『世話やきキツネの仙狐さん』の第17話を読んだ。

心が砕け散ると、もう二度とは修復できず、たとえそれが見かけ上修復できたとしても、いびつでゆがんでしまう。
そんな人々を救済するのは炉利BBAであるという話。


中二病患者なら誰しも自己の存在意義について煩悶したことがあるかと思う。しかしそれは麻疹のようなもので誰もがそのように思うし、誰もがそこを過ぎ去っていくのだ。手塚先生の『鳥人大系』では「人生に意味などないが、それを探すのが生き甲斐というもの」と結論付けられている。しかし年齢を重ねてくると、本当に人間が生きている意味などないことを感じる機会が増える。心が折れ、絶望し、虚無を味わうことになる。中世日本文学なら仏教的無常観ともいうべけんや。人生の儚さを思う。おそらく、この無常観をかき消すために、酒を飲んだり、家族を持ったり、娯楽に興じたりするのだろうね。



心が砕け散る。そしてそれはもう修復不可能である。接着剤でくっつけたとしても、それは見かけ上くっついているだけに過ぎない。触ってみると、いびつでゆがんでいる。内部はズタボロである。しかし人生は終わらず、砕け散ったまま、生きていかなければならない。故に、救済を求めている。生きていても良いのよ、と肯定されたり承認されたり許されたりしたいのである。



だが、年齢を重ねた人生の落伍者を受け容れてくれる人がいるわけもない。だからこそ、狐やエルフといった人外の長命のBBA属性が流行ったのであろう。もともと『古今著聞集』とか『日本霊異記』とか『聊斎志異』とか伊東ライフ先生の『やわらからんさま』とか東アジアは人外大好きである。さらに近年では幼少のキャラに母性を見出す傾向も存在する。両者を満たすのが、まさに炉利BBAなのだ。


以上のように、年齢を重ねた人生の落伍者を受け入れてくれる存在。BBAだけれども炉利。それが炉利BBAの属性が流行する背景なのではないだろうか。



【類似作品】伊東ライフ先生だとこうなる。