和田光弘『タバコが語る世界史』2004年 山川出版 世界史リブレット 1-27頁

タバコというモノの歴史

  • タバコの栽培方法
    • タバコの種子は繊細なため、苗床で育て、ついで畑に移植する。
    • 生育にともなって花枝部の切除などをおこない、頃合いをみて幹ごと刈り取る or 下位の葉から順次摘み取って収穫する。
    • 収穫した葉の乾燥はタバコ栽培でもっとも特徴的なプロセス。水分を除去するだけでなく、化学変化によって独特な味と香りを生み出す。
      • 陰干し(空気乾燥、エア・キュアリング):バーレー種
      • 天日干し(サン・キュアリング):オリエント種
      • 直接的な火力乾燥(ファイアー・キュアリング)
      • 循環熱風火力乾燥(フルー・キョウアリング):黄色種
    • 乾燥させた葉タバコをさらに加工して、種々のタバコ製品・商品が作られる
  • タバコの異常性
    • タバコは「新大陸」を起源とし、いわゆる「コロンブスの交換」により、旧世界にもたらされる。タバコが世界中に蔓延している現在、極めて「短い」歴史しか有していない。
    • 世界史の長いタイムスパンで考えれば、大規模な商業ベースでタバコ、とりわけ紙巻タバコが身近にあるという状況は、むしろ異常。
  • 本著の目的
    • タバコの異常な状況を歴史的に相対化する視座を提示すべく、紙巻タバコ普及以前のタバコの多様なあり方に注目し、生産よりも消費の側面において焦点をあててさまざまな史資料やデータを根拠に簡潔に論ずる。
    • 日常の消費行動は従来の史料の範疇ではとらえにくいので、文芸作品を意識的に用いて叙述を具体的にする
  • 身近なモノをつうじて歴史をながめるアプローチ
    • 近年の歴史学のみだけでなく文化人類学とも感心を共有する効果的な接近法
    • シドニー・ミンツは地球規模で広がる嗜好品を構成する三大物質、すなわちニコチン、カフェイン、エタノールなどにとどまらず、麻薬にいたるまで幅広く視野におさめたアプローチの有効性を主張している。

①未知との邂逅

タバコの始まり
  • タバコの植生
    • ナス科タバコ属 計67種(栽培種2種、野生種64種、園芸種1種) 栽培種2種はアンデス原産、野生種のうち43種は南北アメリカ、20種はオーストラリア
    • 栽培種2種の特性
      • ニコティアナ・タバクム:一般にタバコと呼ばれるもの。1-3m以上に育ち、大きな葉をつける多年草、今日世界各地で栽培される
      • ニコティアナ・ルスティカ:背が低く、小さな肉厚な葉をつけ、ごく限られた地域で作られる
    • タバコの祖先種は、大陸移動以前にアメリカ・オーストラリアとなるであろう地域に分布し、移動後に固有の種に分化
    • 大陸移動と気候変動により、タバコ属はヨーロッパ人にとって「未知の地」に封印された
  • アメリカにおけるタバコ消費の起源
    • 7世紀末にはすでにタバコが用いられていた(マヤのパレンケ神殿における「L神」と分類されし老神のレリーフが葉巻・パイプを吸っている)
    • ランダ『ユカタン事物期』において、マヤ人の喫煙が触れられている。
    • タバコの歴史はコロンブス以前と以後で大きく二分される ←ヨーロッパ人との邂逅によりその封印が解かれたから
  • なぜ人類はタバコを栽培してきたのか
    • ニコチンの存在
    • ニコチン:身体に生理的変化をもたらすアルカロイド(植物塩基)で栽培種には多くのニコチンが含まれる
    • 喫煙によるニコチンの吸収速度は非喫煙による摂取形態(噛みタバコや嗅ぎタバコ)より速い。紙巻タバコの場合、パイプ喫煙や葉巻を凌駕し、15-20秒で身体の隅々にまで達する。
    • すみやかに吸収されるアルカロイドの依存性によりタバコが栽培されるようになった。
タバコとの出会い
  • コロンブスの史料とタバコ
    • 今日まで伝わるのは、コロンブスの航海日誌の写本を参照して、ラス・カサスが転記した抄録・摘要
      • 「大海原で、男がただ一人乗る丸木舟に出会った。・・・・・・乾燥した草の葉を2、3枚持っていた。この葉はすでにサン・サルバドール島で贈り物としてわたしに届けてきたことがあり、彼らの間では貴重品にちがいないと考えられる」
      • 「集落を往来する大勢の人々が・・・・・香煙の出る草を持っていることに気付いた」
    • 航海日誌の写本を敷衍して書き上げたラス・カサスの『インディアス史』
      • 「いくつかの枯れ草を、一枚のやはり枯れた葉っぱでくるんだもので・・・・・その筒の一方に火をつけ、反対側から息と一緒にその煙を吸い込むものである。この煙を吸うと・・・・・・体の疲れを感じないという。・・・・・・彼らはタバーコと呼んでいる」
      • 「タバーコを吸う癖のついたエスパーニャ人たちを見かけた。そのようなことをするのは悪癖であると私がなじると、もはや今ではそれを吸うのをやめることは、自分の手におえないのだ、と彼らは答えた。」
先住民の喫煙―葉巻・パイプ・タバコチューブ
  • 葉巻
    • 南米、ブラジルにも見られる。←アンドレ・テヴェ『南極フランス異聞』、ジャン・ド・レリー『ブラジル旅行記
  • パイプ
    • 北米で一般的、儀礼において重視
      • パイプの回し飲みにより約束事が確認される
      • カルメット(平和のパイプ)として知られるこのような儀礼的なパイプによる喫煙は、歌や踊り、物品の交換などを含む儀礼複合体の一部をなす
      • タバコは精霊の糧として互酬的な贈与物と位置づけられ、喫煙をつうじてシャーマンは精霊と交信し、病因を探るなどした
  • タバコチューブ
    • 「葦の茎」で作られ、市場で売られる。
    • ディアス『メキシコ征服記』:アステカ王モクテスマ2世が芳香油と「タバコという草を混ぜ合わせたもの」が詰められた「模様の書かれた筒」の火をつけて喫煙する
    • チューブに詰められたものはイツィエトルでニコティアナ・タバクムと推測されている
    • ピシエトルはニコティアナ・ルスティカと推定され、蛇をも眠らせる「薬草」、「用途の広い草」とされる。
噛みタバコと嗅ぎタバコ―非喫煙方式
  • 喫煙意外の方法
  • タバコを用いる様々な方法
    • 喫煙方式としては葉巻・パイプ・タバコチューブはあり、非喫煙方法としては噛みタバコ・嗅ぎタバコ・虫歯や傷口の治療・飲食・浣腸など
    • アメリカ大陸の北から南まで、農耕をしない部族にもタバコの栽培は広がっており、幻視・医療・儀礼・社交にいたるまで、アメリカ先住民にとってタバコは文化・社会のなかに分かちがたくうめこまれていた。多様な使用法と多様な意味・機能。タバコは決してたんなる作物の一つではなかった。
万能薬の福音
  • タバコはどのようにしてヨーロッパに受け容れられたか
    • タバコの社会的承認
      • ジャン・ニコ:薬草園で栽培、カトリーヌ・ド・メディシスの頭痛を嗅ぎタバコで治す →社会の最上層の承認を得る
      • ニコラス・モナルデス:タバコを医学的に位置づける →あるモノが一つの文化から別の文化へ移植されうるか否かは、受け容れる側の文化において、この新しいモノの意味づけがなされるうるかどうかにかかっている。
  • 医薬としてのタバコ
    • 先住民にとってタバコへのアプローチは相対的なもの。医薬としてのタバコの機能はほかのさまざまな機能と切り離すことはできず。超自然現象をも含む世界観、宇宙観のなかに組み込まれていた。
    • ヨーロッパ人がもっとも感銘を受け、理解しえたのは、医薬、万能薬としての側面。この一種の特殊状態をJ・グットマン曰く「タバコのヨーロッパ化」という。
      • アメリカ先住民と最初に接触して世界中に広める役割を担ったのが、ヨーロッパ人であり、ヨーロッパへのタバコの文化的移転プロセスが成功裏に作動しなければ、そもそも地球規模での連鎖が始動しなかったがゆえに、このタバコのヨーロッパ化は極めて重要な現象。
世界への伝播
  • アジアへの伝播
    • 1575年ごろ、スペイン人がメキシコからフィリピンに持ち込む、ガレオン貿易の一環
      • 16世紀末:葉タバコの栽培、17世紀初頭;「ブンクス」(パイプ以外の手軽な喫煙方法、刻んだタバコをトウモロコシの乾燥葉で巻いて両切にしたもの)の登場、18世紀:両切葉巻の「チェルート」として当地のタバコ文化に組み込まれる、18世紀末:噛みタバコ、18世紀末以降:インドネシアやフィリピンでは、オランダやスペインの植民地政策の影響もあってタバコのプランテーション経営が展開し、今日でも葉巻葉の産地として名高い。
    • 日本への伝播
      • 日本、1600年前後、フィリピン経由
    • イスラム世界
      • トルコ:17世紀初頭、イギリス商人により流入。禁令を出して処刑するも拡大。オリエント種の一大産地となる。
      • イラン:サファヴィー朝、喫煙者を処刑
      • インド:1605年、ムガル帝国アクバル帝に献上される
      • キセル:容器の中に水を浸してマイルドに吸い込む →携帯に向かずコーヒー片手にタバコを嗜む社会的機能を生み出す
    • アフリカ
      • マダガスカル島では1630年代に水キセルの使用が報告、東アフリカへはポルトガルやアラブ商人によって持ち込まれる。マグリブへはイギリス人、フランス人などが伝える。---16世紀末から17世紀初頭にかけて栽培が始まり、西アフリカへは遅くとも1630年代には浸透した
  • 世界中を覆いつくすタバコ
    • タバコの浸透
      • 最初ヨーロッパが手にしたタバコは、17世紀前半までに驚くべきスピードで世界を周航、先に伝播した国や地域を飛び石として隅々にまで浸透。
      • アメリカ先住民のタバコの複雑な機能のなかから、ヨーロッパ文化が医薬としての側面を切り出して強調したため、これに対応して世界各地の医薬体系へタバコは組み込まれた
    • タバコ伝播の要因
      • ヨーロッパ化されたタバコ=各地の医薬体系を文化的レセプタとして結合 →初期の異文化バリアを各地で容易に突破、依存性が浸透を保証する →伝播・受容の連鎖が自動的に世界中を覆いつくす。