ヘッセ(山本洋一訳)「クラインとワーグナー」『ヘルマン・ヘッセ全集』第11巻 臨川書店 2006

現実逃避のために読む。
話の筋書きとしては、良識的な市民であることに苦悩するクラインが身を委ねることに人生を見いだす話だと思われる、というか思った。


主人公のクラインは金を横領して家族を捨てて逃亡する。良識的な市民であるという人生に耐えられなかったのだ。そこで、彼は自分が良識的な市民であったときに、若き日にワーグナーに熱中したが故にワーグナーを批判する。それはワーグナーを批判しているのではなくワーグナーに熱中した過去の自分が嫌だったからだ。また、教師でありながら殺人を犯した別のワーグナーに対して、良識的な市民としてコメントを述べるが、そんな狂気的な側面もまたクラインも内包しているのだった。そんなこんなで、クラインは苦悩する。苦悩しながら悟ったり心のへ平穏を得たり女と寝たり発狂しかけたする。そして、ボートから水面へ投身したとき、身を委ねることに人生を見いだした。

秘策はこれに尽きた。わが身を投げ出すことなのだ!それは彼の人生の結論として、彼の本質全体を貫いて明るく光り輝いていた。身を投げ出すということだ!それを一度実行していたら、一度自らを犠牲にしていたら、身をゆだね、献身していたら、すべての支えと自分の足もとの堅固な地盤を、一度ことごとく放棄していたなら、そして自らの心の内にいる導き手の声だけに完璧に耳を傾けるならば、すべてが得られるのだ。そうすればすべては良く、もはや何の不安も、何の危険もなくなるのだ。