1.明の成立とユーラシア東方
(1)明の成立
- ①14世紀の危機 → 天災・疫病が続発。東アジア社会のも深刻な打撃。各地で政府の支配揺らぐ。
- ②紅巾の乱(1351~66)
- 元末に白蓮教などの宗教結社が起こした農民反乱。紅い頭巾を目印にしたことに由来。指導者の韓山童の処刑後、引き継いだ子の韓林児らにより、地方豪族を巻き込んだ大農民反乱に発展。
- ③明の建国 ☆明は江南からおこって中国を統一した初めての王朝
(2)洪武帝(朱元璋)の統治
- ①漢人による皇帝支配体制の再建 → 儒教を重んじ小農民が基盤となった社会に皇帝が君臨
- ②中央統制
- ③地方支配
- 民戸と軍戸…民衆を職業別の戸籍に区分。農民・商人・手工業者などの一般の家は民戸とされ里甲制の基盤として税役を負担。兵役を負担した家は軍戸とされた。
- 里甲制…1381年に全国で実施された村落行政制度。1甲=10戸。1里=110戸(10甲+富裕な10里長戸)。輪番で租税の徴収や賦役黄冊の作成、治安維持などを行わせた。
- →明代後期に里甲制は解体に向かい、清代には各戸の直接納税が原則となる。
- 六諭…1397年に洪武帝が民衆教化のために発布した6カ条の教訓。里老人が毎月6回唱えて回った。儒教道徳を徹底することで里甲制を補完し、従順な民衆の育成を図った。
- 魚鱗図冊…土地台帳。課税の基礎資料として土地の形状・面積・所有者などが記された。名称の由来は区画図が魚の鱗のように見えることから。
- 賦役黄冊…戸籍・租税台帳。洪武帝の命により、里甲制の施行と同時に作成された。各戸の家族構成・田畑・財産などが記された。名称の由来は台帳の表紙が黄色だったことから。
- ④軍制
- 衛所制…明の兵制。1衛=5千戸所=50百戸所=5600名。長官は指揮使。全国で300衛以上。
- 息子たちを各地に王として配置
- ※里甲制や軍制においてはモンゴルを継承する側面もあり。
(3)靖難の役(かつての教科書では靖難の変)
2.明の海禁とアジア海域
(2)対外関係管理体制
3.明後期の経済・社会の発展
(1)産業の発展
(2)銀貿易による世界の一体化
4.明代文化史
(1)文芸
(2)衣食
- ①衣:麻から綿へ。(※保湿性に優れる)
- ②食:茶の陰陽や陶磁器の使用の一般化