雑録

夜のひつじ『年下彼女』製品版 (あざらしそふと)の感想・レビュー

なまいきメスガキ白ギャルJK(遠縁の親戚)にゆるされて、こうていされる話。
幼少の頃から想いを寄せていた少女の執念がついに真面目な主人公を篭絡する。
しゅじんこうが りせいを はかいされて じぶんのよわいところを さらけだす ばめんが みどころ。
ハイデカーのダーザインを踏まえた上で生存の不確かさや不安が抉り出されていく。
関係を持ったあと親戚でもあるヒロインの両親と酒を酌み交わす展開も味わいがある。
惜しむらくは幼少期の回想シーンが無いことと具体的な地名(小樽)を活かせていないところ。
学生時代の主人公が炉利絢音に人生観を変えさせられるとこの回想は是非やって欲しかったものよ。

逢坂絢音のキャラクター表現とフラグ生成過程

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  • 【ポイント①】ヒロインが主人公の理性を破壊して攻略する系統
    • 逢坂絢音は今を時めく小樽の白ギャル。中学時代までは線が細く病弱。そのため親戚の集まりに際して、年下の自分をも軽んずることなく真摯に接してくれる主人公に惚れこんでいくことになります。その執念は物凄いものがあり、執着といっても過言ではありません。しかしながら何かと忙しい教職課程において主人公は親族の集まりにまともに顔を出さなくなっていきます。絢音はいい加減自分の感情と距離をとるべきだと思いかけるのですが、そんなところへ主人公が帰ってきたのでした。東京の方が私立含めて学校いっぱいあるし募集人員も多いし給料高いけど、やっぱり地元で教鞭を執りたいよね。絢音は主人公が自分の在籍する学校に赴任することをしるや否や、その想いが再燃し、積極攻勢を仕掛けていくことになります。理性で教師と生徒の関係を守ろうとする堅物で真面目な主人公を如何にして絢音ちゃんが攻略していくかが、本作のオーソドックスな展開であり、これを見守るだけでも十二分に楽しむことができます。生意気なメスガキである白ギャルのJKの匙加減がとても上手。単なるウザ絡みでなく地頭が良いからこその距離感の味わいが素晴らしい感じに表現されています。
    • また病弱だった絢音の友達に対する姿勢が主人公に影響を与えるエピソードがホッコリくるものとなっています。絢音は体調を崩しがちで学校を休むことも多かったので、クラスメイトと会える機会すら少なかったそうな。それゆえ偶のチャンスを活かすため、ガンガン話しかけていくスタンスを確立していきました。当時の主人公は受身で待ちの姿勢であることが多かったのですが、絢音の話を聞き、自分の対人関係は逃げで甘えだということを痛感することになります。それ以来主人公は興味を惹かれた相手には積極的に話しかける姿勢に変わったのだとか。それを踏まえた上で主人公が山岳部とラグビー部に友達がいたと述べる所を再読すると感慨深いものがあります。
    • このように主人公と絢音の間には、過去に培った絆という土台があるのです。しかし炉利絢音は1ミリも出てこない……。夜のひつじ先生は『オサジュー』という魅力的な作品を書けるくらい幼馴染描写にも優れたライターなので、過去編は入れて欲しかったものよ。皆様も炉利絢音見たかったよね!?

 
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  • 【ポイント②】夜のひつじのコダワリ~ハイデカー・死への存在・ダーザイン(現存在)~
    • 本作の注目すべき事柄として、果たしてあざらしそふとが夜のひつじを使いこなせるのか?ということが下馬評で話題となっていました。それは杞憂に終わり、蓋を開けてみれば夜のひつじテイストがマイルドにながらも存分に感じられました。まずは現存在について。夜のひつじの作品群に通底するものにハイデカーのダーザインの思想があります。ダーザインとは存在とは何かを問うことができる人間です。人間は本質的に死への存在ですが、それを直視するのは辛いため、日常生活においておしゃべりや気晴らしに走ります。しかし死を意識するからこそ存在を問うことができ、実存へと繋がるのです。このダーザインの考え方が顕著に表れている作品が『癒し抜く機械』であり、これは自殺し損ね病院に収容された患者の物語です。自殺を扱った作品はホスピスが自己の尊厳を貫くために死を選ぶ『ナルキッソス』が有名ですが、夜のひつじ作品はそんな尊崇な死ではありません。しかしながら自殺することは今の自分でない自分を探していること、自分の本心と向き合っている事と捉えて積極的な生に転化させるのです。このギミックが『年下彼女』にも援用されており、割と序盤に「退屈」に対する解釈で出てきます。退屈というのは自分と向き合うことであり、あーもー!と全部どうでもよくなった時にこそ、実は本当の自分と出会っているのだと語られていきます。『癒し抜く機械』と同じように、主人公のことを「だーさま」呼びする描写もあり(『癒し抜く機械』の主人公が「だーさま」と呼ばれる)、ハイデカー大好きやろこのライターと突っ込むまでがファンのお約束となっています。

 
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  • 【ポイント③】夜のひつじのコンセプト「しょうじょからのせいぞんのゆるし」
    • 夜のひつじのコンセプトはあざらしそふとでも健在。それは「しょうじょからのせいぞんのゆるし」。なまいきな めすがきから おちょくられる ことで じんせいを こうていされ いきることを ゆるされましょう。本作は一応あざらしそふとの作品なのでイチャラブキャラゲーの皮を被っています。しかしながら迷子教室莉子√や炉利板シリーズのノリがマイルドながらもしっかり出てきます。生きることの根源的な不安を少女から許されるというのが主要概念です。本作は深刻なトラウマや社会での行き詰まりや閉塞感が実際に描かれるわけではありませんが、主人公の肥大化した自我がわりと出て来るので、生きることへの不安が漂います。そんな主人公にゆるしを与え無条件に肯定してくれる存在としてのメスガキ。容赦ない言葉攻めによって主人公の一番弱い所を剥き出しにした上で、ゆるしを与えるところは夜のひつじ先生の真骨頂とも言えるでしょう。「幸せであたたかくして、できるだけぴったりとくっつく。生きることはいつも不安だ。こんなに安心できる夜はきっと一生に数度しかない」や「いいよ、とゆるしてもらえるのはなぜか嬉しい。〔……〕許されて。肯定されて。おまけに背中を後押しされて。」のシーンは破壊力抜群となっています。

 
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  • その他雑感
    • 良かったところは保護者に筋を通しに行く所。幼少期の頃から絢音が主人公に惚れており、しかも遠縁の親戚で身分保障されているので、わりとスンナリ落とし前をつけることができます。この時主人公は親族である絢音の父と酒を酌み交わすことになるのですが、ここの表現がステキ。絢音を貰い受けた際、古来より家族が連綿と続いてきたことや、積み重ねられてきた男女の営みの一つに自分たちがなったと感じるのです。酒によるアルコールのせいかもしれませんが。
    • 入れて欲しかった要素としては、過去編と地域性。まず前者についてですが、なぜ炉利絢音編が無いんだということ。回想シーンでいいから欲しかったものです。一応主人公の人生観が変わったこととして絢音の人間関係構築術のエピソードが入れられていましたが、盆暮れ正月の親族の集まりの際、二人がどんな風に過ごしていたかとか入ってた方が思い入れも深まるというもの。特に夜のひつじ先生は名作である『幼馴染と十年、夏』を手掛けており、その小学校編と中学校編はたいへん素晴らしいので、過去編あったらきっと趣のあるエピソードを読むことができたと思うのです。
    • 入れて欲しかった要素その2は地域性について。本作は具体的な地名として小樽が舞台となっており、温泉回では定山渓に行きます。小樽といったら『北へ。』シリーズや『星空のメモリア』でも出てきて、運河や坂道、ガラス工芸館などが印象深い要素となっています。なのに本作は小樽と言いながら小樽描写少ないっす。地名を明記するならば、その土地を活かしたイベントを用意してくれても罰は当たらんと思ってしまったのでした。寧ろなぜ小樽と明記した?

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名場面 学生時代の主人公が炉利絢音に人生観を変えさせられたエピソード

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夜のひつじ名作選