穢翼のユースティア グランドエンド(ティア√)の感想・レビュー

ファンタジー世界における格差社会を通して生きる意味を描いた作品。
人間には本質的に生きる意味は無いと唱えるカイムさんがヒロインの生き様に感化され主体的な意志を確立する。
カイムさんがヒロインに人生訓を垂れるし垂れられる説教ゲーでもある。
個人の特殊的事情から普遍的な社会システムにまで発展していく流れも典型的だがステキ。
しかしフリーズとバグがひどくてしょっちゅう停止する。例えるならスーファミの聖剣2並み。
あとちょうど東日本大震災の際に発売されて地震モノで延期されたというタイムリーな作品だったりする。
シナリオはほぼ一本道でありグランドエンド以外の個別はすぐに終わる。

1章:格差社会に陥ると緩やかに社会全体が腐っていくというはなし

主人公のカイムさんは元々中流階層出身だった。しかし巨大地震に巻き込まれ家族と財産を失い底辺層に転落する。破壊と混乱の中で幼少期のカイムさんは男妾として売り払われるが、暗殺の才能を身につけ自活するようになった。青年に成長したカイムさんは底辺社会を取り仕切るヤクザのなんでも屋となり、それなりの財を手にするまでになっていた。しかしカイムさんは自己の生存理由に生きる意味など見出せず、飢えたくない・死にたくない・だから金を稼いでメシを食うという思想に囚われていたのである。そんなカイムさんのもとに一人の少女ユースティア(通称;ティア)が娼婦として売られてくる。ティアはハウスメイドとして使役されていたものの売り飛ばされ娼婦に堕したのであった。そんなティアだが聖性を帯びており、蘇生や浄化の発動していた。カイムさんは過去における大地震が起こった際に観た光にティアとの関連性を見出し、手元に囲うことにするのであった。

2章:価値観の崩壊にあった女騎士に「復讐」という生きる力を与えるはなし

この作品では「人に羽が生える病気」があり、それは社会的に忌避されていた。そのため「羽が生える病」に罹患した人たちを強制的に治癒院に送る治安部隊「羽狩り」が存在していたのである。その長となっていたのが女騎士;フィオネであり、彼女は自己の存在理由を家名に束縛させることで自我を保っていた。フィオネの誇りは清廉な官吏であった父とかつて「羽狩り」の長を務めていた兄。フィオネは自分の職責を全うすることで、「家名に恥じない働きをする自分」という「理想像」に縋っていたのだ。しかしそんなフィオネに残念なお知らせ。なんと治癒院は実験施設であり、自分が良かれと思ってやってきた「羽狩り」は全く意味のない行為、むしろ悪徳の行為であることを知ってしまうのである。自己の存在意義を失い絶望するフィオネ。そんなフィオネに生きる意志を与えましょう。カイムさんは言葉巧みにフィオネが自分を恨むように仕向けます。復讐という負の感情でも良い。生きてくれればと。こうしてカイムさんは家名に自分を縛ることでしか生きていけない少女を救ったのであった。

3章:身請けされた娼婦に自己の価値観を押しつけるはなし

カイムさんはティアの他に身請けした娼婦がいた。彼女の名はエリス。カイムさんはエリスに医術を学ばせ自活できる手段を与えたことに満足していた。しかしそれは自己満足に過ぎなかったのである。カイムさんはエリスに二つの負い目があった。一つは意識的なもの。もう一つは無意識的なもの。意識的な負い目は、エリスさんの両親を殺したのがカイムさん自身であるということ。両親殺したからその贖罪として娼婦にされそうであったエリスを身請けし好感度アップさせたんだから何という自作自演。故にカイムさんはエリスを抱けなかったのである。しかしこれは建前であった。なぜならカイムさんが贖罪をしたいのならエリスだけでなく、自分が暗殺したことにより生じた孤児や娼婦をまんべんなく面倒を見なければ嘘だからである。なぜカイムさんはエリスに拘ったのか。それは無意識的な価値観の押しつけによるものであった。カイムさんは大地震にあう前の家族において優秀な兄がおり、カイムさんは常に劣等意識を抱えていた。しかし大地震の際に兄はカイムさんに立派な人間になれと訓辞を残して死ぬのである。しかし底辺階層では生きるためには何でもしなければならず立派な人間になどなれるはずもない。こうして兄の言葉に呪われたカイムさんは何かに代償行為を求めていたのである。ちょうどその代償の対象となったのがエリスというわけだ。エリスは当初、両親から虐待を受けており、感情が欠落していた。そんなエリスを身請けして一人前にし、立派な人間にできれば、自分は救われるのでは?このようにカイムさんは無意識的に思い込みエリスを仕込んでいたのである。最終的にカイムさんは兄の呪いと自己矛盾に直面することになり、エリスに対する価値観の押しつけから脱却することになるのであった。

4章:宗教の欺瞞と社会秩序の維持に関するはなし

「人間が生きる意味」に対してカイムさんは常に「そんなものはない」というスタンスをとり続けてきた。災害に遭い底辺層に堕ちたカイムさんは生きる事に精一杯であり、それこそが全てのルールであると思い込もうとしていたでのある。しかしそんなカイムさんに対して、自己の存在理由を信仰に見出し聖女として生きるイレーヌが現れるのである。この作品の聖女は自然災害を抑制するため神と交信するシャーマンとしての性格を有していた。しかしそれは社会秩序を維持するための人身御供・生け贄だったのである。シャーマンが祈ろうが祈るまいが災害は発生してしまう。けれどもその際人間は理由付けが無いとパニックに陥るので、社会的な混乱が生じてしまうのである。そんな不条理に説明を与えるのが聖女の存在であり、ひとたび災害が起こると、祈りが足らない聖女の責任であるとして見せしめに殺すことで、人々の不満や不安をそらしたのだ。そんな社会秩序の維持の装置としての教会制度を知り、聖女イレーヌは絶望するが、それでも教会の戒律主義ではなく自らのうちにある信仰を貫くのである。そしてカイムさんは聖女イレーヌから指摘を受ける。底辺層から既に脱出できる能力・財産を有しながらそうしないのは、生きる意味から目をそらし続けているだけではないかと。カイムさんはこの言葉にたいそう刺激を受ける。そして大地震が人災の側面もあることを知り、国家・社会が抱える矛盾を解き明かすため、底辺層から抜け出し、社会的上層部の闇へと挑むのであった。

5章 幼女国王に王者としての自覚をもたせるはなし

自分の生い立ちと環境を言い訳にして生きる意味から目を背け続けてきたカイムさん。そのことを4章において第29代聖女イレーヌことコレットに指摘され、ついに底辺階層から脱出する決意をする。浮遊都市の謎や支配システムの構造を突き止めるために立ち上がったカイムさんは、有力貴族の後ろ盾を得てついには王城にまで辿り着くのであった。そこで出会ったのが幼女国王のリシア。彼女は幼いこともあってか執政官のお飾りであった。そんなリシアに説教を垂れていくのが5章のメインとなる。国政は執政官の独裁状態であり、その執政官も天使の異能を死者の復活に使うことだけに執着していたのである。そんな執政官に対して武力蜂起を起こし、政権奪取を迫るのがシナリオの大まかな筋書き。リシアは執政官の発言を鵜呑みにしており、現実を何も知らなかった。故にカイムさんはリシアを底辺階層に連れて行ったり、父親の幻想を打ち砕いたりする。リシアを無知蒙昧にしているのは父親への幻想。リシアは王族の血など引いておらず妾腹の不義の子であることが暗黙の了解となっていた。そんなリシアが自分の自我を守るためには、優しかった父親像を妄信するしかなかったのである。リシアの父親像は執政官によって植えつけられていたので、執政官を乗り越えるためには、自分の父親へのトラウマを解消せざるをえなかったのである。最終的にリシアは父親の幻想を乗り越え啓蒙専制君主としての自覚を確立する。こうして執政官から政権を奪取したわけだが、リシアは自分が王の自覚をもって初めて父親が自分を愛していてくれたことを知る。国王は全国民の父とならなければいけなかったが故に、家族を特別扱いできず直接的な愛情を注げなかったということを。それでも父親は自分のことを常に思っていてくれたことを確信したリシアはよき国王になろうと努力していくのであった。

6章 「人間の生きる意味」は「主体的な意志の確立」というはなし

ついにカイムさんは浮遊都市の謎に辿り着く。なんと浮遊都市は神の啓示を受けた天使が浮かせていたのだ。ここでティアが覚醒し、次代の天使を継承することになる。ここでセカイ系苦悩タイムが始まるよ。愛する女とセカイのどっちが大事かな?という選択を迫られるのだ。ここからカイムさんウジウジ劇場をご覧になれます。カイムさんは合理的にセカイの維持をとることを判断したのですが、それはただ現状に流されているだけ。カイムさんは全然主体的な意志の確立ができていなかったの。そんななかでカイムさんが救済してきたヒロインの皆さんが自らの信念を見せ付けていく。ジリ貧になった底辺階層の民衆がついに大規模な反乱を起こしたのである。カイムさんはそんな戦乱を見てもまだグジグジと悩んでいた。社会の維持を貫き通す兄、底辺階層を率いて人間の尊厳を示す親友、自らの信仰を掲げる元聖女、彼らを垣間見る中でとうとうカイムさんも結論を出す。まぁ要するにセカイ系的な選択であり「愛する女を犠牲にしてまで生きていたくない」ことを選択する。一方でティア側。ティアは自己の恵まれない過酷な人生に意味があることに縋って生きてきた。故に社会の為に死ねることやカイムさんを救うことに存在意義を見いだしていた。しかしそれは結局、ツライ人生から目を背けるためにしか過ぎなかったことを自覚する。人間に裏切られた天使の讒言により、自分がセカイを救ってもカイムは違う女と結ばれるだけだと煽られる。こうしてダークサイドに堕ちてしまったティアは人間を滅ぼそうとしてしまうのだ。そこへおっとりがたなでカイムさん到着。社会の秩序という普遍的テーマを愛する女という個別具体的な特殊事情により討ち果たすのだ。こうしてセカイ系展開によってティアはダークサイドから浄化される。しかしセカイ系で終わるのではなく、浄化されたティアは世界の為に自らを犠牲にすることを自らの意志で選び取る。フジリュー版封神演技やアルティメッドまどかのようにセカイの意志と一体化。こうして思念体となりセカイにあまねく存在となったティアはセカイを救う。「ひとりの女の為にセカイを敵に回す」という主体的な意志の確立をしたカイムさんは、「愛する男の為にセカイと同化する」事を選んだティアによって救われたのでした。カイムさんはティアの意志を受け取って、これからのセカイを復興していくことを心に誓ってハッピーエンドを迎えます。