を声明(10月末 徹底完了)

(2)日ソ国交回復

(2)-1.外交交渉
  • まず始まったのが私的な交渉:後藤新平(満鉄のTOPもやるロシア通)・ヨッフェ会談(1923年2月)
    • 私的な交渉と外務省の接触が繰り広げられる。
  • 芳沢謙吉・カラハン会談 
    • ポーツマス条約の効力存続を確認 →基本条約案第6条は新しくソ連から日本に提供(ニコライエフスク事件の賠償的な意味)
      • 基本条約案第6条はソ連における鉱山森林その他の富源の開発に関わる利権を日本に供与するとしている。
(2)-2.北樺太油田の問題
  • 日本案は1907年日露漁業協約の改定・ソ連国内の鉱山(北樺太の石油)、森林の富源開発の利権供与など
  • 北樺太の油性配分は50:50→日ソ基本条約調印(1925年1月) 
    • 鉱区は「市松模様」で日ソ間に配分 碁盤の目にしたうえで市松模様的に配置する
    • ソ連は建国初期なので権益を与えてその開発に一緒に参加し、カネを取る。
  • 北樺太石油株式会社(1926年) 
    • 結論:1920年代は日本側の方が生産が多い しかし途中からソ連も 30年代はソ連が優位に(理由はソ連が日本の活動を妨害しかから)
    • 歴史のif:石油利権を上手く使えていれば太平洋戦争で困ることはなかったかもしれない
(2)-3.露領漁業(北洋漁業)
  • 露領漁業というのはカムチャッカ半島にあって日本企業が缶詰工場を経営している
    • ロシアの沿岸と陸地を使って漁業する   
    • 当初は日本軍が優性
    • 1928年1月 漁業協約改定
  • 露領漁業と北洋漁業の名称の関係
    • 露領漁業から北洋漁業に切りかえている(明らかにした著作 神長英輔『「北洋」の誕生:場と人との物語』成文社、2014)

 

(2)-4.貿易と交流
  • 日本とソ連の貿易 
    • 日本側は入超(1935〜38のみ出超 理由:北満州鉄道の譲渡に対して製品で支払いをしたから)
    • 日ソ貿易は盛んではない ソ連は国が貿易を管理している。

 

  • スパルヴィン ロシア最初の日本研究者

 

まとめ

  • ☆シベリア出兵で問題があったが 利害関係が一致して 有効な関係となった。