- この論文の主旨
メモ
- 先行研究の問題点
- 「〔……〕これまでの分析の多くは,専ら文学史や教育史の観点から為されて おり,それぞれ重要な知見が示されているものの,文学や教育以外の鮮満ツーリズム への関心は弱く,コロニアル・ツーリズム全体のなかで個々の旅行例や教育の果たし た役割を位置づける視点は十分ではない。とりわけ分析の盲点となるのが,個々の旅 行例における訪問地の選択と旅程の構成を,どのように評価するかという問題である。」(321頁)
- 「近代日本における鮮満へのコロニアル・ツーリズ ムを検討するためには,個々の旅の事例分析を積み重ねるだけでなく,より全体的な ツーリズムの動向とツーリズム空間の広がりを把握することが求められる。」(321頁)
- 分析対象 単行本のみ 新聞や雑誌などでの旅行記は分析対象としない。
- 旅行者の属性ごとの8類型
- 上記8類型以外の属性の考慮
- 「8類型だけでなく,様々な旅行者の属性の違いによって, 鮮満旅行の体験がどのように構成され,そこからどのような植民地と帝国の心象地理 が形成されるのか,コロニアル・ツーリズムの全体像を見据えた上で各旅行記を分析 する枠組が求められる。」(329頁)
- 旅行日程は1ヶ月
- 「1925 年~ 1940 年にかけて鮮満ツーリズムが最盛期を迎え,より多くの旅行者 にとって旅行のための時間が取りやすいよう,日数がコンパクトになっているためだ と考えられる。1か月という期間は,経営の仕事から長期間離れることが難しい実業 家にとっても,夏休みを利用することのできる学生や教員にとっても,適当な期間で あろう。」(330頁)
- 旅行地域が中国東北部主体へ
- 「鮮満の旅は,1925 年~ 1940 年を最盛期とする鮮満ツーリズムの展 開によって,鮮満全体と中国の他地域への周遊を伴う長期旅行から,中国東北部を主 目的地とする旅行へと,性格を変化させていったといえる。このことは,日中の対立 という背景の下で,教員や修学旅行,あるいは実業家らが実施しやすいコンパクトな 旅程を選ぶようになったことの反映だと解釈できる。」(331頁)
- 訪問先主要10都市
- 「鉄道で結ばれた都市が主要な訪問地に なっていたことである。対象とする 179 件の旅行のうち,訪問した旅行の件数が格段 に多かったものを列挙すれば,まず航路での出入り口となる釜山(161 件)と大連(159 件)があり,京城(現ソウル,159 件),平壌(108 件),安東(89 件),奉天(現瀋陽, 161 件),そして旅順(147 件),撫順(120 件),長春・新京(121 件),哈爾濱(107 件) が挙げられる。これら 10 都市が,群を抜いて代表的な訪問地であった。これらの都 市のほとんどは,日露戦争を機に開通ないしロシアから委譲され,日本が大韓帝国統 監府や朝鮮総督府,そして南満洲鉄道(以下,満鉄と略称する)を通じて支配権を握っ た路線,すなわち京釜線(釜山-京城),京義線(京城-平壌-安東),安奉線(安東 -奉天),連京線(満鉄本線,大連-奉天-長春・新京)の中核をなす都市であった。」(331頁)
- コロニアルな支配権下の旅行
- 「鮮満ツーリズムは,基本的には,鉄道網に対する日本のコロニアルな支配 権のなかで展開したことが確認できる。この支配権のなかにおいては,日本人旅行者 は現地の言語を解さずとも,おおむね不便なく旅行が可能であり,日本語環境を維持 したまま現地と接することができた。」(332頁)
- 典型的観光物化
- ツーリズム空間の拡張
- 「鮮満で形成されたツーリズム空間は,第一には日本の支配権が及ぶ鉄路 に規定された側面が強く,メジャーな訪問地は鉄道沿の 10 都市に絞られていたとい える。ただし 1933 年以降,京図線の全通によって,朝鮮北東部から満洲東部にツーリズム空間が拡張していくことが確認される。」(336頁)
- 訪問地の選択と心象地理
- 満鮮旅行は修学旅行や教員だけでなく実業家たちも重要
- 「鮮満ツーリズムが最盛期を迎えるのは,1925年から1940年にかけてであった。こうしたツーリズムを牽引した主要な旅行主体となったのは,従来指摘されてきた修学旅行や教員の「視察」旅行だけでなく,同業団体・地域団体を組んで「視察」する実業家たちの存在が大きかった。」(340頁)
- 2大幹線10都市 代表的周遊パターン
- 表面的で典型的な植民地理解を形成する鮮満ツーリズム
- 「鮮満ツーリズムのなかで近代の日本人が体験した鮮満とは,一面では,日本語環境を維持したままの鉄道による駆け足旅行であり,定型化した周遊ルートのなかで表面的かつ定型的な植民地理解を形成する機会を作り出すものであったといえる。」(341頁)
- 典型的な旅行体験のあり方 それに伴う植民地理解や心象地理の形成の検討
- 「代表的な訪問地において多くの旅行者がたどった典型的な旅行体験のあり方と,それに伴う植民地理解や心象地理の形成を検討することが,コロニアル・ツーリズムのあり方に迫る上での次の課題であるといえる。」(341頁)
- 個人の関心の重要性
- 「関心に基づく旅行体験が鮮満ツーリズムのなかでどのような役割を果たしていたのか,そしてそれが心象地理の形成とどのように関わったかは,改めて検討される必要がある。」(342頁)