雑録

第4章接触交流 1978年(昭和53)版学習指導要領

接触・交流」という観点が学習指導要領においてどのように扱われているかを調べている。

文化圏学習の弊害

1978年版における「接触・交流」という視点の特徴は、文化圏学習による各文化圏の分断化の弊害に対処するものとして扱われるということである。解説においては「各文化圏の取扱いにおいて、相互の関連を考慮しながら、世界の歴史の大勢と結び付けて理解させる」(83頁)と述べられており、文化圏の相互関連が唱えられている。この背景には、1978年版では「内容」の構成において大項目「19世紀の世界」が設置されたことと関係がある。特に前近代の文化圏学習では、文化圏ごとに解体されがちであるという弊害が生じていた。「・・・留意すべきことは、各文化圏の歴史を分離して扱うことのないようにすることである。いわゆる近代以前の世界の歴史を扱う場合、ややもすれば複数の文化圏の歴史に解体しやすい傾向がみられる。指導に当たっては、文化圏相互の関連を考慮しつつ、世界の歴史の大勢と結び付けながら、学習を進めさせることが肝要である」(『解説』109頁)こうして文化圏ごとの断絶を防ぐために交流が重視されたのである。

改訂の背景と内容構成の変化

「内容」の大項目「19世紀の世界」が設置された1978年版改定時の社会背景はどのようなものであったか。以下に改訂の要点から経緯を見ていく。1978年に改訂された高等学校学習指導要領の特徴は3点ある。即ち人間性、充実した学校生活、個性や能力重視の教育の3つである。これに応じて社会科では思考力の育成や生徒の興味関心が配慮されることになった。「世界史」の科目においては、『解説』において3点改訂の要点が示された。内容構成における大項目「19世紀の世界」の設置(文化圏の下限の引下げ)、文化圏学習における文化圏の柔軟化(西アジア・東アジア・ヨーロッパ以外の文化圏を任意で取り扱い、風土・社会・文化を取り入れる)、主題学習における文化人類学を反映させる主題選定の観点の設置、の3つである。後ろ二つは、生徒の興味関心の重視に応じるものである。こうして「接触・交流」という視点と関係のある内容構成における大項目「19世紀の世界」が設置された。

文化圏の下限の引下げ

ではどうして文化圏の下限が18世紀まで引き下げられたのであろうか。それは文化圏の一貫化と西欧中心主義からの脱却であった。1978年版は内容構成において文化圏学習の下限が18世紀まで下げられ(従前は15世紀)新たに大項目「19世紀の世界」が設定された。「内容の取扱い」の(1)イ(イ)で「各文化圏における歴史の発展や特色を把握させ、文化圏としてのまとまりに着目させるように留意する」とあるように、各文化圏を18世紀まで一貫して学習できるようにしたのである。また『解説』には従前の内容構成(文化圏を15世紀以前として一つのまとまりとするもの)を「西力東漸の「世界史」把握」として、18世紀までの文化圏のまとまりは、それを改めるものであるとしている(83頁)。つまり市民社会を形成したヨーロッパがアジアに進出するという内容から転換したのである。

文化圏の分断という弊害への対処

文化圏の解体に対する対処としては、主題学習と文化圏学習の有機的な関連が唱えられている。特に主題選定の観点において「文化圏学習」との関連で重要視されているものがある。それは、「内容の取扱い」(2)アaの「地域ごとの比較考察的又は地域相互の関連的な学習のできるもの」である。『解説』には「各地域ごとの発展の仕方の特色や地域相互の関連を把握させることによって、「文化圏学習」が陥りやすい各文化圏別の分断的とらえ方を補正し、「文化圏学習」の効果を一層たかめることができるのである」(『解説』109頁)と述べられており、主題学習において文化圏学習の弊害に対処しようとしている。

「内容」の解説における「接触・交流」の視点に関する記述

1978年版学習指導要領においては文化圏学習が文化圏ごとに分断されたぬように「接触・交流」の視点から解説されている。また文化圏内部における「接触・交流」も重視している。ここではその部分を引用し整理しておく。

  • 内容(1)文明のおこり
    • 「各文明は孤立したまま展開したのではなく、幾多の障害を越えて、互いに交流し、刺激し合うことにより、おのおのの文明の内容を一層深め、豊かにした有様に気付かせる」
    • 「イラン文明については、文明の十字路としての地理的条件と…ギリシア、ローマ、インドなどの外部勢力との葛藤や、農耕民と遊牧民の折衝を通して…その際、ササン朝文化が周囲に波及した様子に触れる・・・」
    • 「「インド文明の成立」については・・・外部との文化的・経済的交流については、北インドにおけるガンダーラ美術の開花、仏教の伝播、南インドを拠点とした海上交易の繁栄などを扱い、東南アジアとの関係にも留意させる。特に、大乗仏教は東アジア文化圏に広まり、各国の文化、社会の上に大きな影響を及ぼしたことに着目させる」
    • 「「中国文明の成立」については・・・中国農耕民族とアジアの遊牧民族とのかかわりを考察させ・・・遊牧民族の活動を重視し、特に、東西交渉の上で彼らが果たした役割を積極的に評価する必要があろう」
  • 内容(2) 東アジア文化圏の形成と発展
    • 「ここでは遊牧民との接触を通して独自の社会と文化を築き上げた中国を中心として、東アジア文化圏が形成され、発展していった様子を、ほぼ18世紀後半ごろまでについて一貫して取り扱う・・・同じ中国でも、北と南、畑作地帯と水田地帯とでは生活の相違があり対立と相互交流の歴史を繰り返している・・・農耕生活と遊牧生活との相互接触を経て中国に形成され・・・中国文化を受け止めながら次第に自国の文化を形成していった日本及びその他の東アジア諸国について着目させる」
    • 遊牧民族の活動と中国の社会・文化」では・・・中国の農耕民族と北アジア遊牧民族の・・・対立抗争と平和交流の様子を、中国の社会・文化の動きを通して取り扱う」
    • 「「中国の社会・文化の変遷と隣接諸民族の発展」では…特に東西交隊商路を支配したモンゴル民族の活動を通して、遊牧民族が東西文化の交流に大きな役割を演じていることに注目させる。…モンゴル民族の国際的役割については、彼らが、イスラム商人との協力体制のもとに、東西交通の陸路を充実させると同時に、東シナ海沿岸からイラン・イラクに至る海路による貿易を奨励し、東西文物を交流させたことに着目させる」
    • 「「中華帝国の繁栄」では…西アジア文化圏や宣教師の活躍などにみられるヨーロッパ文化圏との接触の中で示された東アジア文化圏の独自性を考察させる。また東南アジアへ進出した華僑の活動に着目させる…日本の場合、勘合貿易鎖国などを国際的視野で考えさせる…」
    • 「東アジア文化圏がヨーロッパ文化圏との接触を通してその独自性を弱めていく過程については、内容(3)の中項目「インド・東南アジアとイスラム世界の拡大」及び「イスラム文化と東西文化の交流」、内容(5)の中項目「産業革命の進展とアジア」等の学習につなげる視点で考え…」
  • 内容(3) 西アジア文化圏の形成と発展
    • 「東西文化の交流については、イスラム文化の世界史的意義及びイスラム教徒が東西文化交流の上に果たした役割を考察させると同時に、これを一つの例証として東西文化交流の実態を様々の視角から理解させる」
    • 「「イスラム世界の形成では」…イスラム世界の形成については…イスラム教によってまとまりをみせたアラブ人が熱心な布教と武力的発展によって、アジア・アフリカ・ヨーロッパにまたがる大帝国を形成した…その際、ササン朝ペルシアの滅亡やシリア・パレスチナ及び北アフリカイベリア半島の征服などにも触れ、イスラム世界の発展が世界の他の地域に及ぼした影響に着目させ、その歴史的推移を巨視的に把握させる」
    • 「「インド・東南アジアとイスラム世界の拡大」では…イスラム世界の拡大については、アッバース朝の衰退に伴ってトルコ民族が西アジアに進出し、イスラム世界における新しい活力となっていった歴史的経過に着目させる。その際、イスラム神秘主義の歴史的意義、特にイスラム世界の拡大に果たした役割についても触れる…セルジューク-トルコの小アジア・シリアへの進出が、十字軍遠征の契機となった…オスマン-トルコについては、その勢力発展が15〜16世紀のヨーロッパに大きな影響を与えたことなどに触れるとともに、18世紀に至るまでの盛衰が、世界の他の地域に及ぼした諸問題についても考察させる」
    • 「「イスラム文化と東西の交流」では…イスラム文化を同時代の世界の他の地域の文化と比較考察させ、特に自然科学の高い水準に注目させる…イスラム文化の影響がルネサンスを促す一因となったことや中国にも及んだことに触れて、イスラム文化の世界史的意義を把握させる…東西文化の交流については…文化圏相互の交流がどのように展開されたかについて考察させる…草原の道、絹の道、海の道のそれぞれについて…有史以来、陸上及び海上の交通路が次第に開発されていった努力のあとを把握させる…東西文化の交流については、主題学習や人物を取り入れた学習など、様々な創意工夫を行う…」
  • (4) ヨーロッパ文化圏の形成と発展
    • 「ヨーロッパ文化圏の形成期において…西ヨーロッパに独自の社会と文化が形成された過程を、ビザンチン帝国やイスラム世界から受けた刺激にも触れながら…」
    • 「ヨーロッパの社会と文化の形成」では…地中海世界の解体過程においてビザンチン帝国が果たした役割を、イスラム世界との対立、キエフ公国などのスラブ系諸国家に与えた影響などにも触れて明らかにする…」
    • 「「ヨーロッパの社会と文化の変動」では…封建社会の動揺と解体を促進したのは、遠隔地商業の発達と貨幣経済の普及に伴う経済的・社会的状況にあった…」
    • 「「国民国家の形成と国際関係」では…ポルトガル、スペインを先頭とするヨーロッパ諸国の海外進出が開始されてから、アジア貿易、新大陸貿易の覇権を争う有力国家間相互間の対立がどう展開したかを理解させ、特にアジア貿易に関しては、日本とのかかわり合いにも触れる…」
  • (5) 19世紀の世界
    • 「「産業革命の進展とアジア」では…イギリスに始まった産業革命が、大陸ヨーロッパ、アメリカ合衆国に拡大し、セポイの反乱、アヘン戦争明治維新などにみられるように、アジア諸国にも大きな変化を与えた…産業革命の取扱いに当たっては、単にヨーロッパ内部にとどめることなく、世界市場の形成・拡大とその対応としてのアジアの民族運動の展開という観点からとらえさせ、19世紀の世界を統一的に取り扱う…」
    • 「「ヨーロッパの諸革命とアメリカ大陸」では…主として19世紀に独立をみたラテンアメリカ諸国が原料供給国としてヨーロッパ諸国やアメリカ合衆国の経済圏に組み入れられていったことにも触れる」
    • 「「帝国主義とアジア、アフリカ」では…アジア、アフリカ諸民族の歴史とその展開の中で取り扱うことを考慮して…オスマン-トルコ、インド、清朝に限定することなく、広く、アフリカ、イラン、インドネシアベトナム、朝鮮、日本、太平洋諸地域等を取り上げるような様々な実践が期待される。日本の近代化とその歩みはこの中で正しく位置づけることが大切…アメリカ大陸、アフリカなどの地域については、一つの文化圏といった視点で、「主題学習」として取り扱うことも考えられる」