レマルク『西部戦線異状なし』(新潮文庫、1955年)

第一次世界大戦におけるドイツ軍の学徒出陣兵のはなし。
一兵卒が塹壕戦で戦った様子が一人称視点で書かれている。
塹壕での生活・病院・休暇・家族・連隊の様子なども描かれる。
1918年秋、主人公のパウル・ボイメルが死んで終わる。

受験世界史では第一次世界大戦のところで傍線が引っ張ってあって、レマルクの『西部戦線異状なし』かヘミングウェイの『武器よさらば』が出題される。話の内容としては、大きな筋書きがあるわけではない。作品の冒頭に「ある時代を報告する試みにすぎないだろう」と述べられているように、第一次世界大戦における戦線の描写を描くことが目的にされているのだろう。戦争に疲れ、将来に見通しが立たず、絶望感を吐露する場面があるのだが、共感をそそる。なぜなら、戦争というところをさっ引いてしまえば、「私が生きているこの世界には絶望しかない」という状況が大いに似ているからである。確かに戦争ならではの恐怖とか悲惨さとかもあるかもしれない。だが私にとってそんなものは比較的どうでもいい話だ。重要なことは、人間が絶望に陥らざるを得ないという社会状況にある。

以下引用。

  • 権力構造
    • 「…いいか、もし貴様が犬を馬鈴薯ばかり食うように馴らしておいて、そのあとで肉を一片やってみろ。やっぱり犬はその肉に食いつくぞ。これは犬というものの性質にあるんだ。もし貴様が人間に権力というものをやってみろ。やっぱり犬とおなじこった人間はそいつに食いつくぞ。それだってみんな自然にそうなんだ。人間というやつは、初めっから、畜生なんだ」
  • 生活の空虚感
    • 「…職業とか、研究とか、あるいは給料とか、そんなようなものが関係していることを考えると……俺は嘔吐が出そうな気持ちになるんだ。そんなものはもうありきたりだ。俺は考えても胸が悪くなるよ。だが俺には何にも見つからない……俺には見つからない…」
    • 「僕らはもう青年でなくなった。世界を席巻しようという意思は無くなっている。僕らは世界から逃避しようとしている。僕らは自分の前から逃避しているのだ。僕らの生活の前からだ。僕らは仕事と努力と進歩というものから、まったく遮断されてしまった。僕らはもうそんなものを信じてはいない」
  • 人間無価値説
    • 「僕らはもはや無邪気に無頓着ではいられなくなって……同時に恐ろしいほどにどうでもいい気持ちになった。僕らは確かに存在している。けれもどこれが生きていることであろうか…僕らは子どものごとくにうち捨てられ、年寄りのごとくに経験を積んだ。僕らは粗暴となり、悲しみを抱き、表面的になった……僕はこう思っている、僕らはもう人間としては価値のないものになっていると」
  • 休暇とは
    • 「休暇とは何だ……それはある不安定な心持ちだ。それが過ぎると、一切のことを後からはるかに重苦しくするものだ……」
  • 国民国家と大衆
    • 「…国家というものと故郷というものは、こりゃ同じもんじゃねぇ…俺たちはみんな貧乏人ばかりだ。それからフランスだって、大概の人間は労働者や職人や、さもなけりゃ下っ端の勤人だ。それにどうしてフランスの錠前屋や靴屋が俺たちに向かって手向かいしてくると思うかい。そんなわけはありゃしねえよ。そいつはみんな政府のやることだ。俺はここへくるまでに、フランス人なんて一度だって見たことがねぇ。大概のフランス人だって俺たちと同じこったろう。そいつらだって俺たちと同じように、何が何だかさっぱりわかりゃしねえんだ。要するに無我夢中で戦争に引っ張りだされたのよ」
      • もともと国民なんてものは存在しない。教育によって創出される。大衆に過ぎない。国家と故郷は違うとう認識はとても重要。また国家と政権が違うというのもとても重要。
  • 国家の指導者と国民
    • 「この人生から知り得たものは、絶望と死と不安と、深淵のごとき苦しみと、まったく無意味なる浅薄粗笨とが結びついたものとにすぎない。国民が互いに向き合わされ、逐いたてられ、何事も言わず、何事も知らず、愚鈍で、従順で、罪なくして殺し合うのを僕は見てきた。この世の中のもっとも利口な頭が、武器と言葉とを発見して、戦争というものを、いよいよ巧妙に、いよいよ長く継続させようとするのを僕は見てきた」
      • 一部の特権層の既得権益の保護のために、大衆的無党派層が踊らされる。踊らせる方が悪いのか、踊らされる方が悪いのか。
  • 時代に取り残された世代
    • 「…僕らはまったく疲労し、崩壊し、焼き尽くされ、しっかりした足許さえ失い、なんらの希望もなくなっている。僕らははたして何をなすべきか、まったく空漠な行く手を眺めるばかりであろう……僕らは僕ら自身にすら、まるでよけいな人間になっている。僕らはこれからいよいよ成長するであろう。ある者はうまく順応してゆくだろう。ある者はたくみに身を処していくだろう。けれども多くの者は、まったく途方にくれるよりほかはない……その間に年月は消えていき、僕らは結局滅びてしまうほかはないのである」
      • 失われた20年に育った人々もこのような感慨を持つに違いない。