歴史-文献

章霖「大正期における海軍の艦隊行動と地域社会」(『史学雑誌』第129編第9号、39-64頁)

本稿の趣旨 関東州巡航は、平時訓練や演習を意図して実施された。平時任務以外にも、広報、外交、乗組員の精神教育や休養といった様々な目的があった。艦隊行動は日本人居留民と現地民に異なる効果をもたらした。日本人居留民は自らの生活の後ろ盾としての海…

「2020年の歴史学会-回顧と展望-」『史学雑誌』第130編第5号(2021.5)における海事関係の先行研究まとめ

文献サーベイ。海事に関する研究のまとめ。著者順。 以前の『史学雑誌』「回顧と展望」はコチラ 「2020年の歴史学会-回顧と展望-」『史学雑誌』第130編第5号(2021.5) 飯島直樹「「協同一致」の論理にみる陸海軍関係」(『史学雑誌』129-8) 「対米7割などで…

坂口太助「戦間期における日本海軍の宣伝活動」(『史叢』94、2016年、21-36頁)

概要 この論文の意義は海軍軍事普及委員会が海軍軍事普及部へと改組された要因の分析にある。ロンドン軍縮は前提としたうえで、満州事変・上海事変を契機に海軍における宣伝活動が本格化したことを実証している。そして朝日新聞を事例に軍事普及部の宣伝活動…

福田理「1930年代前半の海軍宣伝とその効果」(『防衛学研究』第33号、2005年、69-88頁)

概要 第一次世界大戦後、総力戦体制の構築が求められ世論形成を行う必要があった。そのためワシントン軍縮後に海軍軍事普及委員会が設立されたのだが、宣伝内容は非政治的なものに限られたので、ロンドン軍縮の際に不十分な対応しか取れなかった。この反省を…

木村美幸「昭和戦前期における海軍協会の宣伝活動と海軍志願兵徴募」(『ヒストリア』267、大阪歴史学会、2018年、1-27頁)

概要 本論文の意義は、主に3つ。 ①静岡県磐田郡の史料を用いて地方での海軍協会の活動を扱い地方行政組織との重層性を取り上げた。 ②海軍協会の達成目標が1932~37年の軍縮条約体制打破から1940年以降の志願兵徴募強化に転換するまで、1937~40年の間に南洋…

佐賀県復県運動について(『佐賀市史』第3巻、1978年、410-413頁より)

佐賀の乱により明治9年に佐賀県は廃止された。その7年後の明治16年5月9日になると、ついに佐賀県は長崎県からの分離独立に成功する。その独立の背景には明治15年の佐賀県復県運動があった。 『佐賀市史』には、長崎県立図書館所蔵の『西海新聞』が引用されて…

土田宏成「日露戦後の海軍拡張運動について-日本における海軍協会の成立-」、東京大学日本史学研究室紀要、第6号、2002年3月、1-21頁

概要 巨大軍艦の建設には莫大な経費が必要となり、それを負担するのは国民であるため、軍拡のためには世論の支持が必要であった。日露戦争後の国際的な建艦競争のなかで、世論を啓発して海軍拡張運動を行う「海軍協会」の組織化が目指された。海軍協会は海軍…

土田宏成「日中戦争から日米開戦までの海軍協会の活動について」『神田外語大学日本研究所紀要』4巻、2009年、85-107頁

概要 海軍軍縮条約体制が海軍協会の運動により打破されたのと同様に、日米開戦不可避論も海軍協会により強硬化した。 軍縮体制からの離脱後、海軍協会は次の目標を模索していたが、日中戦争の勃発により海軍後援に主目標を置く。人的資源の奪い合いに際して…

土田宏成「1930年代における海軍の宣伝と国民的組織整備構想 海軍協会の発達とその活動」『国立歴史民俗博物館研究報告』、第126集、2006年1月、53-66頁

概要 1930年代に拡充された海軍協会の宣伝活動により世論が強硬論に誘導され、軍縮条約体制から離脱することとなった。 はじめに 1.斎藤実の海軍協会会長就任 2.地方組織の整備と海軍の後援・指導 3.第二次ロンドン海軍軍縮会議予備交渉に際して 4.海軍協会…

木村美幸「海軍と在郷軍人会」(『史学雑誌』第128編第11号、2019年、1-26頁)

概要 海軍は当初在郷軍人会に加入しなかった。その理由は在郷軍人を兵力として見ていなかったことによる。しかし第一次大戦が総力戦となったことにより、海軍の在郷軍人も貴重な兵力として捉えるという転換が起こる。こうして在郷軍人会に海軍も参加したが、…

木村美幸「軍縮条約失効後における海軍の地方拠点形成-地方海軍人事部の設置と活動-」(『日本歴史』第868号、2020年、19-35頁)

概要 海軍は兵の徴募において問題を抱えており優秀な人材を確保するためには地方への統制を強める必要があった。そのため地方海軍人事部を設置し、地方においても軍事普及活動や兵の徴募に積極的に関与できるようになった。また市町村レベルにおいても従来の…

中嶋晋平「戦前期の「軍艦便乗」にみる海軍のPR活動と民衆」(『戦前期海軍のPR活動と世論』第9章、思文閣出版、2021年、213-230頁)

本稿の趣旨 【目的】軍艦への便乗を海軍思想・海事思想を広め海軍に対する理解と共感を得るためのPRの場とし、民衆との良好な関係を図った海軍は、そこから何を学びどう実践したのかを考察する。 【結論】海軍思想・海事思想の普及を目的とする際、軍艦便乗…

林美和「海軍軍事普及部の広報活動に関する一考察 -海軍省パンフレットを中心に-」『呉市海事歴史科学館研究紀要』第6号、2012年、60-71頁

概要 1914年のシーメンス事件により海軍に対して国民の不信感が募ったため、国民の海軍離れを防ぐべく、国民に身近な存在として通俗的なアピールをする必要に迫られた。そこで海軍軍拡のための国民的組織として1917年に設立されたのが海軍協会であった。だが…

【レジュメ】戦間期における軍港都市「呉」への帝国民の来訪 (参考文献:『呉市史』第5巻pp.1049-1074)

概要 軍港都市は、鎮守府・工廠の設置により形成された帝国日本の人工的な都市である。それ故、経済活動を海軍に依存しており軍縮時には深刻な影響を受けた。それ故、戦間期には海軍依存の転換が目指され、その一つとして博覧会の開催が構想された。しかし時…

次の演習のネタ集め用メモ「戦前期軍港都市呉への帝国民の訪問」(軍港都市観光・進水式・海軍記念日・博覧会・海軍省海軍軍事普及部)

前回までのあらすじ 4月冒頭の演習の授業では、旧軍港都市呉の文化遺産を活用したコンテンツツーリズムについて報告した。5月の演習では戦前期の呉に焦点を当てて研究を進め報告することとなった。現在行われている旧軍港都市呉への訪問と過去の帝国民の軍港…

髙橋香織「軍港都市・呉の戦後史―旧軍港市転換法と自衛隊誘致を中心に―」、『北陸史学』67号、55-77頁、2018

概要 「はじめに」で先行研究の整理が行われ、第1章で海軍進出に伴う主要産業の喪失による海軍・呉市民間の相互依存関係の構築が論じられ、第2章では戦後呉市経済の混迷と軍転法設置について、第3章第1節では軍転法の限界について述べられる。 だが第1章、第…

加藤政洋「『呉花街案内』を読む」(上杉和央編『軍港都市研究Ⅱ』、清文堂、2012年、321-323頁)

『呉花街案内』に関するコラム。従業員の女性426人分の個別データが掲載されている所が最大の史料的価値であるとしている。 『呉花街案内』とは 呉市で1935(昭和10)3月から5月にかけて開催された「国防と産業大博覧会」の会期に合わせて発行されたB6の書籍。…

村中亮夫「地形図と空中写真からみる呉の景観変遷」(上杉和央『軍港都市研究Ⅱ』清文堂、2012年、45-79頁)

呉市の地形図・空中写真を用いて、その土地利用の年代的変遷を論じる。 第1節 呉の地理的環境 第2節 呉の景観変遷 (1)呉鎮守府設置の経緯と設置前の景観 (2)呉鎮守府開庁後 (3)呉鎮守府拡大期 (4)第二次世界大戦終結前後 (5)高度経済成長期 (6)20世紀末~21…

加藤政洋「軍港都市の遊興空間」(上杉和央編『軍港都市研究Ⅱ』、清文堂、2012年、281-320頁)

軍港都市には遊興空間が存在し、そこは消費の局面では空間的に分化しており、海軍の社会性が刻み込まれていた。 はじめに 第1節 軍港都市の遊郭 (1)『全国遊郭案内』における軍港都市 (2)遊郭の立地と景観 (3)私娼街の問題 第2節 軍港都市の花街 (1)遊郭との…

上杉和央「連続と断絶の都市像-もう一つの「平和」都市・呉」(『複数の「ヒロシマ」 記憶の戦後史とメディアの力学』、青弓社、2012年、103-138頁)

本論の趣旨 呉市は、海軍が培った技術を用いるという連続性と軍・軍需目的とは異なるという断絶性の両面性を保有している。この矛盾を解消させる手段が平和産業港湾都市であり、戦前との連続性・断絶性どちらを主張する時にも使用できる便利な概念であった。…

林美和「呉市における戦後復興と旧軍港都市転換法」(河西英通編『軍港都市研究Ⅲ 呉編』、清文堂出版、2014年、309-332頁)

本稿の趣旨 敗戦後の呉市は海軍依存からの転換を目指し企業誘致と産業育成に努め成功したが、冷戦により再軍備への忌避感が無くなると軍港都市のプライドを取り戻した。しかしそれは再び海軍に依存していく契機となり、失われた30年により製造業が衰退すると…

河西英通「「国防と産業大博覧会」の頃」(河西英通編『軍港都市研究Ⅲ 呉編』、清文堂出版、2014年、272-277頁)

本稿の趣旨 『呉市主催国防と産業大博覧会誌』を中心に「国防と産業大博覧会」の概略と特徴を述べる。 以下、本文内容まとめ 「国防と産業大博覧会」は戦前呉の一大ページェント 1935年3月27日から5月10まで二河公園と川原石海軍埋立地を会場に開催された 45…

齋藤義朗「軍港呉と進水式-昭和前期の臨時イベント-」(河西英通編『軍港都市研究Ⅲ 呉編』、清文堂出版、2014年、233-238頁)

本稿の趣旨 呉海軍工廠において進水式は呉市全体を挙げた一大ビッグイベントであったが、情勢緊迫化で進水式の公開は秘匿化された。 内容まとめ 進水式のイベント化 「式場内では、記念絵葉書販売や臨時郵便局での記念スタンプ押印なども行われたが、式典は…

吉田裕、森茂樹『アジア・太平洋戦争(戦争の日本史23)』、吉川弘文館、2007

参考になった箇所をまとめておく。 帝国日本の欠陥 明治憲法体制の問題点 「統帥権独立」の始まり 明治憲法の分立制に対する井上毅の説明 明治憲法体制下におけるリーダーシップ 陸海軍の対立、陸軍省と陸軍参謀本部の対立、海軍省と海軍軍令部の対立 陸海軍…

呉市史編纂室編『呉市史』第三巻(呉市役所、1964年)

『呉市史』の第三巻は明治16年から大正15年までの呉海軍について記載してある。 以下、呉市の通史に関する箇所をまとめておくこととする。 鎮守府開庁以前 明治16年 海軍省水路局の基本調査の開始 「日本の沿岸を東西二部の海軍区に分けた(常泊所-東京湾・長…

上杉和央「軍港都市<呉>から平和産業港湾都市<呉>へ」(坂根嘉弘編『西の軍隊と軍港都市: 中国・四国 (地域のなかの軍隊 5)』、吉川弘文館、2014年、104-130頁)

本論の内容 軍港都市としての呉は空襲と敗戦により断絶したが、占領政策の変化と自衛隊の創設により軍隊の街として連続しており、「赤れんが」という海軍イメージの利用により、空間的な広がりを見せている。 【項目】 はじめに 平和産業港湾都市 連続と断絶…

【文献サーベイ】史学雑誌「回顧と展望」(2018-2020)における海事・海軍・軍港都市に関する文献のまとめ

文献サーベイ。回顧と展望に掲載された海事関連論文のまとめ。 「2020年の歴史学会-回顧と展望-」『史学雑誌』130編第5号(2021.5) 「2019年の歴史学会-回顧と展望-」『史学雑誌』129編第5号(2020.5) 浅井隆宏「ロンドン海軍軍縮条約における補助艦保有比…

高橋昭夫「第Ⅳ章 戦後北海道の光と影(現代)」 関秀志他『新版 北海道の歴史 下』2006年、283-387頁

第一節 戦争・敗戦 一、北海道空襲 及び 二、敗戦 第二節 米ソの影・米軍占領と北方領土 一、飢えとヤミ市 二、米軍が上陸、間接統治 三、北海道社会党の実力 四、農地改革 五、北方領土返還をめざし 第三節 田中道政とその時代 一、初めての民選長官誕生 二…

榎森進「これからのアイヌ史研究にむけて」(北海道大学アイヌ・先住民研究センター『アイヌ研究の現在と未来』北海道大学出版会、2010年、20-58頁)

アイヌ史研究に関する問題点のメモ 現在のアイヌ史研究で重要なこと(21頁) 「「アイヌ民族を取り巻く現状を正しく見据えた研究」をしていかなければならないということ」 問題意識の欠如(21頁) 「〔……〕研究者の関心のある問題をアイヌ民族を取り巻く現在の…

伊藤之雄『原敬』(講談社選書メチエ、2014年) 「原敬を考える意味−はじめに」および「第一部」(17-122頁)

原敬を考える意味−はじめに (17-28頁) 本書の趣旨「原の第一次大戦後の新状況への対応」(18-19頁) 「本書では、原の生涯をたどりながら、彼が第一次世界大戦後の新状況にどのように対応していったのかを見てみたい。そのことで、理想を持ちつつ現実的に対応…