雑録

前近代東アジア史【5】隋唐帝国

1.隋唐政治史

(1)隋の建国と中国統一

  • ①建国…581年、北周外戚楊堅禅譲により文帝として即位し隋を建国。
    • →文帝の分断策により突厥が東西分裂、北方の脅威が無くなる →隋は南下
  • ②統一…589年、南朝の陳を滅ぼして、中国を統一。

(2)隋の統治と滅亡

  • ①首都大興城を建設し、中央集権化と南北統合を進める。
  • ②内政
    • 官僚登用法:学科試験による官僚の選抜試験。貴族制度と門閥偏重の打破を目指した。
    • 地方統治:州県制。漢代の地方区分;州-郡-県から郡を廃止し州が県を直接統轄するようにした。州と県の長官は中央から派遣された。
    • 土地制度:均田制…北魏から継承。北魏では妻・耕牛・奴卑にも給田したが、隋では耕牛には給田しない。また煬帝の時には妻・奴卑への給田も廃止。
    • 税制:租庸調…均田制による土地給付に基づいて租(穀物)・庸(労働)・調(布)を課す。
    • 兵制:府兵制…西魏から継承。隋では均田農民から兵を徴収し、首都の警備と辺境防衛を課す。
    • 大運河…江南の経済地帯と北方の政治・軍事の中心地を結んだ水路。文帝・煬帝の2代にわたって建設に励むが、工事の負担は隋の滅亡を早めた。
  • ③滅亡…あいつぐ土木事業や外征に不満。煬帝高句麗遠征失敗をきっかけに全土で反乱が起きて滅びる。

(3)成立期の唐

  • ①高祖(李淵)…北周・隋と同じ拓跋部出身。東突厥の支援のもと長安に入り、618年唐を建国。
  • ②太宗(李世民)…皇太子と弟を殺し、高祖李淵を幽閉。628年に全国統一を達成。
    • 内政:律令体制・官制・農民統治の諸制度を整備。
    • 外政:東突厥・吐谷渾・西域諸国を征服。チベット吐蕃と和親。
  • ③高宗…新羅と結んで百済高句麗を滅ぼし、中央アジアにも進出して唐の最大版図を実現。晩年には病気になり、皇后の則天武后に実権を握られた。

(4)唐の統治政策

  • ①法制…律(刑法)・令(行政法)・格(補足)・式(施行細則)
  • ②官制
  • ③土地制度・税制・兵制の一体化 ※隋の制度を継承
    • 土地:均田制…成年男子に均等の口分田・営業田を支給し、給田に基づいて税を課す。
    • 税制:租庸調制…租=穀物、庸=労働、調=布。地方での労役;雑徭。
    • 軍制:府兵制…成年男子に兵役を課す兵農一致策。租庸調は免除されるが武器・衣服は自弁。
  • ④辺境政策:羈縻政策…征服地の統治を現地の首長に引き続き委ね、都護府を置いて監督。

(5)拓跋国家

  • 北朝から隋唐の支配者層が鮮卑拓跋部出身者であったことを由来とする名称。
  • ②国家の仕組みが多く継承され、唐において完成した。

2.唐代の社会と経済

(1)各都市の発展

  • ①国際都市長安…ソグド商人・ウイグル商人・トルコ系遊牧民イラン系住民など国際色豊か
  • ②海港
    • 揚州…長江北岸の大運河沿いの通商都市。外国人居留地;蕃坊が設置される。
    • 広州…南海交易の拠点として発展した広東省の海港都市。初めて市舶司(海上交易を管理した官庁)が設置され、蕃坊も置かれた。
  • ③国際貿易地の中心洛陽…大運河に近く、ソグド商人が集う。

(2)農業

  • 華北では遊牧民の牧畜文化や西方のオアシス農業文化が浸透・融合
  • ②小麦の主食化が進む
  • ③茶の栽培 → 唐代以降、喫茶の風習が普及

(3)貧富の差の拡大と制度改革

  • ①貧富の差
    • 没落農民…租庸調や兵役の負担に苦しみ、没落して逃亡
    • 新興地主…没落した農民を隷属させたり小作人にしたりして大土地経営を行う。
  • ②制度改革
    • 土地:佃戸制…逃亡・没落農民を佃戸とする地主制。
    • 税制:両税法…徳宗の宰相楊炎により導入。現住地で土地資産に応じて夏秋2回徴収
    • 軍制:募兵制…皇帝が任命する節度使を司令官とする傭兵制

3.唐の体制転換とユーラシア東方の変動

(1)690~710 武韋の禍

  • 則天武后…3代高宗(唐最大領土の皇帝)の皇后であったが、政権を握り690年に国号を周と改宗し、聖神皇帝として即位。門閥貴族に不満のあった多くの有能な科挙官僚を登用した。
  • ②韋后…4代中宗の皇后。復位した中宗を710年に毒殺して政権を狙ったが、李隆基(のちの玄宗皇帝)の挙兵で殺された。

(2)712~756 玄宗の治世

  • ①開元の治(713~741)
    • 玄宗の治世の開元年間を後世に褒め称えたことば。実際に素晴らしい治世だったというわけではない。
  • ②募兵制(722)
    • 均田制の崩壊により府兵制維持が困難になったため採用された傭兵制度。
      • → 府兵制の崩壊後、辺境の募兵集団の指揮官として節度使が設置される。
  • ③タラス河畔の戦い(751)
    • 中央アジアにおいて唐軍がアッバース朝に大敗。唐の勢力が西域から後退した。
    • 製紙法が西伝したことでも有名である。
  • 安史の乱(755~763)

(3)後半期の唐王朝

  • ※後半期の唐は各地方の藩鎮の集合体。ウイグル帝国の和親関係と経済の中心地江南地方の収入が支え
  • ①780 両税法
    • 財政再建のため、徳宗に楊炎が提言。
    • 土地所有を公認し、資産に応じて夏秋二回に徴税する → 大土地所有が拡大
  • ②875~884 黄巣の乱
    • 塩の密売商人の挙兵から始まった唐末の大農民反乱。
    • 王仙芝の死後、黄巣が指導したので、こう呼ばれる。 → 反乱鎮圧後、藩鎮が割拠状態となる。
  • ③907 唐の滅亡